新しい家族が増えました
街はずれ——僕らがジ・リズの背から降り立ったのとはちょうど反対側に、倉庫の建ち並ぶ一画があった。シデラへ持ち込まれる各種物資の搬入先であり、同時に保管区画であるそうだ。
そしてそのうちのひとつが現在、我が家の支援物資専用倉庫となっているんだけど……。
「これは……」
倉庫の中には『これでもか』というほどのいろんなあれこれが積み重なっており、もはや見上げないとてっぺんが見えないし、奥もどうなっているのかわからない。
僕は若干、いや、かなり、宇宙猫みたいな顔になった。母さんやりすぎでは?
「おう、こっちだ」
僕らを出迎えてくれたのは、冒険者組合シデラ支部の支部長を務めているという、クリシェ=ベリングリィさん。ベルデさんと一緒で、この街の顔役的な立ち位置だ。ベルデさんが盗賊とバイキングのミラクルドッキングみたいなタイプだったのに対し、こちらは任侠映画に出てくる親分っぽいイメージ。
いやこの街の顔役たち、顔が怖すぎです。
「……話は聞いてたが、本当に黒瞳なのだな。加えてヘルヘイム渓谷の固有種クー・シーに、噂に名高い『春凪の魔女』。まったく、俺なんぞが接待役とは荷が重い。あまりいじめんでくれな」
クリシェさんはその厳つい顔にどこか疲れた表情を浮かべると、こっちに向かって肩をすくめた。
ベルデさんたちの時も思ったけど、黒い瞳に驚かれるのはやっぱり妙な気持ちになる。いやただの日本人だよ? みたいな。——まあ、僕の目は日本人にも珍しい、茶系の色味がほとんどないほんとの真っ黒なので、そういう意味ではあっちの世界でもたまに驚かれてはいた。
それよりも、
「『春凪の魔女』ってカレンのこと? 魔女の称号持ってたの?」
「ん、言ってなかった?」
「聞いてなかった……」
「持ってるけどたいしたことじゃない。ヴィオレさまの方がすごいし、スイだってそのうち私よりも強くなる」
ふんすと小さく頷くカレン。
なんで僕の将来について自慢げに語るんですかねこの娘は。
ともあれ、親分顔のおじさんにそんな表情をされるとこっちが困ってしまう。
「接待だなんてとんでもない。お世話になるのはこちらの方ですので。今日はよろしくお願いします。あと、母が無理を言っていたらすみません」
「え、あ? お、おう。いやそんなことはない。その、こちらこそよろしく頼む」
僕が頭を下げるとなぜか慌てたようになるクリシェさん。
「……まさかあの『天鈴』の息子がこんなに礼儀正しいとは」
ぼそりと小さくつぶやかれた言葉は——うん、聞かなかったことにしよう。
そもそも僕にとっての母さんは優しい人なので、畏れられているのがどうにもピンとこない。まあ、変異種のグリフォンを二匹同時に瞬殺したことにジ・リズも驚いていたし、こんな大量の物資を私費でどんっと注文できちゃう辺り、いろいろ常識はずれというかスケールが違う感じではあるんだろうけど……。
「支部長。倉庫の品を見て回る前に、まずは蜥車を確認させてほしい」
僕が気まずくなったのを察してくれたのか、カレンがクリシェさんにそう切り出す。
「蜥車の積載量から逆算して物資を選びたい」
「あ、ああ。わかった、こっちだ」
クリシェさんは踵を返し、倉庫の外へと僕らを案内する。
出て裏手に厩舎みたいな建物があり、そこに入ると。
「これが牽引用の甲亜竜だ」
「わお……」
そこには、恐竜が寝そべっていた。
姿は、トリケラトプスに近い。ずんぐりとした体躯、やや短めの尻尾、鳥の嘴みたいに尖った口、そしてなにより、首の後ろで大きく広がる放射状のフリルと、頭部から生えた二本の角。
大きさは地球の動物でいうとサイくらいだろうか。たぶん立った時の体高は僕の身長をゆうに上回るだろう。体長も、僕とカレンと母さんが三人並んで背中にまたがれそうな感じ。
トリケラトプスと違うのは、全身がごつごつした甲殻で覆われていることだ。鱗が変化したものだと思うが、これのせいで異世界っぽさがいや増している。
「すごい……かっこいい、いや、かわいい」
そのシルエットに比して目がつぶらで、とても優しく見える。
「あの、近寄ったりしても構いませんか?」
「うん? 甲亜竜を初めて見るのか?」
「はい、なのでいろいろ教えてください! 生態とか性格とかそういうのも詳しく!」
「お、おお……ぐいっと来たな……」
クリシェさんが軽く引いているのにも気付かず、僕は興奮していた。
だって! 恐竜! いや正確には甲亜竜だけども!
