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お出かけしたいようなので

「きゅるるっ……きゅう……」

「どうどう。そうだよなあ、ごめんな」


 厩舎(きゅうしゃ)の脇に停めてあるワゴンに、ポチが身体を(こす)り付ける。

 僕は背を撫でて(なだ)めながら、どうしたものかと眉を寄せた。


 それは、ある晴れた日のことだ。


 冬になってからこっち。

 ポチは蜥車(せきしゃ)()けずに、ストレスを溜めていた。


 甲亜竜(タラスク)本来の生態にそういうのがあるわけではない。ただ、輓獣(ばんじゅう)として飼い慣らされていく過程で、『なにかを牽引するのは楽しい』という習性を後天的に獲得しており、長いこと仕事をさせないままだとこうしてむずがってしまうのだ。


「車を引っ張ることで、家族の役に立ってるって実感があるんでしょうね」

 と、母さんいわく。


甲亜竜(タラスク)は社会性の強い動物なの。人の手で飼われると、社会における自分の役割を蜥車(せきしゃ)の牽引役に求めるんでしょうね」

「僕が料理を作らせてもらえないようなものかあ」


 だとしたらさぞかしつらいはずだ。


「わうっ! わんわん」

「きゅるるっ……」

「くぅーん」

「きゅう……」


 ショコラに嘴をぺろぺろと舐められ、ようやく落ち着くポチ。

 だけどやっぱりその目はなにかを訴えていて、


「どうにかしてやりたいなあ」

「そうねえ。竜族(ドラゴン)の里に行く……のが一番いいんでしょうけど」

「気温とか気候がね」


 困ったように腕を組む母さんに、僕は頷く。

 竜の里に行くとなれば、片道三日かかる。他の季節ならまだしも、冬に三日の行軍はなかなかきつい。気温はもちろんだが、いつ天候が変わるかもしれない中、道中で大雪にでもなったら大変だ。


 年始以降、あんなレベルの雪はまだ降っていないし、そうそう降るものじゃないけど——だからって、明日そうならない保証はどこにもないのだ。僕もさすがに、森の気象を操れたりはしないし。


「雨季はひと月くらいで終わったから、ポチも我慢できたけど」

「冬は三カ月は続くものね」


 腕を広げてポチの頭を抱き、よしよしとさする。目を細めて気持ちよさそうにはしてくれるけど、やっぱり僕の申し訳なさが伝わってくるのか、返ってくる鳴き声はどこか切なげだ。


「スイ、ヴィオレさま」


 ——と。

 そんなことをしている僕らの背中に、カレンの呼びかけ。

 振り返ればミントを肩車してひょこひょことこちらへ歩いてきている。


「ふたりとも、洗い物は終わった?」

「おわった! みんとも、ごしごししたよっ」

「まあ、偉いわねえ」


 カレンの肩でふんすと胸を張るミントの両手を母さんが握ってぶらぶらする。

 頭の上で行われるそんなやりとりを一瞥しつつ、カレンは問うてきた。


「ポチ、車を牽きたがってる?」

「そうなんだよね。むずむずしてるみたい」

「わふう……」


 ショコラも心配そうにポチを見上げる。

 カレンは頷き、肩にしがみついていたミントを母さんに預けながら頷いた。


「ん。ちょうどいいかもしれない」

「ちょうどいいって、なにを?」

「さっきお皿を洗いながら、ミントとお話しした。ミント、お弁当を食べたいって言ってた。この前、スイが言ってたやつ」

「お弁当……」


 そういえば数日前の夕食で、そんな話をしたのを思い出す。

 日本(向こう)で僕が普段、どんなものを食べていたかを尋かれたんだ。それと同じものをすべて再現できたのか、まだ作っていない料理があるのか……みたいな。ちょっと漠然としてたから咄嗟には答えられなくて、だから思い付きで、高校に通っていた頃の——お弁当のことに触れたんだった。


 お弁当の概念は一応、この世界にもある。

 ただ、ミントには馴染みがなくて、きょとんとしていて、お弁当とはなにかから説明することになっちゃって。


「そうか。お弁当か」


 あの時のミントはそこまで興味を示さなかったけど、どうも数日を経てじわじわと、好奇心が湧いてきたらしい。


 そしてそのお陰で僕とカレンは、思い付いたようだ——同じことを。


「ん。竜の里やシデラには無理だけど、泊まりじゃなくて()()()なら」

「朝行って、夕方帰るくらいの距離か。それなら天候も気にしなくていい」


「……どうしたの? ふたりとも」

「思い付いたんだ。ポチと一緒に、出かけよう」


 ミントを抱き上げた母さんが問うてくるのへ、ふたりで悪戯っぽく笑う。


「出かけるって、どこに?」

「それはこれから決めるよ。いい感じの距離で、いい感じの場所がたぶんある。ショコラと一緒に探してみようと思う。そしたら、そこに家族みんなで行こう。ポチに蜥車(せきしゃ)を牽いてもらってさ」

「きゅるっ……?」


 ポチのほっぺたを大きくさすりさすり、僕は言った。


「湖のほとりとか、原っぱとか、そういう気分のいい場所に、お弁当を持って行くんだ。そうして、外でご飯を食べて、ただのんびり過ごす。……ピクニックっていうんだ」


 母さんは、したことあるかな。

 ない気がする。僕もこっちの世界で過ごした幼少時、した覚えがない。


 前に家のあったネルテップの原っぱは見晴らしがよくてのどかで、いま考えたら、家にいるだけでピクニックみたいな、そんな立地だった。だからたぶん父さんもこういうことは考え付かなかっただろうし。


「この前の雪の日、外でご飯を食べたでしょ? あれみたいなのを、庭の外、少し遠くまで行ってやるんだ」


 あの時も僕の中ではピクニック気分だったけど、それは他のみんなには伝わっていなかっただろう。特に母さんは、行楽なんて庶民的なこととはずっと無縁だっただろうから。


「なるほど……確かにお外で食べるおにぎり、美味しかったわ」

「でしょ? 今度はしっかりしたお弁当を作るよ」


「おべんと、つくってくれるの!?」

 ミントが反応して身を乗り出してくる。


「うん、腕によりをかけるからね」

「ふおおおおお! やった、おべんとっ!! おかさん、おべんとだよっ」

「まあまあ。元気いっぱいね」


 腕の中できゃっきゃとはしゃぐミントに、苦笑する母さん。

 僕はカレンと目配せをして、頷き合った。


「ヴィオレさま、本当はピクニックにはちょっと季節外れ。でも冬のピクニックもたぶん楽しい。期待してて」

「なんでカレンがそんなこと知ってるの? ピクニックというもの、あなたも馴染みがないでしょうに」

「ふふん。スイから教えてもらった。おにぎりを一緒に作った時」

「ああ、雪の日ね。そう、あの後あなたたち、そんなことを話……こほん」


 母さんが納得した顔でなにかを言いかけ、不意に口を(つぐ)む。カレンはドヤっておりそのことに気付いていない。危なかった。あの時、途中まで僕らをこっそり覗き見てたもんね……。


 ともあれ、決まりだ。

 ポチのストレス解消に家族の団欒も兼ねて、冬のピクニックと洒落込もう。


「よし、じゃあ今日これから、いい感じの場所がないか探しに行ってみるよ」

「わうっ!」

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