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上手くいったのかな

 めちゃくちゃ緊張した……。


 ジ・リズの背中から降り、すごく偉そうな人(ハジメさんのお父さんだった)と握手して、案内されてみんなでその場を後にして。そうして発着場と城の浮島を繋ぐ通路に入り、見物客たちの目がなくなってからようやく——僕は深く息を吐いた。


「よくできたわね、スイくん。いい感じだったわ」

「ん、かっこよかった」


 母さんとカレンが後ろからそっと囁く。

 ただ、まだ芝居をやめるわけにはいかない。少なくとも宿に案内されるまでは、この調子を装っておいた方がいいだろう。


 そう。

 僕が母さんに指示されたのは『主のように振る舞え』ということだった。


 母さんは音に聞こえた『天鈴(てんれい)の魔女』で、その名は王国のみならず大陸中に轟いている。カレンも同様で、始祖六氏族の血を持つ『春凪(はるなぎ)の魔女』を、エルフ国(アルフヘイム)において知らぬ者はいない。


 そんなふたりを従えて歩くことで、存在の大きさを誇示しろ。

『天鈴』と『春凪』が(かしず)く存在だと、エルフ国(アルフヘイム)に見せつけろ、と——。


 ……いや、効果が大きいだろうことはわかるよ? 初手から舐められないようにするための行為だっていうのも理解できるよ?

 でもほんと勘弁してほしい。僕、こういう目立つやつ、苦手なんだ……。


 堂々とできているかめちゃくちゃ不安だった。ガチガチで声が震えていないかとにかく気になった。まあ、ふたりの反応を見るに、取り繕うことはできていたようだった。


「わふっ」

「しっ、ショコラ。堂々と歩く」


 背中からカレンとショコラがひそひそ話すのが聞こえる。きみたち気楽だよね。いや、ショコラも空気読んではしゃいだりしてないのはすごく偉いんだけど。


 それにしても——。


 僕らを先導する一団、その中心にいる人物に視線を遣る。

 エジェティアの双子やハジメさんなどに囲まれ、それでも綽々(しゃくしゃく)と淡々と、泰然(たいぜん)とした(たたず)まいで歩を進める男性。

 見えてるのは後ろ頭だから、なにを考えているのか、どんな表情をしているのかはわからない。ただ仮に前へ回ったとしても、僕には彼の思考など読めないだろう。


 エミシ=アクアノ。

 降り立った僕と握手を交わした彼は、にこりともせずにこう返した。

「よくいらっしゃった。歓迎する」——と。


 (いか)しい(しか)め面をした、外見は三十代ほどのおじさんだった。

 母さんと同年代らしいから、たぶん実年齢はもう(とお)ほどは上だろう。深い眉間の皺と岩のような表情は、苦労というよりも苦悩の(しるし)、内心を悟らせないための仮面のようにも思えた。


 四季(シキ)さんの見立てによれば、彼こそが僕を呼びつけた人物——僕になにかをさせようとしている人なのだけど。さて、だからといって味方になってくれるかどうか。


 しばらく歩いているが、まだ通路から外に出る気配はない。距離からして、もう発着場と浮島を繋ぐ橋は渡り終えているはずなのに。

 窓もなくて、まるでトンネルみたいだ。壁の材質はコンクリートかなにかだろうか。人目に触れないよう造られているので、賓客(ひんきゃく)専用のやつなんだと思う。


 ——まさか、罠ってことはないだろうけど。


 やがて、扉が見えてきた。物々しい鉄製だ。先頭に立っていたハジメさんが開ける。中に入ると、そこは部屋。通路と同様に殺風景だ。隅にぽつんとデスクがあって、きっちりした制服みたいなものを(まと)ったエルフたちが腰掛けている。


