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踏み込むためにお茶を飲む

 案内された宿は、一般居住区——第三区の大通り沿いにあった。


 なかなか豪華で、規模としてはシデラの『(かし)向日葵(ひまわり)亭』と同じくらい。初めて来訪した時に泊まったやつだ。

 つまり日本でいうと、高級ホテルみたいな感覚。


 カウンターでエミシさんとハジメさんが手続きをしている間、リックさんとノエミさんに部屋へと案内される。


 部屋は広々としていて、リビング兼寝室として充分すぎる大きさだった。

 三つ並んだベッドに加えて、ゆっくりくつろげるほどのスペースに設置された、テーブルとソファー。化粧台やクローゼット、作業デスクなどもあって、各種アメニティも充実している。


 それにしても——こんな立派な高級宿、繁盛してるのかな。そもそもエルフ国(ここ)は空に浮かぶ島で、観光客とか旅行客とか滅多に来なさそうだけど……。


「人の出入りはちゃんとあるぞ」


 疑問が顔に出ていたのだろう。リックさんが苦笑混じりで教えてくれた。


「定期的に国外から物資を輸入してるから、各国の商会が頻繁(ひんぱん)に往来するし、観光客も受け入れている」

「そうなんだ……」

「まあ、気軽に来られる場所じゃないのは確かだ。だから必然的に、商会は賓客(ひんきゃく)扱いだし、観光客も金持ちや貴族ばかりになる。そういう人らのためにはこういう宿が必要だろう?」

「……確かに」


 エルフ国(アルフヘイム)は大陸の空をゆっくりと、漂うように巡回している。そのルートは外から見れば不規則かつ気ままだ。

 だから入国したい場合、まずは城が浮かんでいる空域の近くにある発着場まで赴き、そこからヒポグリフに乗っていくすることになる。……時間とお金のある人じゃないと無理だろうな。


「ショコラの寝床やトイレも設置してくれてる。親切だな」

「わふっ」

餌皿(えさざら)もある。ちょっとオシャレなデザインだ……」

「わうわう!」


 まさか、ショコラのこともちゃんと考えてくれているとは。入国管理局でのいざこざを受けてすぐ、エミシさんが手配してくれたんだろうか。あるいはそれとも、最初からこの宿に泊まらせるつもりで——?


 そんなことを考えていると。


 ドアがノックされて開き、エミシさんとハジメさんが入ってきた。


 エミシさんがこちらへ歩み寄ってくる。ハジメさんはドアを閉め、脇に置かれたポールみたいな家具になにやら魔力を込めている。


「遮音したよ、お父さん」

「……ああ」


 その言葉とともに、初めて。

 ふ——と。

 エミシさんが、肩の力を抜いた。


 眉間に皺を寄せた仏頂面にはあまり変化がない。ただ、(まと)った空気があからさまに弛緩(しかん)する。つまり、取りつく島のないようなあの感じが消える。


「……楽にしてくれ。ここの従業員はみなアクアノの手の者だし、音も外には漏れない。よく来てくれた、ヴィオレ、カレン殿、そしてスイ殿。不躾(ぶしつけ)な招きに応じてくれて、感謝している」


 それは——その声音にもまた、感情が乗っている。

 素直な謝意、加えて疲労。つまりエミシ=アクアノはここに来てようやく、僕らへ本音を見せたのだ。


 母さんがエミシさんの前へ出て、大きく溜息を()いた。


「十三……いえ、十四年ぶりかしら? 老けたわね、あんた」

「きみと一緒にされては困る。私の魔力はそれほど高くない」

「苦労が顔に出てるって言ってるのよ」


 エミシさんを睨み付ける。


「それで、あんたは私が知ってるエミシ=アクアノのままなのかしら? それとも、長老会に入ってすっかり保守に染まってしまった、エルフ国(アルフヘイム)の施政者なのかしら?」

