あまり家を空けたくないよね
翌る日、改めて——エルフ国へ行こう、ということで家族の意見が一致した。
その際もちろん、夜に四季さんから聞かされた推察も話した。ただ母さんは、しばし考え込んだのちに首を捻っていた。どうも、母さんの知るエミシさんとは少し乖離があるらしい。そんなことできるほど老獪な奴じゃなかったのに、と。
とはいえ、人は変わる。
何者をも信じず怒りを原動力にしていた少女が、ひとりの青年との出会いを経て、慈愛に溢れる母親となったように。
エミシさんもまた、なにかを切っ掛けに、こうした策謀を身に付けたのかもしれない。
なんにせよ、行ってみないことには、会ってみないことにはわからない。
その『なにか』がなんなのか、果たしてエミシさんはどんな人なのか。
カレンの実の両親——ルイスさんとエクセアさんの、死の真相も。
長老会がどんな組織で、なにを理念に動いているのか。アテナクの集落がしていた『坩堝砕き』を始めとして、この世界の成り立ちをどこまで知っているのか。
僕たちは知りたいし、知る必要がある。
そこに罠が待ち受けている可能性が、たとえあったとしても。
※※※
「え、ヒポグリフを使わない……?」
「はい、そちらの事情に合わせられずにすみませんが」
そして、お昼前。
再びノアの屋敷に一同が集まり、僕はハジメさんへとそう告げる。
「だけど、ヒポグリフに乗らないと空には……」
「リックさんたちから聞いていませんか? 友人に頼みます」
「……っ」
エルフ国への正式な交通手段であるヒポグリフを駆るのではなく、竜の背に乗って行く——文字通り、乗り込む。
『友人』がなにを意味するのかに気付いたハジメさんは、あからさまに顔を青くした。
「ちょっと待ってくれるかい? さすがに手続きがかかるし、本国から許可が出るとは……」
「ハジメさん。申し訳ないのだけど、あなたからエミシに……あなたのお父さまに直接、言ってもらえるかしら」
そんな彼女に、母さんが毅然と告げる。
「許可は出るはずよ。ただ、そうね……あなたを板挟みにするのは本意ではないから、こう言ってくれる? 『条件が呑めないなら依頼は受けない』と」
告げて——悪戯っぽくこっちを向き、微笑む。
だから僕も、追従した。
「申し訳ないんだけどさ。僕らは、家をあまり空けたくないんです。ただでさえ、ある程度の滞在を覚悟してシデラに来てるのに……ここから発着場まで日数をかけた挙げ句、更に手続きで待たされたりするとさすがにね」
「ん。埃が積もったら掃除もたいへん。畑には貴重な野菜も植わってる」
カレンも乗っかってくる。
「連れていけない家族もいるし、あまり離れていたくない。なので、依頼をぱぱっと済ませてぱぱっと帰りたい。ね、カレン」
「スイの言う通り。私たちは早く家に帰りたい」
暗に、誰がエルフ国に嫁入りなんかするか——と。
そんな意思を表明しつつ。
「さっきうちの母も言いましたけど、ハジメさん。あなたを困らせたいわけではないです。なのでそのまま伝えてくだされば」
「……、わかった、そうすることにするよ。お気遣い、痛みいる」
「ハジメ。きみ、さては発着場までの強行軍がつらいんだろ? スイさんたちの要望が通れば、先んじて大急ぎで帰還しなきゃならないからな」
「っ、そんなことはないよ。あのくらいなら……」
「強がらなくていいわ。あなたシデラに到着してから半日も倒れてたじゃない」
双子が揃って、ハジメさんを労る。
そうか。あの日、疲労困憊で僕らを出迎えに来られなかったってのは、むしろ双子よりもハジメさんがきつかったからか。
たぶん彼女の魔力はリックさんとノエミさんより劣るのだろう。『魔女』の称号を持っていないようだし当然ではあるが——ふたりの走る速度についていくのが精一杯で、無理してたんだろうな。
ハジメさんに、クリシェさんが助け舟を出す。
「心配いらん。ギルドから蜥車を出そう。小型の車に人だけ載せるんであれば、そうだな……お前たちの早足と同程度の日数で着くだろうさ」
蜥車はこの大陸における一般的な交通手段なので、もちろんギルドも所有している。甲亜竜の特徴として、足の速さこそ身体強化した人間に及ばないもののスタミナが頭抜けており、数日程度であれば夜を徹して進み続けることが可能だ。
つまり高速で走れても毎日ちゃんと休むことが必要な徒歩とでは、トータルの行軍速度で似たり寄ったりになる、と。
「じゃあ、目処は一週間くらいですかね」
「そうだね。まずはお父さ……エミシ長老に伺いを立ててからになると思うけれど。『天鈴』さまのおっしゃる通りであれば、すぐに許可は出るはずだ。それの後、自分は正式な経由路で本国へ帰投する。すまない、ギルドマスター殿。ご配慮に感謝する。それで、報酬は……」
「ああ、不要だ。スイには随分と儲けさせてもらってるしな。こいつのために骨を折るくらいのこと、うちの支部は……シデラの街は、なんてことないさ」
クリシェさんはにやりと笑み、そう言ってのける。
同時——彼の傍を固めたベルデさんとシュナイさんが、大仰にうんうんと頷いた。それも、眼光を鋭くして。
つまり、牽制だ。
僕はギルドにとって重要人物だから、俺たちはこいつの味方をするしことによっては敵に回るぞ、という。
思わず泣きそうになるのを堪える。
ああ、この人たちは、この街は、僕らを身内だと思ってくれてるんだ。
一国を前にして、そう言ってくれたんだ——。
リックさんとノエミさんも、そのことに気づいたのだろう。
ふたりはこほんと咳払いすると、場の空気を繕うように提案する。
「僕らエジェティアはハジメと同道して、一緒に本国へ行こう。旅程を含めて長くても十日ほどもあれば、受け入れ体制が整うと思う」
「そうね。でもって、私たちが出迎えをするわ。その方が安心でしょう?」
「ええ、ありがとうございます。では、そのようにお願いします」
僕は頭を下げた。
それはもちろん、ハジメさんに対してだけではない。気遣いをしてくれたクリシェさんたちや、リックさんとノエミさんにも対してだ。
——さて、ともあれ、残り一週間かそこら。
その間に、ちゃんと準備を整えないとね。