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譲れない一線はあるんだ

「始祖六氏族なんて、大層な名前がついてますけど……たかだか二千年ぽっち続いてるだけの血を残すことに価値があるとは思えませんね。そんなことよりも、カレンが幸せに生きることの方がよほど大切だ」

「なんだと、貴様……!」


 僕が()()()()()()()()挑発は覿面(てきめん)で、釣り針にかかったのはモアタ=ピューレイ——厳つい顔をしたおじさんだった。


「我が誇りあるエルフ国(アルフヘイム)の歴史を愚弄するか! ガキが唾を吐くとはただで済まんぞ!!」


 荒い口調と威圧的な態度で凄んでくる。


 けれど僕はモアタ氏ではなく、他の四人を観察した。


 メイシャル=ファズアジク——黙して鉄面皮(てつめんぴ)。感情は窺い知れない。なにを考えているかはわからないけれど、仮に敵であればエミシさん並に手強いだろう。


 ミヤコ=ヴェーダ——ポーカーフェイスで僕を見ている。ただ、魔力の波長がわずかに強張った。それは不安、もしくは呆れ。モアタ氏の軽挙に対する失望か?


 クニザエ=オオナギア——小さく眉根を寄せて苦い顔。魔力も張り詰めている。こちらは怒りだろう。僕の暴言が逆鱗に触れ、それを必死で抑えているのだ。


 そしてユズリハ=シルキア——こちらは、期待以上だった。彼女はわずかに目を見開き、僕を一瞥して小さく——笑ったのだ。

 まるで「やるわね」とでも言うように。


 観察を終え、モアタに向き直る。

 椅子から立ち上がり今にもこっちに詰め寄らんと凄んでいるおっさん。たぶん日本にいた頃の僕なら怯えて足がすくんでしまっていただろう。


 今はもう、まったく怖くないけどね。


 強面というならクリシェさんなんか完全に反社だよあれ。厳つさでいうならベルデさんの方が遥かに圧が強い。

 ただ、魔力だけは——彼の魔力は、かなり強めだった。きっと武闘派ではあるんだろう。これ、エジェティアの双子よりも上かもしれないな。


「なるほどさすが秘密主義の国だ。実力のある人間は内側に隠しているんですね。あなた、申請すれば『魔女』の称号ももらえるでしょうに」

「……っ、貴様、なにを」


 僕はあえて、穏やかに笑んだ。


「でも、うちの家族ほどじゃない」


 (かたわ)らへ視線をやる。

 そこでは母さんとショコラが、


「わふっ」

「こらショコラ、ダメよ? いま、スイくんが真面目な話をしているのだから」

「くぅーん……」

「仕方ないわねえ。よしよし」


 まったく空気を読まずに、(じゃ)れ始めていた。


「きゅー……」

「退屈なの? 我慢しなさいね」


 母さんに顎下を撫でられ、へっへっへっへっと舌を出すショコラ。

 それを呆然と見詰めるモアタ。


「あなた程度が魔力を毳立(けばだ)たせても、あんまり意味ないと思いますよ。……僕らが普段、どこに住んでると思ってるんですか? 『(うろ)の森』、深奥部……変異種がうろうろしている場所で、のほほんと暮らしてるんですよ」


 魔力による威圧はしない。あえて、しない。

 ただ受け流す。蟻を本気で相手にする獅子はいない、そんな気概で。


 モアタ=ピューレイは僕の微笑みに、一歩、後退(あとじさ)る。

 険しい視線はそのままだったが、やがて唇を咬んで俯いた。


 と、タイミングを見計らったように。

 老爺(ろうや)——クニザエ=オオナギアが、くつくつとわざとらしい含み笑いを()らした。


「くく。まあ随分と豪胆(ごうたん)よなあ。(わし)のように枯れた爺いなど、恐ろしくて震えが止まらんわい」


 クニザエは髭に隠れた口元をにいと歪ませ、皺だらけの目元、その奥にある瞳をぎらりと輝かせる。


 血統主義者たちは、次の手札(嫌がらせ)を出すことにしたようだ。

 老人は、言う。

 意味ありげに、挑発的に。


「あまり強気に脅すものではないぞ、若いの。おんしらの魔導は確かに凄まじかろうが……周囲の者たちすべてがそうとは限らんだろう?」

「どういうことですか?」


 ——魔力を抑えた僕らを、自分で褒めてやりたい。

 

