もどかしさはわかってるから
お茶を終えて『雲雀亭』を出た後は、冒険者ギルドへ向かった。
待っていてくれたのはクリシェさん、ベルデさん、シュナイさんといったギルド関係者。加えて、ノアにパルケルさん。それからノビィウームさんだ。
全員、トモエさんたちと同じくミントとは初対面ではないけれど——やっぱり、改めて一応、ということで。
応接室に通され、お茶とお菓子が振る舞われる。
僕らにとっては話し合いの口休めでも、ミントやショコラにとっては本日二度めのおやつタイムになるな……。
「お前はほんと、ミルクなら無限にいけるな」
「わうっ!」
お皿に鼻先を突っ込んでべろべろと夢中なショコラに呆れつつ、一方でミントはクッキーをもぐもぐしながらちょこんと行儀良く座る。
ともあれ——トモエさんたちの時と同じく、顔はすでに見知っていたため、ミントもすぐにそれぞれの名前を改めて覚え、打ち解けた。
「のあとぱるける、おぼえてるよ! みんとのおみまい、きてくれた!」
「おお、あの時のことを。……賢い、良いお子だ」
目を細めるノアの言葉には、感嘆が込められている。
ミントが属性相剋を患った時に、三人は出会っているのだが——当時を覚えているのみならず、患ったという自覚があったこと、なのにそれをおくびにも出さず振る舞っていたことを察したのだ。
「こんな厳ついおっさん連中が囲んじまって、すまねえなあ。怖くはないか?」
「? こわくないよ?」
ベルデさんのそんな言葉にも、ミントはきょとんとする。
たぶん、他人の顔を見て怖そうだとか優しそうだとか、そういう先入観がそもそもないんだろうなあ。
「まあ、ギルドの方でもしっかり見ておくから安心しろ。昨日の言葉は嘘じゃねえよ……お前たちは身内だからな」
「ありがとうございます、クリシェさん」
「鍛冶師組合も、お前さんたちには世話になったからな。基本は工房に籠って鉄と睨めっこしてる奴らばかりだが、それでも街に出た時には積極的に挨拶するよう言っとく」
「ノビィウームさんも。お気遣い、嬉しいです」
日本でもあった、声かけ運動ってやつだ。
小さな子が地域住民たちに周知され、大切にされていることをアピールすることで、不審者を遠ざける効果がある。……まさか異世界に来てまでやることになるとは思わなかったけども。
「まあ、大丈夫だとは思うが。……その子の魔力、とんでもねえしな」
「ええ、私よりもよほど強いですよ」
熱いお茶をふーふーしているミントを眺めながら、クリシェさんが顔を引きつらせる。そしてどこか嬉しげに、セーラリンデおばあさまが頷く。
「とはいえ、万が一を考えておくに越したことはありませんから。それに……ミントには、シデラで楽しく過ごしてもらいたいのです。嫌な思いを味わってほしくはない」
「そうだな。……ここはいい街だが、だからって隅から隅まで綺麗ってんでもねえ。よからぬことを考える奴も、しでかす奴もいる」
頷きながら唇を咬んだのはシュナイさんだ。
聞いたところによると最近、トモエさん周りでちょっと警戒を強めることがあったらしい。めちゃくちゃモテるもんねトモエさん。一方でシュナイさんはなんというか、素材はけっこうイケメンなんだけど、目付きと佇まいがこう……。
犯罪者については置いておいても、エルフ国の間諜なんかはきっと潜んでいるだろう。こちらを害するかどうかはともかく、あまり好き勝手にあれこれ詮索されたくはないし、侮られるのも癪だ。
そんな輩に対して——街ぐるみでこの子の味方だぞ、と。言ってくれるのみならず、行動で示してくれるのは、本当にありがたかった。
だけど。
僕らの感謝と裏腹、一同はどこか苦い顔をしている。
「スイ。俺たちはみな、申し訳ないと思ってる」
「え……」
テーブル越しに身を乗り出したのは、ノアだ。
みんなを代表するように、僕の対面で視線を落としながら、
「エルフ国とのことに関して、無力だ。……なにも手伝えることがない」
「そんなことは……」
「あたしたちだって、叶うのならさ。あんたたちと一緒に、空の城に乗り込んでいってやりたいよ。カレンやドルチェの扱いについて、蹴りのひとつでも入れてふざけんなって怒鳴りつけたい。でも、……できない」
パルケルさんの吐き捨てるような言葉に、はっとする。
