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束の間、のんびり過ごそうか

 ひと通りの顔合わせを終えて、街中をぶらぶらした。


 春を待つ晩冬、市場(いちば)にはそれなりに人通りが戻ってきてはいたが、本調子にはほど遠い。並ぶ店の数も少なく、以前ミントが食べたフルーツ飴の屋台も復活していなかった。


「やっぱりまだ寒いからなあ」

「さむいと、げんきない?」

「うん。ミントは寒い中でも元気いっぱいだからすごいね」

「うー、さむいのもあついのもすき!」


 手を繋ぎながらぶらぶらし、時々は顔見知りから声もかけられて。

 種類は少なかったけど、買い食いもして。

 広場のベンチに座り、行き交う人々を眺めたりもして——。


 そうしてミントは、シデラの街を楽しんだのだった。



※※※



 ついでに食材を買い込んでから宿に戻る。有り合わせの材料で夕ご飯を作った。

 ここはシデラだから、醤油もみりんも味噌も、乾燥昆布もない。サトウのごはんもない。調理器具も限られているし、なによりIHコンロもない。なので普段の——ハタノ家の食卓とはまた違ったものとなった。


 挑戦したのはジョージアの伝統料理、シュクメルリだ。

 ニンニクを効かせたミルクソースで鶏肉を煮込むというもの。


 シデラでは牧畜が盛んなので、鳥肉や乳製品が手に入りやすい。通年で出荷しており、冬でも手頃な値段でうってつけだった。


 とはいえミントがまだちょっとこういうのを多くは食べられないので、四季(シキ)さんに頼んで『妖精境域(ティル・ナ・ノーグ)』からフルーツをいただいたり、副菜として胡麻豆腐も作ったりして。


「いただきます!」


 間取りも家具も食器も我が家とは違うけれど、それでも僕が作ってみんなが食べるなら、それはハタノ家の食卓なのだ。


「これ、美味しいわねえ。スイくんのお料理でまだ初めてのものがあるなんて」

「ん、スイは天才。すごい。メニューは無限」


 母さんとカレンが相変わらずベタ褒めしてくれる。

 でもさすがに無限は言い過ぎだからね?


「父さんが家に置いといてくれたレシピ本が、すごく助かってるんだ。僕が作ったことのないやつがたくさん載ってるし」


 今日のシュクメルリも、あれで作り方を学んだのだ。しかもけっこう本場の味に近いっぽいやつ。


「ギーギー鳥のお肉、いろんな部位が入っているのですね。胸、腿、手羽元に手羽先……食べるたびに気分が変わって楽しくなります。なにより、香りが素晴らしいわ」

「おばあさまも気に入ってくれてよかった」


 ちなみにセーラリンデおばあさまの食レポはいつも母さんやカレンよりも論理的で、性格がよく出ている。


「シュクメルリは『世界で一番ニンニクを美味しく食べられる料理』なんて言われてたらしいんだ。確かに、ミルクソースがニンニクの香りを引き立ててる感じがするなあ」


 荒みじんにした山ほどのニンニクをバターでじっくり煮て、そこに牛乳とサワークリーム、スパイスを混ぜてソースを作る。でもって鳥肉のいろんな部位を片っ端からぶつ切りにして、全部まとめてこんがりと焼き目をつけ、タマネギと一緒に炒める。あとはそれをソースの中に入れ、絡めつつ味を馴染ませたら完成だ。


 煮込み料理とはいうけど、本場のジョージアではあまり煮込まないらしい。……まあ、レシピ本に載っていた蘊蓄(うんちく)を参考に、その通りに作っただけではあるんだけども。


「でも、これは美味しいや。今まで作らなかったの、もったいなかったかも」

「無理もないわ。ニンニクも乳製品も、森の中では消耗品ですもんね」


 確かに母さんの言う通り、仕入れの問題もあるからね。


「ミントはどう? においとか刺激が気になるなら無理しなくていいんだよ」

「いっぱいじゃなくて、すこしなら、おいしー! でも、ごまどうふのほうがすき……」

「うん。そう思って、胡麻豆腐もたくさん作ってるからね」

「うーっ!」


 ミントはやっぱりシュクメルリをメインディッシュにってわけにはいかなかったけど、その分、胡麻豆腐やフルーツに舌鼓を打ってくれていた。シュクメルリも少量なら楽しめるみたいだ。

 生まれたばかりの頃は塩味(えんみ)も苦手だったのになあと思い出す。まだたった八カ月とちょっと前のことが、早くも感慨深い。


「お前はさすがにミルクは飽きたと思ったんだけど……」

「がふっ、はぐっはぐっはぐっ」


 そしてショコラは本日、昼から晩までミルク三昧である。

 行く先々でお呼ばれしてたからもういいだろうと思い無塩煮込みを作ろうとしたのだが、なんとはなしに「もうミルクはいいよな」と()いたところ、はちゃめちゃに反応していいや全然いけるまだちょうだいと、尻尾をぶんぶんぶんぶん。

 結果、夕食のギーギー鳥はミルクで煮込まれることとなったのだった。


 ——ともあれ。

 家族一同、食卓を囲みながらわいわいと、会話は弾む。


「そういえばおばあさまは普段、研究局の宿舎に住んでるんだよね。手狭じゃないの?」

「私はあまり豪勢な暮らしに興味がありませんから、小ぢんまりとした宿舎の具合がいいのですよ。使用人が衣食住の世話をしてくれますしね」

「おお、貴族っぽい……」


「あら、これでも冒険者時代は自炊していたんですよ? ……クリシェからの評判はよくなかったですけど」

「伯母さま、料理の腕が壊滅的なのはたぶん、ミュカレの血よ。貴族家だから明るみになっていなかっただけで」

「あら、カズテルも料理はできなかったと聞いておりますよ。そうしたらスイはいったい、なにがどうしてこんな素晴らしい腕になったんでしょうね」

「ん。私もずっと下手だったけど、最近、スイのお手伝いでいろいろ上達してきた。ヴィオレさま、おばあさま。料理は才能じゃなく努力」

「そ、そう言われるとなにも言い返せないわね……」

「ふふ、まったくです」


 わいわいと会話を弾ませながら、食卓のひとときは心地いい。


 一週間後にエルフ国(アルフヘイム)に乗り込むっていうのに、こんな穏やかに過ごしていていいのかなと少しだけ思う。でもそれはきっと、僕の焦りや不安が生んだ杞憂なんだろう。


 むしろいま、本当に大切なのは——こういう時間なんだ。ミントやおばあさま、それに庭でくつろいでいるポチ。留守番をしてくれる家族たちとのんびりして、英気を養うことなんだ。




「母さん、ワイン足りないなって思ってるんでしょ。もう一杯だけなら飲んでもいいよ」

「ほんと? 確かにニンニクの香りが強いから、ワインが進むのよね……。ありがとうスイくん、大好き!」


 上機嫌で僕の頬へキスしてくる母さん。

 呆れるおばあさま、苦笑するカレン、よくわからずにはしゃぐミント、そして食事に夢中なショコラ。あとでポチにも会いに行こうと決めつつ、僕は一緒に笑う。

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