「ほほ。どういうことだろうのう。いやな、たとえばシデラの村に住む、あの愛らしい娘……リラとかいったか。魔力がほとんどない身では、いざという時に守ってやれんのではないか?」


 僕が黙したのを攻め時と見たのか、クニザエは続ける。


「儂らは普段、天空の高みにおるがな。だからといって地上のことを軽んじておるわけではないぞ。こんな場所にあっても、()()()()()()()()()()()()()()()


「シデラにもエルフ国(アルフヘイム)間諜(スパイ)がいて、僕らの周囲を含めてちゃんと把握しているぞ、と。その気になればいつでも手を出せるんだぞ、と。あなたはそう言っているんですか?」

「くくっ! それは穿ちすぎというもの。若人(わこうど)よ、結論を()いてはいかん。儂は話し合いをしようと言うている。たとえばそうさな……シデラの村と(えん)を築いたそこなクィーオーユがイズク殿に(とつ)げば、あの村に対する儂らの心象もぐんと良くなろう。そこまでしっかり見ずとも、いい村だということが自明となるが故な」


「はあ……なるほどなあ」


 僕は薄い溜息を吐く。


 カレンの抱きついた僕の腕がいっそう強くぎゅっとされていて、それは彼女が必死で怒りを堪えてくれている証拠だ。


 でもカレンはなにも言わない。魔力も尖らせない。

 ただすべてを僕に任せてくれている。


 それは母さんも、ショコラも同じで——。


「ところで、国際法に詳しい人がいたらお聞きしたいんですが」


 だから、僕は。

 あくまで声を平静に、問うた。


「他国の要人を害するのは、国際法違反だと思いますけど……その『害する』って、どの程度からが抵触(ていしょく)するんですか?」


 瞬間。

 場の空気が、張り詰める。


「若人。この老体に言わせれば、その脅しはいささか直截(ちょくせつ)的すぎるな」


 クニザエが眼を細めた。


「エミシさん、どうです? あなたの解釈で構いませんが」

「……心身の健康、または名誉、財産。そのいずれかを損ねさせることは即ち、毀損(きそん)行為にあたる」


 無視して背後のエミシさんに問う。

 彼は即座に答えてくれた。


「心身の健康、の定義は? たとえば指を切ったとかの怪我じゃ、命に別状はありませんよね」

「負傷の程度に(かかわ)らず、治療行為が生じるものはすべて該当する。……なにを考えている?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 僕は一同を見渡した。

 見渡して、最後に——視線を、クニザエ=オオナギアへと定める。


「たとえば他国の要人に対する毀損行為の定義が、国際法でしっかり決まっているように。たとえば魔力坩堝(るつぼ)に身を置いた獣が、変異種に転じる閾値(いきち)があるように。ラインを越えれば取り返しがつかない。わかるでしょう? お爺さん」

「……ほう? 儂がそれを、越えたと?」

「ええ、越えました。あなたは踏み込んだだけのつもりだったのかもしれないけど、踏み越えた。シデラの街に住んでいる人はすべて僕の身内だ。彼らを盾にするような言動は、絶対に許せない」


 それは(まばた)きよりも短い、寸毫(すんごう)のことだっただろう。


「……『深更梯退(しんこうていたい)』」


 練った魔力から為る黒い鎖と、そこに込められた術式は、僕の足元から床を伝って一気に伸び——クニザエ=オオナギアの身体へと、絡まった。


「な……っ!?」

「怒ってるわけじゃないですよ。危険な可能性は見過ごせない——ごく当たり前の対処です」


 それは、闇属性の時空魔術による因果遅延。

 驚きと怯え、そのふたつの感情が表情へと(あらわ)れる半ば——まさにその過程で、()()()()()()()()


