世界の破滅を意識して
「血を繋いだ六つの仔らがご健在であると。想いはきちんと継がれているのだと……喜んでいただきたいと。……わらわは、そう思うたのよ」
ミヤコさんの独白に、僕らは返す言葉がない。
大前提として——彼女のやり口はやっぱり僕らと相容れず、血を繋ぐためだけにカレンを他所の誰かと結婚させるなど、絶対に受け入れられない。
それに、自分たちの要求ばかりを突きつけるような物言い。入国管理局での嫌がらせめいたやり方。こちらの善意や同情心さえ利用した交渉。あらゆるすべてが身勝手で、居丈高で、腹が立つ。
ただ——。
ミヤコさんがどんな気持ちで百年間、時を止めた綿貫さんを見続けてきたのか。始祖のエルフそのものを前にして、なにを考えてきたのか。その重みは、とてもじゃないけど僕なんかに推し量れないなとも思うのだ。
モアタ=ピューレイさんもまた、ミヤコさんの教え子だという。
彼女が百年間積み重ねてきた思いを受け、育てられ、感化され、そうして己の人生を捧げるに至ったと考えると、やっぱり途方もない——もちろんこの人はこの人で、仲良くはなれないなって感じなんだけども。
もちろん僕らは僕らで彼女たちの知らない情報を持っていて、故に彼女たちとはまた別のベクトルで、『始祖のエルフ』に対する思いは強い。
四季さんと色さん、大丈夫かな。……ふたりにかつての記憶を思い出させたのは僕であるので、責任感で胸が締め付けられる。
ともあれ、諸々を考えた結果。
僕は、ミヤコさんたちのその部分に踏み込むのをやめた。
感情や思想という観点で言うなら、僕らの道はたぶん交わらない。だから同情しても共感しても、お互いのためにならないだろう。
ではなにができるか、なにをすべきか。
それはこの静止した魔王に関して、問題を認識すること、解決すること。
この一点のみで言うなら、僕らは道を同じくすることができるのだから。
「確認させてください。この結界は千八百年、ずっと維持されてきた。それなのに今になって僕に依頼をしてきたってことは……なにか綻びが生じ始めている。そういう認識でいいんですか?」
「ああ、その通りだ」
答えたのはエミシさんだった。
どうもここから先は、彼が窓口になってくれるようだ。
助かる。僕としても血統主義の人たちよりはよほど話しやすいし……。
「わふっ。くぅーん」
「暇なのか? ごめんな、今ちょっと構ってやれないんだ」
ショコラが足にじゃれついてくるのでわしゃわしゃと撫でつつ。人と話してるのに態度良くなくてすいません。でも心が落ち着くんです。正直、驚きのあまり冷静じゃないんだよね……。
「これは先の『大発生』とも関係ある話なのだが。……どうもここ二十年ほどで、結界の効果範囲が狭まっているようなのだ」
母さんはそれを聞き、顔を険しくさせた。
「あの時ほどの数ではないものの、既に数匹の変異種が時の軛を脱して解き放たれている。幸い、モアタ殿をはじめとした魔導特務の活躍により、壁を破る前に処理はできているにせよ……由々しき事態と言わねばならない」
おそらくその『魔導特務』というのが、ミヤコさんの教えを受けた人たちなのだろう。彼らの功績で、再びの『大発生』が水際で食い止められているのか。
意地の悪い見方をすれば、血統主義派の発言権が大きくなるのも道理ではある。
ただ彼らであっても、結界そのものに手を出すことはできなかったらしい。でなければ、僕は呼ばれない。
「結界の縮小は加速している……と見ていいのね?」
「ああ、このまま手を打たなければ、おそらくはあと百年ほどで——変異種だけではなく、稀存種の時間も再び動き始めるだろう」
母さんの問いにエミシさんはそう答える。
場の空気が、一段と重くなった。
百年。人ひとりの人生と同じ時間と考えれば長い。
だけど世界の破滅までのカウントダウンと考えれば、あまりにも短かった。
そもそも、この世界では魔力量によって寿命が延びる。
たとえば目の前のミヤコさんは、十代前半の姿をしていながら実年齢は百十歳だ。セーラリンデおばあさまも、七十を超えているけど「最低でもあと五十年は生きる」と言っていたっけ。
であるなら——魔力に秀でたうちの家族たちにとって、百年というのは充分、将来の話なんだ。
「僕も、カレンも、母さんも。ショコラも、ミントも、ポチも。きっと百年後もまだまだ元気で、普通に暮らしてる。ミントに至っては僕らの倍も生きる。それに……ジ・リズたちだって」
拳を握った僕の横で、カレンが深刻な顔をしてつぶやく。
「……私たちは『虚の森』で、稀存種と戦った。あれは生きる災害。絶対、解き放ってはいけない」
「魔力量に応じて寿命が変わるって意味じゃ、たぶん稀存種も同じだ。きっと相当に長く生きる。変異種は荒れ狂っている魔力のせいで生命として不安定だけど……稀存種はそうじゃない。その魔力を自分のものにしてるんだから」
「何百年もの間、気ままに街や人を襲って、なのに誰にも手が付けられない。人間はきっとじわじわと、ゆっくりと滅ぼされていく。稀存種からただ逃げ回るだけの暮らしになって、国も文明も維持できなくなる」
「そうだね。だったら」
「ん……」
「ルイスとエクセアの仇討ち、ね」
僕とカレンは目を見合わせた。
次いで、母さんとも。
そして最後にショコラ——我らが愛犬は元気に「ばうっ!」と吠えた。
……尻尾がぶんぶん振られているのは「遊んでくれるの?」のサインじゃないよな。大丈夫だよな。お前は空気が読めるやつだよな?
もちろん、これからすぐに始めますってわけじゃない。入念な調査をして、検証して、作戦を立てて、それから挑まなきゃならない。
でも、現在と未来が因果の線で繋がるのであれば。
いまこの瞬間、僕らが覚悟を決めたのは、戦いの始まりに等しい。
僕は振り返って綿貫さんの姿を一瞥し——改めて、エミシさんたちに向き直り、言うのだ。
「依頼、受けさせてもらいます。稀存種の討伐、それから始祖のエルフの救出……全力を尽くします」




