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インタールード - 神威の煮凝り:『虚の森』中層部

 なにもかもが悪かった。

 選択も、行動も、そして運も。


 ただそれでも、誰かのせいにすることはできない。

 救助へ行く選択をしたのは自分だ。進路(ルート)を決定したのも自分だ。そして自分たちを包囲する()()()()を見るに——やはりこれは、己の運命なのかもしれない。


(うろ)の森』、中層部。

 木々が(しげ)る薄暗い最中にあって方陣を組んだ冒険者たちは、その周囲をおぞましい気配に取り囲まれていた。


 ベルデ=ジャングラーはその中心で、表向きは泰然(たいぜん)と、内心では苦々しさを抑え込んでいた。


「……すんません、大将」


 救助隊のひとり——まだ若い冒険者がぎりぎりと歯()みする。


「俺のわがままで、こんな」

「お前のせいじゃねえって言ってんだろうが。最終的に決めたのは、俺だ」


 その冒険者は、腕の中に少女を抱いている。目を閉じてぐったりし、けれどかすかに呼吸はしており死んではいない。極度の憔悴(しょうすい)に意識が混濁しているだけだ。


「それに、よかったじゃねえか。お前の妹は助かった……他の馬鹿野郎どもも、一応はな。あとは俺たちがまとめて助かるだけだ」


 もちろん方便である。このまま順当にいけば、自分たちに待っているのは正反対の結果。つまり、全滅だ。だが自分が折れてしまえばただ全滅は早まるだけ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」


 ベルデの斜め前で縮こまる少年が頭を抱えながらぶつぶつとつぶやく。


「俺のせいで……終わる、終わっちまう」

「終わりゃしねえよ」


 ベルデは少年の頭をぐりぐりと押さえた。

 彼はこの騒動を起こした当人——冒険者組合(ギルド)の禁を破り森へ入った集団の頭分(リーダー)である。


 戦犯として捨て置かれてもよさそうな彼はしかし、ベルデにとって他人には思えなかった。在りし日の自分がどうしても重なってしまう。


 もちろんシデラに戻れば重い罰はあるだろう、が、その罰を受けさせてやることがベルデの責務だ。森の魔物に食われるのは決して、ギルドの望む罰ではない。


 ——ことの発端は、五日前に(さかのぼ)る。



※※※



 ある四人組の冒険者集団(パーティー)が、ギルドの出した禁止令を破り森の中へ入っていった。


 禁止令は、『天鈴(てんれい)の魔女』ヴィオレが直々に要請したものだ。一家が居を構える深奥部へと帰還するに際し、森が荒れる可能性がある。深奥部近くにいる魔物たちが縄張りを追われる形で中層部付近にまで逃げてくるかもしれない。故に、森が落ち着くまでは冒険者の出入りを禁じた方がいい——支部長クリシェと協議の結果、期間はひと月と決まった。


 その間、冒険者たちには補償手当も出るとのことで、反対する者など誰もいなかった。むしろ降って湧いた特別休暇に、街全体が浮かれていた。


 それがいけなかったのだろうか。

 (くだん)の彼らは(やま)()を出した。あるいは、森を舐めた。


 今なら素材を取り放題だと、パーティーのリーダーが言い始めたらしい。ちんけな薬草を摘み、せいぜいが猪を狩って帰るばかりだった自分たちに巡ってきた好機だと。


 無論、反対する者もいた。まだ十代前半、パーティー内で最も若かった娘だ。彼女は二級冒険者の兄から森の恐さを(いや)というほど聞かされていたし、なにより慎重な性格をしていた。けれど慎重さの裏返しとして気弱な部分があり、最終的に『仲間意識』という名の圧力に負け、結果、ともに禁令を破ることとなる。


 そして報いは、当然のようにやってきた。


 彼らは調子に乗り、ずんずんと森の中を進み、浅層部の終わり近くで、()()()()と出くわしたのだ。


 討伐等級、三。

 四級冒険者の彼らにとっては、パーティーで挑めば一頭を倒せるであろう強さだ。そして四級冒険者として、そいつの素材はかなりの実入りとなる。


 だから深追いした。結果、更に森の奥へ。

 しかしそいつは単体(『そいつ』)ではなく、群れ(『そいつら』)だった。


 分け入った先、気が付いたら囲まれていた。群れの場合、討伐等級は二、ないし三段階上がる。野獣が二、魔物が三だ。


 つまりこの時点で、一級冒険者が複数で対処するような事案となった。四級冒険者のパーティーが出会っていい相手ではない。


 彼らは恐慌に陥った。闇雲に逃げ、しかし逃げたつもりが追い立てられていた。方角はとうに見失い、退がったつもりで進んでいた。もはや浅層部を越えて中層部に差し掛かっていることに気付いた頃にはもう、森に入って二日が経っていた。