 そのうちのひとりが椅子から立ち上がり、こちらへやってきた。


エルフ国(アルフヘイム)、入国管理局です。入国希望者の三名、従魔(じゅうま)を連れて前に」

「すみませんが訂正を。従魔ではありません、家族です」


 僕は即座に返す。言葉尻であってもこれは譲れない。


「……わかりました。三名と一匹、前に」


 あからさまに面倒そうな顔をされたけど気にしない。


 名を呼ばれ、ひとりひとり身元を確認され、入国書類に署名する。母さんとカレンは『魔女』の称号を持っているからそれが身分証の代わりだそうだ。僕は冒険者証。ちなみにショコラの名前も従魔の欄にあるが、項目名は『相棒』としてもらっている。クリシェさんが特別に(こしら)えてくれたのだ。


「確認できました。入国許可を与えます。エルフ国(アルフヘイム)へようこそ」


 そうして形式的な手続きが終わり、審査室を出、いよいよ城の中へ——というところで、問題が起きた。


「では、長老会からの斡旋(あっせん)で指定された宿へと案内します。……クィーオーユさま、こちらへ」


 何故かカレンを案内する人と、


「ヴィオレさま、スイさま、ショコラさまはこちらへ」


 僕らを案内する人が別々だったのだ。


「どういうことです? 僕らとカレンの宿が分かれているということですか?」


 思わず眉をひそめると、返ってきたのはそっけない答え。


「クィーオーユさまは始祖六氏族です。貴族専用区画での宿が用意されています。あなた方はそうではありません。……当たり前のことだと思いますが?」


 その言葉を受け、僕は他の人たちを見る。

 エミシさんは鉄面皮で眉ひとつ動かさず、ハジメさんもそれに倣って無表情を装っている。エジェティアの双子はそれぞれ、溜息を()いていた。


「長老会の斡旋? そんなふざけた……」

「待って」


 ノエミさんが抗議してくれようとしたのを掣肘(せいちゅう)し、僕は一歩、前に出る。カレンと母さんを庇うようにして、入国管理局の職員さんへ言った。


「別々の宿に泊まるのはお断りします」

「……断る権限は、あなた方にありません」

「それでも嫌です。同じ宿にしてください」

「できません。こちらの指示に従えないのであれば、入国許可は取り消されます」

「そっか。じゃあ、帰ります」

「……は?」


 きょとんとする職員さん。

 自分でもそっけない上に意地の悪い返事だと思うけど、仕方ない。

 だって、申し訳ないけどさ——あなた方が僕らをどんなふうに見ているかくらいは、わかるんだ。


 態度は慇懃(いんぎん)だったし、声も平坦だった。けれど漂う雰囲気というか気配というか、魔力の波長みたいなものが、雄弁に語っていた。


 僕らを侮っている、と。


 ()()()()()()()()()に吹き込まれたのか、あるいは彼らが元々そういう人間なのか。カレンに対する畏敬(いけい)は感じられたが、それだけだ。僕のことも母さんのこともショコラのことも、地上からやってきた田舎者、程度にしか見ていない。


 だから僕は言う。

 毅然と、きっぱりと、彼らに。

 彼らに指示を出したであろう、見知らぬ長老会の人にも向けて。


「聞こえませんでした? 帰ります。お邪魔しました。それじゃあ」


「そうね」

「ん」

「わうっ!」


 母さんが、カレンが、ショコラが——揃って返事をする。


 踵を返そうとすると、背後から慌てた声。


「待て……おい! 帰る? そんなこと許されるとでも」

「いや、入国許可が取り消しになるんですよね? だったら帰るしかないじゃないですか」

「は、どうやってだ? ここは空の上だぞ? 言っておくが、ヒポグリフの貸し出しは許可できない」

「あの。僕らがどうやってここに来たか、あなたたち、知らないんですか?」


 はっきりと侮蔑の色を混じらせたひとりに、鼻白(はなじろ)んでみせる。


「友達の竜を呼び戻します。まあ、まだそこまで遠くには行ってないでしょうし。……というか、あなたたちじゃなくてエミシさんに言った方がいいですよね。宿がこのままなら、僕らは本当に帰ります」


