繋がってきたものの果てに立つ
今日のところは解散となった。
城の第零区——稀存種と綿貫さんについては、これから改めてじっくり計画を練っていく必要がある。あの場で話せることはもうなにもなく、だからといって血統主義の人たちとお茶を飲んで親睦を深めるなんてことももちろんなく。
ただ、母さんはエミシさんとユズリハさんとの三人で、街へ出掛けていった。昔馴染みってことで、積もる話があるんだろう。……あんまり呑みすぎないようにね?
かくして、僕とカレンとショコラは宿へと帰還する。
まだ時刻は昼過ぎだったけどさすがに気力を使い果たしてしまったので、部屋でゆっくりすることにした。明日からはいろいろと忙しくなりそうだし、気持ちも落ち着けたいし。
「ショコラ、エルフ国のミルクはどうだ?」
「がふっがふっ」
「なかなかいい感じかあ。でもやっぱり『雲雀亭』のやつには敵わないよな」
「わふっ、ふすう……」
ルームサービスのミルクにご満悦のショコラ。張り詰めた空気にだいぶ我慢させちゃったから、これくらいはね。
「はい、スイ。私たちも」
「ありがとう」
差し出されたハーブティーを飲みながら、深く息を吐く。
「カレンのことは、なあなあになっちゃったね」
「ん……でも、こちらの意思表示はした。なにより、それどころじゃない」
「改めて思い返すと、結婚だのの話を先にしたのは、あの時しかタイミングがなかったからなんだろうなあ」
もしも逆だったとしたら——こちらがエルフ国の秘密です。放置してたら世界滅亡の危機です。ところでカレンの婚約者を用意しました。……うん、あまりにも間抜けすぎる。
まあ、いったん忘れよう。リラさんを例に出して脅してきたクニザエ=オオナギアは『深更梯退』で蚊帳の外に置いちゃったし、ミヤコさんやモアタさんもこの段階になってはうるさく言ってこないだろう。
むしろ気になったのが、長老会の中で一度も僕らと言葉を交わさなかった人——メイシャル=ファズアジクさんだ。最後まで、あの人がなにを考えているのかまったくわからなかった。……少なくとも、血統主義の一派には属していないようだったけども。ただ無口だっただけです、というのも違う気がするしなあ。近いうちにエミシさんなりユズリハさんなりに尋ねてみよう。
そんなことを考えながら、ソファーに身を委ねていた。
すると僕らの目の前に、霞のように。
人影がふたつ、ふわりと浮きあがり像を結ぶ。
「やあ」
「四季さん……色さんも!」
妖精王のみならず、妖精女王も。
僕らは反射的に立ち上がる——カレンはそれだけでは済まなかった。
「色さん。だいじょぶ?」
「ええ、ありがとう……ありがとうね」
駆け寄り、そのまま彼女をぎゅっと抱き締める。
色さんは目を細めされるがまま、カレンの胸に顔を埋めた。
「大丈夫よ、もう落ち着いているわ。……わたしが取り乱している場合ではないものね」
「ごめんなさい。僕が記憶を思い出させてたせいで、逆につらい思いをさせてしまったかもしれなくて」
「なにを言うんだい。ぼくらは感謝してるんだ。きみに出会わなければ、エルフ国のことも綿貫のことも知ることはできなかった。すべてを忘却したまま、ただ世界が滅ぶのを眺めているところだったんだ。……ありがとう。そしてもしよかったら、微力ながら……ぼくらにも協力させてもらいたい」
僕が謝罪すると、四季はそう返した——返してくれた。
促し、ソファーに座ってもらう。ハーブティーを新たに二杯、カレンが持ってきてくれた。それを飲んでひと息ついた後、色さんがぽつぽつと語り始める。
「亜里子は、わたしの親友だったわ」
城の中枢で時を止めたまま在る、始祖のエルフ——綿貫アリスさんについて。
「中学生の頃に出会って、仲良くなったの、確か。でも、学校生活の思い出はほとんどないわ。わたしの記憶が欠けているからではなくて、中学生になってすぐ、こっちに転移してしまったから」
僕は十八歳だった。高校も卒業してたし、十九になる直前だったし、大人みたいなものだ。でも、中学生かそこらで、おまけに今よりももっと文明が進んでいない未開の世界なんて——ハードモードにもほどがある。
「あれからもう、二千年も経ってる。おまけにわたしたちは幽世に行って、一度すべてを捨ててしまったでしょう? 異世界での冒険も、魔王との戦いも、遠い彼方の霧の中。……でもあの子にとっては、どうなのかしら」
