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喜んでくれるかな

 かくして顆粒(かりゅう)コンソメは完成し、さっそく、次の日の夕食で使ってみた。


 余りもののベーコンと丸芋(まるいも)をメインに、人参や(かぶ)などの根菜、それから食いでのありそうな野菜を入れて顆粒コンソメを溶いたスープで煮たもの。要するにポトフである。


「……こんな美味しいものを、森の中で冒険者が食べられるようになるの?」


 母さんは口に入れて味わったのち、半ば呆然とつぶやいた。


「具材には差が出るからまんまって訳にもいかないと思うけど、近いものはできるはずだよ。肉は今回、ベーコンを使ったけど本来はなんでもいい」


 カレンも皿のポトフを凝視しながら不思議そうに言う。

 

「ん……スープに溶いた粉も塩漬け肉でできてて、材料も半分くらいは具材と同じ。なのにどうして、深い味がするの?」


「顆粒コンソメには素材の味が凝縮されてるんだ。香味野菜の風味も加わってる。その相乗効果で味に深みが出る。こういう煮込み料理って、こっちの世界にはないの?」


「王都の料理店(レストラン)で似たようなものを食べたことがあるわ。手間をかけた贅沢な品だったはずよ」

「なるほど。じゃあ、ブイヨンの概念はあるのかな。でも高級料理になるのか」


 要するに材料費と手間賃だ。

 肉や野菜を出汁(だし)を取るためだけに使っているから材料も手間も余分にかかる。こっちの世界だと、産地からの輸送費なんかも上乗せされるんだろう。


「シデラだと、肉は森でたくさん手に入るんだよね? 野菜類も市場にはたくさん並んでたけど……」

「ん。シデラは小麦以外はほとんど自給自足で賄ってる、はず」

「むしろ出荷する方ね。王都は遠いから、シデラ産の肉や野菜はむしろ高級品よ。お母さんが王都で食べた煮込みも、だから余計に値が張ったのかも。でも……」


「顆粒……即席スープの素、みたいなのはないよね」


「ないわ。お母さんが冒険者をしてた頃も聞いたことがなかった」

「スイ。これはたぶん、すごい。この煮込みももちろんすごく美味しいけど……」


「ええ。この顆粒コンソメさえあれば、これと似たような料理をいつでも誰でも簡単に作れる……それが驚異的だわ。長期保存できて携帯性があって、荷物にもならない。探索中や旅の道中で、手軽にこんな美味しいものを食べられるようになるなんて」


「コンソメの味は飽きが来にくいんだ。具材によって気分も変えられるし、アレンジもできる。調味料みたいに加えてもいい。ワイン蒸しに使ったり、我が家限定だけど、みりんと混ぜても味が膨らむ。あとは……世に出すとしたら、値段と既得権益(きとくけんえき)の問題かな」


「魔術で作業工程を圧縮できれば手間と人件費も削減できそうね。思ったよりも安値で大量生産できるかもしれないわ。既得権益はそこまで問題にならないとは思うけれど……その辺りのことも含めて、ギルドの支部長と話をしてみなさい。お母さんも、伝手(つて)を頼って別口から相談してみるわ」

「あるとしたら、どっかの料理店が秘伝のレシピにしてるとかかな」


 特許に似たシステムはあるそうだ。ただ当たり前だが二十一世紀の地球ほど厳密に管理できるはずもなく、それ故に『秘伝』——模倣防止のため、肝要(かんよう)秘匿(ひとく)するとのこと。そしてそういう『秘伝』は、隠している分、仮に盗まれたら盗まれた側が悪い、みたいな風潮のようで。


 なんにせよ、世の中の既得権益すべてに配慮していたらなにもできやしない。これから先も森の奥でのんびり暮らすことに変わりはなくとも、社会から隔絶されてひっそり隠遁(いんとん)生活を送りたいわけではないのだ。


 冒険者のみなさんが、行商人や旅人たちが、そしてその辺の一般家庭が——美味しいものを手軽に食べられるようになる。それが僕の決めた、僕の当面の目標だ。


 森の中であの日——料理番の冒険者たちに尋いたのと同じ質問を、ふたりに投げかける。


「ねえ。母さんとカレンは、人間の味覚ってどんな種類のものがあると思う?」


 ふたりは一瞬、きょとんとした。

 冒険者たちにも「なんだその変な質問は」って言われたっけ。


「味覚? 甘いとか、酸っぱいとか?」

「そうそれ。人の舌はどんな『味』を感じ取れるか。『美味しい』『不味い』は、もちろん匂いや舌触り、歯応えなんかも関係してくるけど……突き詰めると『味』の組み合わせでしょ?」

