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インタールード - 天空城:ノースバレル発着港

 エルフ国(アルフヘイム)たる天空城てんくうじょうには、東西南北の四カ所に港がある。


 島から突き出した橋とその先端に建てられた発着場で構成されたそれらは、縄に繋がれた(たる)が海面に浮いているような外観から、そのまま『(バレル)』と呼ばれていた。


 ただ、空に住まうエルフたちのほとんどはそもそも海をまともに知らない。船に縄で(くく)り付けられた樽も見たことがない。故に、誰が名付けたかはわからないが原義はとうに失われ、ただ『バレル』とのみ称されている。


 その日。

 天空城の北港(ほくこう)——『ノースバレル』は、(にわか)な騒がしさに包まれていた。


 騎獣(ピポグリフ)の発着が禁止され、貴族家の面々が待機する。エジェティアの跡取りにして双子の『魔女』に、アクアノの当主とその娘。特に父親のエミシは長老会の一席を(いただ)いており、国家の重鎮だ。


 出迎え役である彼らと、厳戒態勢の発着場を遠巻きに見物するのは一般国民たちである。天空城に住むエルフは娯楽に飢えており、噂好きだ。これから誰が訪れるのかをどこからともなく聞きつけている者もいた。


 民衆たちは口々にあれこれと、ざわめき語る。


「なんでも、入国するのはクィーオーユのご息女と『天鈴(てんれい)の魔女』さまらしい」

「カレンさまか? 何年に一回かは帰郷なさっておられるだろ。今更なんでこんな大仰な感じになってんだ」

「いやいや。クィーオーユだけならまだしも、『天鈴』さままで一緒ってのは珍しいでしょ」


 大陸随一の実力者たるヴィオレ=エラ=ミュカレ=ハタノのことや、


「『天鈴』さまねえ。あんたたち、見たことある?」

「俺ら世代はともかく、ある程度の歳行ってる連中はみんなあるだろ。例の『大発生』の時の英雄だからな」

「大発生を(しず)めた『天鈴』さまと『終夜(しゅうや)』さまな……。ありゃあ、ひどい事件だったよ。長老会の対応も最低だったしね。クィーオーユのお子が国を離れるのも無理はないさ」


 二十年ほど前に起きた、変異種大量発生事件のことや、


「つっても、ここ十年くらいは随分マシになってきただろ」

「いやいやどうだか。問題が起きてないってだけで、席の半分は当時のままだぞ?」

「もうああいうのは二度と起きないでもらいたいもんだよ」


 当時の記憶も含めた政治への不満、『長老会』のことや、


「ところで『終夜』さまは行方不明になったんだよな」

「いや、亡くなられたそうだよ。惜しい方を亡くした。我らは恩返しができないままだ」

「あの人は、うちら下々にもよくしてくだすった。悲しいことだねえ」


 そして『天鈴の魔女』とともに活躍した『終夜の魔女』のこと——。


 噂話は思い出語りも混じり、井戸端会議の様相を呈し、集まった見物客たちを包んでいく。出迎え役の者たちはそれぞれが、どこか緊張の面持ちで直立不動。民衆の喧騒とは裏腹に身じろぎひとつせず、そのことがより一層、騒がしさを助長していた。


 やがて。

 ノースバレル発着場の先、空の彼方に小さなひとつの点が現れ、それが少しずつ大きさを増していく。


 見物客たちはみな、怪訝な顔をした。見慣れたヒポグリフとは、影の形が違っていたからだ。


 エルフ国(アルフヘイム)で使われるかの騎獣(きじゅう)は、(わし)(まえ)半身に馬の(うしろ)半身を持つ魔獣で、正面から見ると鳥に近い。翼もあんなに大きく広がっていなければ平べったい流線型でもないのだ。