「前者であるとはとても言い難いが、後者であるとは思いたくないな。だが私は少なくとも今も、ルイスの幼馴染で、エクセアの友人のつもりでいる」


 まったく臆することなくその視線を受け止めるエミシさん。


 五秒か、十秒か。ふたりは無言で鋭い気配を発していたが、やがてエミシさんが不意に目を閉じた。


 そして大きく息を吐き、胸に手を当てて。

 母さんへ、それから僕らへと——頭を下げる。


「カズテルくんのこと、お悔やみ申し上げる。残念だ。もう一度、会いたかった」


 (うつむ)いて表情は見えない。

 だけどその言葉には、疑いようのない感情があった。

 (うしな)ったことへの、悲しみがあったんだ。


「……ありがとう。きっとカズくんも、同じように思っているわ」


 母さんが(きびす)を返し、彼から離れるとソファーへと身を沈める。

 テーブルの上に置かれた茶器を指差し、言った。


「話を聞こうじゃないの。お湯は沸かしてあげるから、お茶はあんたたちが淹れなさいね」



※※※



 そうして、会談が始まる。

 お茶は本当に、カレンと母さんがお湯を用意して、ハジメさんが淹れてくれた。

 ただハジメさんも、これまでとは違う柔らかい雰囲気があった。——まるで、肩の荷が下りたかのように。


「ハジメ、やっといつもの顔に戻ってくれた」

「あとでゆっくり話をするといいよ」


 僕の耳元で囁くカレンに、そう返す。

 さすがに今はまだちょっと、談笑する空気ではない。


 テーブルを挟んで対峙する、母さんとエミシさん。

 宿にチェックインするまでは僕が先頭に立ってみんなを先導していたが、ここは密室。さすがに保護者へバトンタッチし、僕は母さんの横でショコラをもふもふするのみだ。


「わふっ、くぅーん」

「いやさすがに静かにね?」


 まず最初に切り出したのは、母さんだった。


「正直、()きたいことが山ほどあるのよね。たぶんあんたもだいたいは予想してると思うんだけど。……そのすべてに、ここで答えられる?」

「すべては無理だ。だが、すべてではないにせよ、語れることはある。それは私たちにとって大きい」


「……ほんと、しばらく見ない間にすっかり老獪(ろうかい)になったわね」

「それはきみもだろう。外見は変わらずとも、互いに歳を取る。家族のために政治も覚えたはずだ」

「あんたが政治をやっているのは、ルイスとエクセアのため?」

「ああ、そうだ」


 ノータイムで断言するその瞳には、深い決意が見えた。


「なにから話すべきか。やはり、あのふたりのことからか。……もう二十年になる。我が国を襲った忌まわしき、変異種の『大発生』だ」


 エルフ国(アルフヘイム)を、大量の変異種が襲った事件。ひとつひとつは小型でも、変異種は変異種だ。おまけに虫型で、飛行能力があった。


 幸いにも父さんと母さんが居合わせていたおかげで、殲滅(せんめつ)できたという。


 だが、ふたりがいたのは一般国民の住まう第三区。そして、ルイスさんとエクセアさんがいたのは貴族居住区である第二区。当時のエルフ国(アルフヘイム)の体制と現場の混乱が重なって、防壁を抜けるのに手間取った結果——父さんと母さんは、間に合わなかった。


「……最初は、行政に手を入れるつもりだった。壁を越えた往来がもっと速やかに、手軽にできるように。そして、第三区の入り組んだ無秩序な都市構造を、改革するために。私は政治家の道を選んだ」


 エミシさんの業績は、さっきの整然とした街並みを見ればわかる。

 少なくとも彼は言葉通り、第三区をまるごと改造することには成功したんだ。


「だが、政治の中枢……長老会に入ってみると、どうもそれだけでは足りなかったらしい。ルイスとエクセアに起きた悲劇の理由は、私がそれまで考えていたものとは違っていた。()()()()()()()()()()()()()、それほどまでに違っていたのだ」

「ここでは言えない……この、誰も聞いていない密室でも?」

「ああ、口外できない。きみたちが知るには、スイ=ハタノくん。きみに、私の依頼を受けてもらわなければならない」


 名を呼ばれ、エミシさんを見遣る。

 彼と真っ直ぐに、視線を交わし合う。

 探るように、(しら)べるように——真意を、見定めるように。


「長老会は合議制だ。制約も多い。おまけに、始祖六氏族や国家の歴史保全を至上とする血統主義は、会の中でも根強い権力を有している。……比べれば私は若造の新参者で、あの連中を無理に押さえ込めるほどの強権を持っていない」


 眉の皺がいっそう深まった。

 だけど一方で、その気配が(やわ)らぐ。


「だから、すまなかった。きみたちを呼びつけてここに至るまでの迂遠(うえん)な手段は……きみたちの感情を逆撫でして利用するようなやり方は、いまの私が目的を叶えるためにできる、最大限のことだったんだ」


 そして、彼は。

 真摯な目をして、頷き。

 たぶん胸襟(きょうきん)を開いて、言った。



「スイくん。きみには、城の中枢に行ってもらいたい。天空城である第一区の更に内側、第(ゼロ)区——そこに『大発生』の起きた原因、そのものがある」

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