「ん、なるほどわかった」


 ふたりは指折りしながら挙げ始める。


「いまヴィオレさまが言った、『甘い』『酸っぱい』、それから『辛い』……」

「『苦い』と『渋い』は?」


 お茶の入ったカップを手にしながら母さんが付け足す。


「そうだね、あとは?」

「……あ、『しょっぱい』?」

「うん、しょっぱさも味覚のひとつだ」


「他には……ん、私には思い付かない」

「同じくね。匂いや食感を考慮に入れないと、意外と『味』の種類って少ないのねえ。でも、これはどういう意図の質問だったの?」


「あっち……僕が暮らしてた世界では、味覚は五種類あるとされていた」


 僕はふたりに、語る。


「ただし『辛味』と『渋味』は味ではなく刺激……痛みの一種だとして除外されてるんだ。もちろん、それも味のひとつだとする文化もあったけど」

「『辛い』とか『渋い』が味じゃなくて刺激の一種、っていうのは興味深いわ。でも、そのふたつがダメなら……」


 四川(しせん)料理では『(マー)』『(ラー)』と、辛味を更に分けて別の味と見なしている。花椒(ホアジャオ)の痺れるような辛味を楽しむ文化がこっちの世界にあるのかは気になるが、とはいえ今回は置いておく。


「そう。母さんとカレンが挙げてくれたもののうち、『辛味』と『渋味』を除くと……『甘味』『酸味』『苦味』『塩味(えんみ)』で、四つ。だけど、人の感じる『味』には、もうひとつある」


『味』とは、舌の味細胞(みさいぼう)に発現する味覚受容体が検出できる化学物質によって決まる。地球の歴史においても長いこと、『味』は『甘』『酸』『苦』『塩』の四つだとされてきた。

 

「五つめは地球(向こう)でも、つい最近……百年くらい前に発見されて、ここ二十年くらいでようやく認知されるようになったんだ。それまでは経験則でなんとなくでしか扱われていなくて、積極的に利用していたのも一部の文化でのみだった」


 積極的に利用していた文化圏とはつまり、日本だ。


「母さんとカレンがシデラの宿で、僕の料理を褒めてくれたよね。宿の料理と違うって。深い、って。……その『深い』って感じこそが、五番めの味覚の正体なんだ」

「深い、のが……味覚なの?」


「ショコラがいま飲んでるミルクにも、()()()は入ってる」

「わう?」


 シデラから持ち帰ってきた牛乳をべろべろ飲んでいたショコラがきょとんとする。口が真っ白だぞ。あとで拭いてあげなくちゃ。


「ただ、この味覚はすごくわかりにくい。あっちでも発見が遅かったように。こっちの世界でも、漠然としか利用されてない」


 骨付き肉を煮込んでソースを作る。

 ミルクを使うと味が深まる。

 (きのこ)を汁物に入れると美味しい。

 そういった、個々のケースによる経験則の中でのみ、その味はある。


 対して僕は、日本人として——積極的に()()を用いてきた。


 僕がこの家で普段、味付けのベースに使う醤油やみりん。

 こっちでは誰もがきょとんとした『出汁を取る』という言葉。

 そして今日の夕食で使った、顆粒コンソメ。


 ショコラの飲むミルク——乳製品にも含まれている。バターなどに加工して濃縮すればよりはっきりとしてくる。濃縮という意味では、肉と野菜を顆粒コンソメのスープで煮るのと同じだ。


「水の違いもあるんだと思う。こっちの飲用水は硬水で……硬水は、この『第五の味』を抽出させにくい」


 それは、グルタミン酸やイノシン酸に代表される有機酸の受容。

 塩味とも甘味とも酸味とも苦味とも違う、「味が深い」「コクがある」「()()()」とも形容される『味覚』。


旨味(うまみ)、っていうんだ。名前通り、これを足したり濃くしたりすることで『美味しい』って感覚が倍増する……料理における魔法だよ」

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