街並みと、そして
浮島の外縁——第四区には農場の他に畜産場もある。そちらも見学したかったが、残念なことに検疫の問題から国外旅行者の立ち入りが禁じられていた。
牛、羊、山羊、猪豚などのこの世界でオーソドックスな家畜を飼育している他、エルフ国独自のヒポグリフ牧場もあるらしい。ヒポグリフ、なんやかんやでまだ遠目にしか見たことないんだよなあ。グリフォンの近縁種らしいんだけど、やっぱり細部がちょっと違うようで。
「ヒポグリフはエルフ国の主要交通手段だから、試乗させてもらうことは難しくないと思う。依頼が終わった後に頼んでみる」
……と、カレンいわく。信じて待っていよう。
ともあれ僕らは第四区を後にし、第三区へと戻ってきた。
ただし宿のある北側ではなく、ぐるりと半周して南側である。
街並みは北とさほど変わらない。碁盤目状の道路で整然と区分けされ、建物の規格もほぼ統一されている。
「この辺りは、エジェティアとシルキアの影響力が強い」
道すがらにしてくれるカレンの解説がありがたい。
「リックさんとノエミさんのホームタウンってことか」
「ん。あの双子はたぶんここでは人気者。久しぶりにエルフ国から生まれた『魔女』だから」
「それを言うならカレンもじゃない?」
「私が認定されたのは王国で。だからこっちの国民にはあまり実感がないと思う」
——ちなみに実は全然そんなことはなくて、『春凪の魔女』の名はエルフ国でめちゃくちゃ有名である……という事実を知るのは、まだ少し先の話となる。
「じゃあやっぱり、始祖六氏族の存在ってエルフ国の生活に深く根付いてるのかな」
「んん……どうかな……」
ふと気になったので尋いてみる。
するとカレンはなんだかちょっと難しい顔をした。
「名前と存在は、大陸の国家間でも有名なのよね」
背後を歩いていた母さんが補足してくれる。
ちなみにショコラのリードはいま母さんが預かっていて、僕が握っている時よりもおとなしい。我が家で一番格上なのが誰か理解しているのだ。
……あれ、じゃあ僕はショコラにとってどのくらいの位置付けなんだ?
「わふっ?」
「聞かぬが花な気がする……」
僕のジト目に首を傾げるショコラを眺め、微笑みながら、母さんは続けた。
「始祖六氏族はね、大陸でも最古の血族って言われてるわ。それこそ各国の王家よりも歴史があるの。半分くらいは説話みたいに思われてるけど、妖精たちの記憶にある二千年前のお話と繋げると、事実だったことがわかって興味深いわねえ」
「王族とかよりも貴重なのか。血統主義の人たちが拘るのも理解できなくはないな……」
エジェティア、アテナク、シルキア。
ファッティマ、アクアノ、クィーオーユ——。
四季さんと色さんの仲間だった日本人たちを直系の祖とする一族。エルフという種族自体がこの六氏族から始まっているので、この国の人たちはみんな、彼らの子孫ではあるのだけど。
「ファッティマだけまだ名前を聞かないね」
「ん、ファッティマは五百年くらい前に、国を出て地上に降りた。今は共和国にエルフ自治領を得てそこに暮らしてるらしい」
「そうなんだ。交流はあるの?」
「共和国とエルフ国との交流って意味ならある。たぶん、ハジメの父親とかは向こうの首長と会ったことがあると思う。でも、そのくらい。民間レベルではない」
『虚の森』から出奔したアテナクはひょっとしたら、ファッティマのところへ向かったのかもしれないな。そんなことをふと思った。……まあ、ドルチェさんを捨てて去っていった人たちなので、僕が気にすることでもないんだけど。
それにしても——。
「アテナクとファッティマは地上に降りて、エジェティアとシルキアとアクアノは国内で貴族になってる、か」
「でもって、クィーオーユは私の他にはもういない」
「カレンの実のご両親は、貴族だったの?」
「貴族といえば貴族ね。そもそも、始祖六氏族は国際法上、貴族として扱われてはいるのよ。でもエルフ国の施政者というわけではなかったわ。家格は高いけど必ずしも権力を有しているわけではないって感じ」
「この国に馴染めなくて、地上で冒険者として暮らしてたんだっけ?」
僕の問いに、母さんは少し表情を曇らせた。
すっとこちらへ身を寄せ、声を潜めて教えてくれる。
「元々、クィーオーユは廃れかけていたのよ。それが、『大発生』の三年前くらいにエルフ国で内乱があって……」
「うん」
以前、母さんが自分の過去を話してくれた時、昔の冒険譚として聞かされたやつだ。あの時はそんなに詳しくではなく『巻き込まれた』くらいのやつだったけど、
「その内乱で、ルイス以外の血族を亡くしてしまったのよ。お父さんとお母さんがルイスとエクセアに出会ったのもこの頃。冒険者として地上で暮らしてたふたりとお父さんが仲良くなって、その直後に内乱が起きた形ね」
じゃあ父さんと母さんは、内乱をどうにかしようと空へ戻ったルイスさんたちに付き合う形で、首をつっこんだってことか。
カレンは詳しい話をもう聞いているようで、どこか冷めた顔で言う。
「結局、クィーオーユの血が絶えたのはほとんどこの国のせい。そのくせ、血統主義の連中は私のことを子孫を殖やす道具くらいにしか見ていなくて、あんなふざけたことも言う。……たぶん長老会には、内乱の時にクィーオーユを謀殺した奴もいる」
「嫌な話だね」
「ん。幸い、いまの私には力があるし、スイやヴィオレさまもいる。なにを言ってきても関係ないし、負けない」
「わうっ! わん!」
「そうだね、ショコラもいるね。頼もしい。……よしよし」
「くぅーん」
愛おしげにショコラをわしゃわしゃするカレンと、目を細めて尻尾を振るショコラ。
そんなふたりの様子を微笑ましく見ていた母さんが、道の前方を指差した。
「見えてきたわ。この大通りの先」
「そういえば、南の第三区に来た目的をまだ聞いてなかった。僕ら、どこへ向かって……壁?」
聳えるのは石材で造られた、目算でおよそ十五メートルほどの白い壁。第三区と第二区を隔てる仕切りだった。
そして道の行き止まりには大きな鉄扉と、それを守る門番の人たち。
「カレンもまだでしょう? スイくんも一緒に、ね」
「ん。それがいい」
「あ……南、壁の向こうってことは」
「ええ」
母さんは頷いて、僕らを促す。
「カレンの実の両親。ルイスとエクセアのお墓が、近くにあるのよ」