竜族を初めて見た時とはまた違う。あっちは荘厳というか貫禄があるというか、完成された彫像みたいな姿に感動したが、こっちは子供時代のワクワクだ。恐竜図鑑に夢中にならなかった子供なんていません。そしてトリケラトプスが嫌いな子供なんていません! 早口になっても誰が責められよう。
「こいつは南方に生息している亜竜の一種だ。連合国——現地では古くから役畜として飼われてきた。畑を耕したり、糞を肥料にしたりだな。それが、王国へは輓獣として輸入されている。牽引力が強くて疲れを知らず、三日程度であれば不眠不休で荷を牽き続けられる」
「おお……」
つまり、牛みたいなものか。
「肉は不味くて食えたもんじゃないらしいが、骨や甲殻は丈夫で、連合国の一部では武器なんかにも使われてきたそうだ」
「食べませんよこんなかっこよくてかわいい生物!」
「い、いや別に食うとは思ってないが……」
「あ、すいません」
つい興奮して我を忘れてしまった。
「草食性で、草ならまあなんでもいい。餌の量も体格に比して少なめだな。首周りにある魔導鰭から魔力を吸収して栄養に変えているそうだ」
「なるほど、このフリルはそのためのものなんですね」
「フリルか。なるほど、貴婦人の襟元に喩えるとは面白い表現だな」
いや、向こうでそんなふうに呼ばれていただけなんです。トリケラトプスとかの首にある、これとそっくりなやつが……。
「どんな性格なんですか? 飼う時に注意しなきゃならないこととかあります?」
「性格は温厚だ。牧場で飼育されていたものだから、人にも慣れている。病気にも強い。まあ普通にしてれば怒らせるようなことはないと思うが、生命の危険を感じたら角を武器に突撃してくるから気を付けてくれ。家族の誰でもいいから、明確な主人を定めてやるといいぞ。甲亜竜は、強いものに対して従順に振る舞うことで生存競争を勝ち抜いてきた、そんな種なんだ」
「なるほど……じゃあ、肉が不味い、っていうのも生存戦略の一種なのかもしれないですね」
「ほう、初めて聞く知見だな。だが荒唐無稽に見えてなるほどと思わせるものがある。確かにこいつの肉は、現地だと飢えた狼もそっぽを向くそうだ。そもそも甲殻が堅くて狩るのに難儀だから狙って襲う獣も少ないらしいが」
「主人か。どうやって主人と思わせればいいんですか?」
「ああ、それは普段から意識して声をかけたり、毅然とした態度で命令していればいい。そうすれば自然と……」
クリシェさんが説明してくれている最中だった。
とことこ、と。
僕らの足元に控えていたショコラが、厩舎で寝そべる甲亜竜に向かって歩いていく。そしてこっちが「どうしたんだろう」と眺めていると、
「わう!」
「? ……きゅるるぅ」
「わう! わうわうっ!」
「きゅるる、ぐるぅ……」
甲亜竜の鼻先で、ショコラが吠えて。
ショコラの声に、甲亜竜が首を傾げて。
もう一度ショコラが吠えたと思ったら。
甲亜竜がずしんと、その身体を横向きにして喉を鳴らした。
ややあって、クリシェさんが呆然と言った。
「……その、俺も驚いているんだが。どうやら主人が決まったようだ」
「は……?」
ショコラが甲亜竜の鼻先をぺろぺろと舐める。
甲亜竜がもう一度、ぐるるぅと喉を鳴らす。
「わうわう!」
くるりと振り向いたショコラはこっちに嬉しそうに走ってきて、僕の前で立ち止まり、はっはっはっと得意げに舌を出した。
「そうか。お前があの子の親分になってくれたのか」
僕はしゃがみ、ショコラをわしゃわしゃと撫で回す。そうだよほめてほめてとばかりに、僕の胸元でじゃれついてくるショコラ。
「牧羊犬みたいなもんなのか……? いや、亜竜を率いる犬など聞いたことがないぞ」
「妖精犬なら亜竜の主になる力もある。それに、うちのショコラはかしこいので」
未だに驚いているクリシェさんへ、得意げに応えるカレン。
おすわりの姿勢になった甲亜竜の元へショコラとともに行きつつ、僕はクリシェさんへ問うた。
「この子の名前とかありますか?」
「え、あ、いや……まだ付けられていない」
「じゃあ、そうだな……『トライ』は?」
「きゅるぅ……」
「嫌かあ。『トプス』」
「きゅ……」
「だったら『セラ』」
「……」
「ダメかあ」
トリケラトプスもしくはトライセラトプスから付けようと思ったのに、めちゃくちゃ反応が悪い。
普通の名前の方がいいのかな……。
「じゃあいっそもう『ポチ』とか」
「きゅるるる! きゅるる!」
「えっポチ気に入っちゃったの」
「きゅるるるるっ!!」
冗談のつもりだったのに……。
「わかった。じゃあお前は今日からポチな。よろしく頼む。ショコラの言うことをよく聞くんだぞ」
「わうっ!」
「ぐるぅ……きゅるる!」
甲亜竜改めポチは、嬉しそうに鳴いた。
いや本当にいいの? ポチで……。