「もう聞こえてないと思いますけど。シデラの間諜(スパイ)がなんらかの行動を起こすにはあなたが指令を出す必要があると思うんで、できないようにしました。あなたの時間が止まっている間、シデラは安全です」


 誰もが絶句していた。

 僕はもう一度だけ深呼吸をして、続ける。


「これ、毀損行為には抵触しないですよね? だって僕はこの人の心身の健康にも財産にも名誉にも損害を与えてはいない。治療が必要な怪我を負わせてもいない。……それでも毀損行為にしたいというなら、司法に訴え出てもらって構いません。ことの経緯をつまびらかにした上で、すべての大陸国家に是非を問おうじゃないですか」


 全員を見渡す。

 うん——敵意に満ちた視線がまだあるな。

 モアタ=ピューレイ……一応、言っておこう。


「あと、伏兵を出すのはやめといた方がいいですよ」

「な……っ」


「左右の扉、それから天井にも。潜んでますよね? まあ、要人警護としては当然でしょうけど……誰かの合図で一斉に魔術が放たれるようになってる。でも、あなた方なら知ってるはずだ。僕は父さんと同じ魔術が使える」


 兵士が隠れていることは想定内だった。入ってきた時、すぐにわかった。魔力を感じたし、ショコラも鼻をひくつかせながら天井を見てたしね。


「攻撃は通じないと思ってください。試してみますか? 僕らは傷ひとつ負わないから、毀損行為にもならない。だから不問にしてあげます……どうです?」


 ぺたん、と。

 モアタが椅子へ、力なく腰を落とす。

 そしてその間にもずっと、中途半端な表情で固まったままのクニザエ=オオナギア。


 しばらく、張り詰めたまま誰も口を開かずにいて。

 やがて沈黙を破ったのは、ひとりの含み笑いだった。


「ふ、ふふ……あははははっ、こいつはやられたねえ! ミヤコ婆さん、緒戦はあんたたちの負けだよ」


 それは今までなにも喋らなかった、三十路ほどの女性。

 始祖六氏族のひとつ、シルキアの姓を名乗った人——ユズリハ=シルキアだった。


「モアタのおっさんの恫喝は流されるし、クニザエの爺さんはもうこれ、人質に取られたようなもんだろう? 婆さんにはまだ手札が残ってるだろうけどさ、この状態じゃなにをどう切っても無意味だ。……なあ坊や、この魔術はどのくらい保つ?」


 思いのほか()()()()()()口調の人だなと内心で思いつつ、答える。


「さあ? 試したことはないですけど、別に魔力の消耗も感じないですし……たぶん意識して解かない限り、最低でも僕の寿命が尽きるまではこのままなんじゃないですかね」

「うん、嘘やはったりじゃなさそうだ」


 ユズリハさんは肩をすくめると、一同を見渡した。


「国家要人への毀損行為で訴え出てもいいが、ことの経緯を話せば恥をかくのはこっちだろうさ。むしろ『終夜(しゅうや)』さまのご子息ここにありと、諸国に喧伝するだけになるよ」


 饒舌になった彼女とは裏腹、ミヤコ=ヴェーダは眼を閉じて黙している。

 傍に立つ大甥(おおおい)——イズク、とか言ったっけ——も同様、まるで執事のようにミヤコの横で控えている。


 彼女たちの無言を肯定と見たのだろう。

 ユズリハさんは、ぱん、と手を叩くと、椅子から立ち上がり僕の前に進んだ。


 そして薄い微笑みを浮かべ、


「その実力のほど、予想外にもさっさと披露されちまったけど、手間が省けた。ま、爺さんの功績かもしれないねえ」

「なにがです?」

「坊や。いや、スイ=ハタノ殿」


 真っ直ぐに背筋を伸ばすと、胸に手を当てて。

 僕へと礼をし、言う。




「招きに応え、よく来てくれた。闇属性の魔導——()()()()()()()。それこそが私たちの待ち望んでいたものだ。どうか力を貸して欲しい。……私たちの停滞を、打ち破るために」


 僕は眼を見開く。

 顔を上げた彼女は、部屋の奥——扉を指差していた。

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