 彼らを取り囲むのは、馬の魔物だ。

 青紫色をした皮膚、筋骨隆々とした強靭な体躯、濁った泥のような色の(たてがみ)、そして頭部から生える、二本の角。


 名を、二角獣(バイコーン)という。



※※※



「しかしよりによってバイコーンたあ、大将も運がねえな」


 ベルデの(かたわら)でつとめて軽口を叩くのは、シュナイである。

 酒飲み仲間であり、優れた斥候(せっこう)であり、森の探索においても常に同行してくれる頼もしい相棒だ。


 軽口とはいえ、シュナイの言葉は正しい。


 何故ならあの日——若かりし頃のベルデがカズテルを逆恨みし、とっちめてやろうと後を付けた際に——運悪く出くわしたのが、他ならないバイコーンの群れだったのだから。


「は。我ながらこいつらとはよくよく縁があるようだ」

「どうせ縁を結ぶなら、こんな性悪とじゃなくて気のいい娘さんがよかったよなあ」


 シュナイがぼやくように、バイコーンというのは極めてタチが悪い。


 純潔を愛する一角獣(ユニコーン)の対極にあって『猥褻(わいせつ)を愛する』と古くから称されてきたこいつの正体は、執拗な屍肉食性動物(スカベンジャー)である。


 彼らは生きた肉を食わず、死体にしか興味がない。単体であれば他の獣が食い残した肉を()(さら)ったりもするのだろうが、問題は群れている時である。


 バイコーンの群れは、屍肉喰いのくせに狩りをするのだ。


 その方法は、今まさにベルデたちが直面している通り。

 逃げられないように取り囲み、じわじわといたぶりながら、相手が死ぬのを待つ。とびきり陰湿で、腹立たしいほどに我慢強く、厭になるほど残酷な方法である。


 包囲を破ろうとする者がいればその二本の角で引っ掛けるようにしゃくり上げ、再び包囲の中に放る。その際は死なない程度に、かつ死期が早まる程度に傷を付けておくことを忘れない。水属性の魔力を持っており持久力が高く、仲間が殺されてもまるで動じず包囲を解かない冷徹さもある。更には夜目も利き、昼夜を問わず獲物を監視し続ける——。


 おそらく、ベルデたち救助隊が合流できたのもこいつらの謀略だろう。四人ぽっちを囲っていたら十六人もの新しい獲物が来たので嬉々として誘導し、追加したのだ。


 幸いなことにまだ死者は出ていないが、皮肉なことにそれもまたバイコーンの習性によるものでしかない。奴らは決して獲物を自らの手で殺さない。ベルデたちは幾度も突破を試み、数頭を仕留めはしたが、この窮地を脱することができずにいる。


 それでも『虚の森』でさえなければ、どうにかはなったのかもしれない。


 こちらにはベルデを含め、三名の一級冒険者がいる。普通のバイコーンであれば、まだ突破できる可能性はあっただろう。


 だがここは『神威(しんい)煮凝(にこご)り』だ。

 棲息する獣どもはどれも、他の場所より強い魔力を持っている。同種であっても体格と膂力(りょりょく)に優れ、総じて手強い。


 おまけにこの群れに限っては、


「ち、()()()……また見てやがんな」


 茂みの奥、ベルデたちを包囲する群れの一画。


 青鈍(あおにび)色に光る双角(そうかく)と、角の間をばちばちと踊る雷火(らいか)が、薄暗がりを照らす。不気味な瞳は(ほの)かに赤く、鬣の代わりに頭部から生えるのは、細かい針のような坩堝水晶(クリスタル)


 水属性から変異を起こし雷を操るようになったそいつは、群れの長としてバイコーンどもを巧みに操り、ベルデたちを追い込んでいた。


「……よりによって変異種が率いてるとはなあ」


 通常では群れを為す生物であっても、変異種となれば生態そのものが異常化し、魔力坩堝(るつぼ)を根城に単体で生活し始める場合が多い。


 だが、こいつはそうならなかった。魔力坩堝を離れて——あるいは群れの仲間をそこに迎え入れて——統率者(リーダー)として、従来通りの狩りを行っている。


 リーダーが変異種である時点で、ベルデたちの生存は絶望的だ。


 そもそも変異種とは討伐するものではない。出会ってはいけないものであり、出会わぬよう最善を尽くすものだ。もしも出会ってしまったらすべてを放り捨ててでも逃げ、その場所を禁足地としてしばらく立ち入らないようにする——それが、ギルドの定めた変異種への対策である。


 シデラに根付いてからこっち、ベルデが変異種と出会ってしまったのは二度。いずれも遠目からだが、坩堝水晶(クリスタル)が生えているのを確認するや一目散(いちもくさん)に逃げた。


 そしてこれは三度めで、逃げられそうにはない。


「……通信水晶(クリスタル)はどうだ?」

「ダメだ。うんともすんとも言わねえ。やっぱ変異種の魔力で波長が乱されてんだ」

「通信が途絶してるのはギルドも把握してるはずだ。救援、来てくれっかな」

「……俺たちより強い奴が、シデラにいるか?」

「いねえな」


 シュナイと顔を寄せ合い、ぼそぼそ会話する。小声なのは士気が下がらぬようにだが、体力を消耗したくないというのもあった。いざとなれば自分がどうにかして血路(けつろ)を開くしかない、そう密かに決意していた。


 ——俺ひとりの命で済めばいいが、果たしてどうだろうか。


 命を捨てる覚悟を秘めて思い出すのは恩人のこと、そしてその息子のことだ。自分は結局、あの人のようにはなれなかった。だけど少なくともあの世で会った時、胸を張れるくらいにはなれただろうか。あんたの息子は立派に育ってたぜと報告したら、喜んでくれるだろうか。


「おい」


 益体もないことを考えているベルデの袖を、不意にシュナイが引いた。


「どうした?」

「……あれ」


 シュナイの視線は森の奥ではなく、真上を向いている。ぽかんと間抜けに口を開け、上空——木々の隙間から覗く青空を凝視していた。

 ベルデも視線を上げる。






 ——陽光を、竜の影が遮った。

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