 入局管理局の局員たちから視線を外し、僕はその更に向こうへ語りかける。

 この事態を黙してただ見ていた、エミシ=アクアノへと。


「僕らとカレン、同じ宿を手配してください。区画はどこでもいいです。なんなら宿代もこっちが払います。……()()()()()()()()()()()()()()?」


 ——四季(シキ)さんがあの夜、推測したことが当たっているとするなら。


 カレンと宿を分けるなんていうこの横槍は、長老会の中でも、血統主義とも呼べる守旧派の連中が目論んだものだろう。

 ただそれは決して国の総意ではない。一部のめんどくさい人たちのくだらない面子(メンツ)がまかり通った結果に過ぎない。エミシさんの意思では、ないはずだ。


 もし、彼らのその面子が僕への用事よりも重要だというのなら、本当にこのまま帰っても構わない。だけど違うのなら——エミシさんが僕らの力を必要としているなら。


 ()()()()()()()()()()()()()


「……やむを得ん。私がエミシ=アクアノの権限で許可を出す。クィーオーユのご令嬢は賓客と同じ宿に泊まる、書類はそう修正しておきたまえ」


 かくして、エミシさんは乗ってきた。

 薄い溜息を吐き、眉間の皺をいっそう掘り進めて——管理局の職員たちに、そう告げる。


「しかし、私どもは上の指示で……」

「エミシ=アクアノが長老会の一席として決断しているのだが、それよりも上の指示があるのか? それとも、議題提起するかね? こんな些事で?」

「お待ちください。クィーオーユは尊き始祖六氏族の血。そのようなお立場の人を、下賎の者と同じ宿に泊めるなどと……」

「口を慎め。きみは誰を指して『下賎』と言ったのだ? ソルクス王国から直々に『鹿撃ち』の(くらい)を与えられた『天鈴の魔女』殿にか? それとも、ソルクス王国ハタノ子爵家のご令息にか? おふたりがご寛大だから助かっているが、もしここできみが無礼だと首を落とされても、我が国は王国に抗議できるような()がない。むしろ我が国の平民が愚行を謝罪しなければならない。それをわかっていて言っているのか?」

「あ……っ」


 僕らをいっとう侮っていた職員のひとりが、見る間に青くなって震え始める。


 ……というか僕、子爵家の令息なの?

 あ、確かに父さん、子爵位とか持ってたっけ。母さんから昔話(むかしばなし)を聞いた時に教えられた気がする。でも、僕とは関係ないと思ってた……。


「あの、その辺で。僕らとしては、宿をちゃんとしてくれればそれでいいですから」


 もう気の毒になるくらいだらだら汗を流し始めた職員を横目に、僕はエミシさんを(なだ)める。エミシさんはこっちに向き直ると軽く頭を下げて、厳粛に言った。


「他国の尊い血にたいへん失礼をした。そして寛大なお心に感謝申し上げる。ほら、きみも謝罪と謝儀を表したまえ」

「っ、ご無礼を働きました。たいへん、申し訳ないことです。そして、お許しいただき感謝いたします……っ」


 深く頭を下げた職員さんを、ぐいと(わき)に押し退()けるエミシさん。もう用済みだとばかりの仕草は容赦がない。


「……さて、急になって申し訳ないが、新しい宿を手配する必要がある。幸いにも、うちの分家が経営する宿がある。防犯(セキュリティ)もしっかりしているから安心してほしい。私が案内しよう」

「……、ええ、お願いします」


 頷きながら、内心でひどく驚いていた。


 だって——結果として、僕らは同じ宿、それも守旧派の連中の息がかかっていないところを拠点にできるようになったのだから。


「もしかして……最初から、これを狙ってたのか?」

「どうかしたかね? ついてきたまえ」

「いえ、なんでもありません」


 さっさと歩き始めたエミシさんを追いかけながら、僕は思う。


 エミシ=アクアノ。

 おそらく彼は、敵ではない。

 だけど一方で、一筋縄ではいかない相手でもありそうだ。

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