いい感じの湖を目指そう
ショコラと一緒に半日かけて、周辺を散策した。
そしてその結果、東にちょっと進んだところにそこそこの大きさの湖を発見した。
歩きでは遠く、走ればすぐ。だけど水場なら西の川に行った方が近い、みたいな微妙な場所。つまり蜥車で赴くならいい感じの距離、ということだ。
周辺を調べたら魔力坩堝も(現段階では)なく、面倒そうな魔物も棲息していないようだった。なので目的地はそこに決定し——帰って準備をして、次の日。
久しぶりに、ポチの両肩にハーネスが繋げられたのだった。
※※※
「きゅるるるるっ! きゅるるるう!!」
大喜びで嘶き身体を震わせるポチを、家族が微笑ましく見る。
「うー、ぴくにっく! おべんと!!」
その背中にまたがってはしゃぐミントもすごく嬉しそうだ。
「スイくん、忘れ物はない?」
「お弁当と、茣蓙と、飲み物と……あとは、釣り道具。うん、大丈夫だと思う」
「ん。普段は荷物いっぱいだから、車内が広いのが新鮮」
「あら、だったらたまにはショコラも車の中でのんびりしてみる?」
「くぅーん……?」
みんなでわいわい言いながら、門から外に出て出発する。
「ポチ、荷物はないし近場だけど我慢してくれな」
「きゅる? きゅうっ!」
声をかけると小首を傾げ、楽しげにのっしのっしと歩く。
「あんまり気にしてなさそうだ」
「ん。たぶん、荷物とか距離は関係ない」
「そうね。役割を果たすことが楽しくて、嬉しいのよ」
御者台の母さんは、ポチと繋がった手綱からなにかしらの手応えを感じているようだった。だったら今回のピクニックを企画した甲斐もあったな。
幸いにも冬空は晴れ渡り、見渡す限り雲ひとつない。雨はともかく雪だけは困るから、空模様は注意しとく必要があるけども。
「スイくん、着くまでの目算は?」
「たぶん、三時間くらいかな」
「だったら湖で半日くらい遊んでいられるかしら」
「そうだね。焚き火用の薪も持ってきたし、のんびり過ごそう」
「ね、湖ってどのくらいの大きさ?」
「けっこうでかかった。東側ってあんまり行ったことなかったからね。あんなのがあるなんて知らなかった」
「ん。ここに暮らし始めて一年近くになるけど、森は広い。知らない場所が、まだまだたくさんある」
「地図みたいなの、作ってもいいかもしれないなあ」
年末に観測装置の埋め込み作業で森の中を駆け回ったけど、じっくり探索する余裕はなかったし、なによりポイントが中層部メインだったので、深奥部はほぼ突っ切ってしまっていた。なので実はカレンの言う通り、僕らは深奥部の構造をよく知らない——地形を把握できているのは狩りをする範囲と、シデラや竜の里に行く時のルートだけだ。
「この前の崖もだけど、景色が良かったり楽しめたりする場所はたくさんあると思うんだ」
「いい考え。でも、あまり私たちが勢力を広げすぎても、獣が混乱する」
「そうだね。こうして、たまに行くくらいがいいか」
「……スイ。ところで『この前のやつ』ってなに?」
「ああ、それは……ごめんね、秘密なんだ」
「秘密……私にも?」
「うん、カレンにも。な、ショコラ」
「わんっ!」
蜥車の奥で伏せていたショコラはひと吠えすると、するりと母さんの傍を抜け、ワゴンから飛び降りる。
秘密を守るためか、それともやっぱり外を歩きたかったのか。
「むー。ずるい」
「カレン。男の子にはそういうの、あるのよ。女がどんなに詮索しても無駄なの。絶対しゃべってくれないんだから」
「おじさまにもあったの?」
「ええ。あなたの実のお父さん……ルイスと、近くの山の中で、こそこそなにかしてたわ。秘密基地とかなんとか言ってたけど」
カレンの両親のことを話す母さんの声は、どこか優しかった。
そしてそれを聞くカレンも、薄い微笑みを浮かべる。
——浮かべながら、僕の腕をつねってきた。
「いたい」
「おしおき」
「はい……」
ぷいっとそっぽを向くカレンの髪に軽く口付けて、僕はワゴンから身を乗り出す。
外の空気は冷たく、だけど心地いい。
「母さん、代わってよ」
「ええ、いいわよ」
御者を入れ替わり手綱を握る。僕もこの一年で蜥車の操縦がだいぶ様になってきた。
ちゃんと周囲に気を配りつつ、手綱の細かな引き方ひとつでポチに指示を出す。進め、曲がれ、速度を緩めろ、急げ、止まれ——僕がポチへと気持ちを伝えるのと同じように、手綱越しでポチの気持ちも伝わってくる。
茂みを警戒しているとか、うきうき進んでいるとか。歩きにくいから少し右にずれたいとか、坂になってるから少し強く引っ張るよとか。
それは頼もしくて、心強くて。……ああ、ポチがワゴンを牽きたがるのは、家族に頼りにされているこの高揚を求めてのことなんだろうな。
「家族に頼られたら嬉しいもんな」
「きゅるるるっ!」
後ろから声をかけると、ポチは意気揚々と嘶いた。
「わふっ……ふすっ」
ショコラが気ままに、地面の匂いを嗅いでいる。
「お前、あんまり遠くに行くなよ?」
「わうっ!」
「しょこらのこと、みんとがみてたげるねっ」
ポチの背中から飛び降りたミントが、とてとてとショコラのところへ走っていく。するとショコラは慌ててミントの元へ走り、スカートの端を咥えて「わん!」と、僕らのところへミントを誘導しようとする。
「ふふ。ショコラはお兄ちゃんですものね」
「ミントもお姉ちゃんと思ってそうだなあ」
そういえば、ミントの背が少し伸びた気がするな。
ポチの横でじゃれ合うふたりの姿を眺めながら、僕は手綱を握る。