そうか——みんな、同じなんだ。
カレンの実の両親のことがあるからいつの間にか、これはハタノ家の問題だって思い込んでしまっていた。エルフ国を相手に一対一のゴングが鳴っている、そんなつもりでさえいた。
だけどことはそう単純なものではないし、ここにいるみんなも、他人事だとは思っていないのだ。
ノアはソルクス王国の第三王子だ。パルケルさんもまた、獣人領の姫である。そんなふたりがもし嘴を挟めば——今回の一件が、国際問題となってしまう。ならざるを得なくなる。
「ノアたちの場合は権力的な意味でだが、俺たちには実力が足りねえ。森の中ならともかく、空の上じゃお前たちの足手纏いにしかならん」
ベルデさんもまた、自責を抑えられずに拳を握った。
「実力が足りねえだけならまだしも、そのせいで人質にでも取られちゃあ間抜けもいいところだしな。俺が向こうなら、そして敵対するつもりなら、間違いなくそうする。だから俺たちにできるのは、この街で目を光らせることくらいなんだ。ミントやポチ……留守番してるお前の家族を、見守ることだけなんだ」
そしてシュナイさんがみんなの気持ちを代弁するように、声を絞り出す。
「ありがとう。心強いです、すごく」
だから、僕は——僕らは。
カレンと顔を見合わせ、母さんと頷き合い、ショコラの背中を撫でて。
冷ましたお茶をおっかなびっくり飲んでいるミントに笑みを向けながら、言う。
「実際は、竜の里でもよかったんです。あそこなら外敵は来ないし。でも、僕らは竜の里じゃなくてシデラを選んだ。こっちの方がいいって思ったんです。それは、あなたたちがいるから。あなたたちのいるこの街で、ミントに過ごしてもらいたかったから」
「? どしたの、すい」
名を呼ばれて顔を上げたミントが、小首を傾げながら問うてくる。
だから僕は、尋いた。
「みんとはここでしばらく過ごすの、嫌?」
「なんで? みんと、たのしみだよ!」
ミントは身体をうずうずさせながら、ぱっと顔を輝かせる。
「ばあばとあそぶの、すき! ともえもりらも、やさしい! のあと、ぱるけると……べるで、しゅない、くりしぇ、のびうーむ。みんな、たのしいきもち、する。すいとおなじで、あったかい!」
ミントは勘がいい。
魔力の波長や雰囲気などを見て他者の感情を読み取り、どんな人なのかを察することができる。そして善意を向けてくる相手には、同じだけの笑顔を返す。
それはきっと、他者に愛されることで生存をはかる血妖花の能力であり、同時に——ミントが生まれてからこれまで育んできた、ミントという個人の持つ優しさなのだ。
少しの沈黙があった。
ややあって応えたのは、ベルデさんだった。
「……そうか」
その厳つい顔に、人懐こい笑みを浮かべる。
ノアやクリシェさん——それぞれと視線を交わし合い、そのでっかい手をミントの頭に乗せて、ごつい指からは想像できないほどに繊細に撫でて。
「でもな、ミントちゃん。俺たちだけじゃねえぞ。市場の連中、牧場で働いてるの、店やってる野郎ども。いろんな奴らがこの街には暮らしてて、俺たちはみんな家族だ。だから……ここにいる間、みんながお前のことを見守ってる。お前を笑顔にできるよう、みんなで頑張るからな」
「うー!」
きっと言葉の意味は、全部わかっていないだろう。
けれどミントは満面の笑顔でベルデさんに頷き、くすぐったそうにしつつも撫でられるに任せる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
万感の想いを込めて、僕らはみんなに頭を下げる。
「……でも、あまり甘やかしすぎないでくださいね」
「そいつは保証できねえぞ。うちの連中は総じて、ガキに甘いからなあ」
冗談めかしたベルデさんの言葉は、きっと事実なんだろう。
僕はこっちの世界に戻ってからまだ一度も、この街で——しんどそうな顔をした子供を、見たことがないんだ。
シデラは開拓拠点として国が築いた街で、歴史は他都市に比べると浅く『五代も辿ればみな流れ者』という言葉があるほどです。
そしてそのため、子供は未来の宝だとして大切にする気風があります。
冒険者の死亡率が高めなため孤児も多いのですが、親を失った子供に対しては街が一丸となって支援をしています。