色さんの声には不安と恐れがあった。
「わたしたちが現世からいなくなった後もあの子たちが戦っていたと知った時、取り乱してしまったわ。どうしてわたしたちはそこにいなかったんだろう。一緒に戦っていたなら、アリスもああなることはなかったかもしれないのに。他のみんなも死なずに済んだかもしれないのに。エルフたちも……あんなおそろしいものを、背負わずにいられたのかもしれないのに」
「色、それはもうふたりで話しただろう? 過ぎたことで、仕方ないことだ。ぼくらは子供たちの命を救うことを選んだ。そこを後悔しちゃいけない」
そんな彼女の肩を、夫である四季さんが抱く。
「くぅーん……?」
「ショコラちゃん、心配してくれたの? ごめんね、ありがとう」
鼻先を近付けてきたショコラの頭を撫でながら、色さんは視線を柔らかくした。後悔するのをやめ、現在に——僕らに、向き直る。
「ずっとずっと……存在すらも抜け落ちてしまっていたわ。スイさんのおかげで思い出せてからも、もう二度と会えないものだと懐かしんでいたわ。でも、お兄ちゃんや他のみんなは残念だったけど……アリスの顔を見ることができた。そしてあの子はまだ、生きてる。わたしたちはまた会えるかもしれない」
向き直って、姿勢をただして。
膝の上でぎゅっと拳を握り、色さんは——かつて世界を救った少女は、言うのだ。
「だから、お願い。力を貸して。魔王は恐ろしくて、きっと途方もなく強くて、あなたたちの身も危険かもしれない。でも、それでもわたしは、アリスのことを諦めきれない。わたしたちにできることならなんでもする。だから……」
「ええ、もちろんです。わかってます」
僕は頷いた。
隣に座ったカレンと一緒に、色さんと四季さんに視線を返しながら。
「僕らは、あなた方が他人だと思えない。同じ日本人で、異世界に転移してきて……おまけに色さんは、カレンの遠いご先祖さまでもあるんだ」
「ん。私には、色さんのお兄さんの血が流れてる。そのことを思うと、私はあたたかい気持ちになる。エルフ国の血統主義は嫌いだけど……好きな人と血が繋がっていることが嬉しいのは、正直、わかる」
「血だけじゃない。僕らが出会えたのは、縁だ。すべてが繋がってて、だから僕らはそれを守りたいと思う」
四季さんたちが救ってくれたから、この世界は繁栄している。
木ノ上さんがいなかったら、カレンはここにいない。
ミントが生まれていなかったら、妖精たちが写真に撮られることもなかった。
ショコラの祖先となった子がいた。アルラウネという種も四季さんたちの手によって創造された。そして日本人たちの子孫が、空の上で千八百年、世界の脅威を隔離してくれていた。
そして、なにより。
父さんが異世界に来て、母さんと出会って、僕が生まれて。
ただでさえ高かった魔力は、日本に行って、戻ってきたことで——分不相応にずば抜けた規格外のものとなって、この身に宿っている。
もし、僕の強さに意味があるとするなら、理由があるとするなら。
それはきっと、この時のためだったんだろう。
決意とともに、カレンの手を握る。
愛しい人。いつでも隣にいてほしい人。もう二度と離れ離れになりたくない。二千年前の魔王なんかに、この幸せをめちゃくちゃにされてたまるか。
カレンだけじゃなく、母さんも、ショコラも、ミントも、ポチも、おばあさまも、シデラのみんなも——この世界で出会い築いてきたすべてのものを、壊されてたまるものか。
※※※
だから僕らは、世界を救う。
第九章『天空の城、エルフの仔』でした。
エルフ国の抱える秘密が明らかになった章です。
次回からは第十章です。
『仔の涙、世界の歌』と題してお送りします。
綿貫さんを救うため、未来を掴むため、スイたちは頑張ります。
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また書籍版も発売中です。そちらも手に取っていただけたらと思います。素敵なイラストに加えて書き下ろしパートもあるので、webで読んでいる方も是非。
また、ストックがなくなったので、次回以降は毎日更新ではなくなります。
カクヨムで先行している分でストックが出来次第、更新を再開します!