 なにより、背中に乗れるのはせいぜいが大人ふたり程度、荷物があるならひとりが限度で、ヒポグリフにしては巨躯すぎる——。


 誰かが、呆然とつぶやいた。


「おい。あれもしかして……竜族(ドラゴン)なんじゃないか」



※※※



 ノースバレル発着場は、静寂に包まれた。

 出迎え役の貴族たちだけではなく、見物に来ていた民衆たちもみな、声を失っていた。


 竜——ドラゴン。

 かの偉大な古き種族、叡智(えいち)(あぎと)

 あまねく天を自由に翔ける、玲瓏(れいろう)の翼。


 ほとんどの者は実物を見たこともない。だが、エルフであれば誰もが教えられる。

 天空の覇者である竜族(ドラゴン)の前で、我々エルフ国(アルフヘイム)は空に浮かぶという無礼を常に働いているのだと。それを許してくださっているのは、ひとえに彼らの寛容あってのことだと。


 それが、その存在が。

 大きな翼を広げ、美麗な鱗を煌めかせ、荘厳な首筋を伸ばし。

 発着場の広場へ、ふわりと着地する。


 (せな)から人が、降りてきた。


 誰もが予想していたクィーオーユの遺児ではない。

 噂されていた『天鈴の魔女』でもない。


 少年——いや、青年だ。

 

 髪は昏黒(こんこく)の空。瞳は漆黒の夜。穏やかそうな表情を浮かべながら、まっすぐに立つ。腰には剣と、それから短刀のようなものを二本差しにしていた。

 見慣れない意匠の上着を羽織った出で立ちは、異国というよりもどこか遠く、別の世界のような風情だった。


「『終夜』さま……?」

「いや、似ているが、違う」


 青年の横に続けて降り立つのは、一頭の獣。

 灰色と白の毛並みを持ち、青年の隣に凛として(たたず)む。

 姿からして狼か、犬か。みながそんな疑問を抱く中、気付いた者がつぶやいた。


妖精犬(クー・シー)だ……ヘルヘイム渓谷の、守護獣」


 その後、最後にふたり。


 ひとりは、誰もが見慣れた淡金色(あわこんじき)の髪、(すい)の瞳。

 始祖たる六氏族がひとつ『悲劇のクィーオーユ』——そのたったひとりとなった遺児たる娘、カレン=トトリア=クィーオーユ。

 エルフ国(アルフヘイム)でも随一の魔導にして『春凪(はるなぎ)の魔女』の号を受けた、国が世界に誇る逸材。


 そしてもうひとりは、そんな『春凪の魔女』の師にして養母。

 二十年前に起きた変異種の大発生において比類なき活躍をした、大陸で最も名高い『天鈴』——ヴィオレ=エラ=ミュカレ=ハタノ。

 纏う装束、黒の外套(マント)ととんがり帽子は『魔女』にのみ与えられる至高の装束にして、彼女の代名詞だ。大陸中の魔女たちが着用を許されていながら誰もこれを身に付けようとしないのは、ひとえに『天鈴』への畏怖のため。


 予想していたふたりが降り立ったことで、民衆は再びざわめいた。

 が、直後。

 その声はまた、止む。


 黒髪黒目の青年だ。


 まずは『天鈴の魔女』が、青年の背後へ控えた。

 次いで『春凪の魔女』も、その反対側へ並んだ。

 最後に妖精犬(クー・シー)が、ふたりの間に入った。


 ふたりの魔女とヘルヘイム渓谷の守護獣。

 彼女たちは、まるで青年へ従うように——(はべ)るように、立ったのだ。

 

 一同を乗せてきた竜が首を沈め、青年の前へ口先を向けた。

 青年はひとつ頷くと、竜の鼻先を撫でる。まるで、親しい友のように。





 向き直った青年が、出迎えたエミシ=アクアノと対峙した。

 穏やかで無害そうな気配のまま、長老会の一員たるエルフ国(アルフヘイム)の重鎮へ——臆した様子もなく堂々と、笑いかける。


「スイ=ハタノ。家族を連れて参じました」

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