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だから一緒におやつを食べよう

 カレンとふたりキッチンに立ち、材料を並べる。

 なにができるかはギリギリまで内緒だ。


「用意するのは、丸芋(まるいも)。それからチーズ。でもって片栗粉と牛乳、砂糖、塩、醤油です」

「丸芋に、お醤油……? お菓子を作るんじゃないの?」

「お菓子と呼べるかどうかはちょっとわからないかな。でもまあ、立派な間食(おやつ)にはなるし、出来てのお楽しみだね」

「むう……」


 もったいぶる僕にむくれるカレン。かわいい。


 彼女の知識だと丸芋とは主食のひとつであり、醤油もあくまで食事に使う調味料なのだろう。くくく……その固定観念を打ち破ってくれる……!


「それじゃあまずは、おいもを(ふか)します。下ごしらえしてくれる?」

「ん、わかった」


 丸芋は地球には(おそらく)ない品種の芋で、ジャガイモによく似た味と風味を持つが、食感がほくほくというよりねっとりしている。今回作るやつにうってつけだ。


 洗った丸芋を鍋に入れ、蒸し器に水を張る。コンロのスイッチを押すところまで含めて、全部カレンがやってくれた。


「ふふん。私ももう、これくらいは余裕」

「うん、よくできました」


 ぐいっと頭を突き出してくる——撫でろという合図だ——のに応じつつ、やっぱりちょっと手際はぎこちなかったよなあと心の中でだけ思う。顔には出さないよ。


「お芋をふかしてる間に、タレを作ります」

「タレ?」

「水、砂糖、醤油、片栗粉をよくかき混ぜながら、こうして弱火にかけていく。とろみがついてきて、色が透明になったらできあがり」

「……すごく、甘い匂い。お醤油の香りもするのに。なに? これ」


 答える僕は、きっとドヤ顔だっただろう。


「みたらし(あん)っていうんだ。醤油ってね、こういう使い方もできるんだよ」


 味見をしたがるカレンを制しつつ——芋が蒸しあがったので、皮を剥いてボウルに入れる。ここは魔術でずるをした。僕の結界で、一定以上の熱いものを触っても火傷はしないのだ。


 ボウルに入れたふかし芋をマッシャーで潰す。形がなくなったらヘラに変え、チーズを加えて更に混ぜていく。芋とチーズが均等になった頃合いで、更に片栗粉と牛乳を加え、ぐにぐにと捏ねる。ここはカレンと僕とで交代しながらやった。カレンの手付きが覚束(おぼつか)なかったので……。


「で、こねこねしつつ、適量をちぎって丸く平べったい形に成型します。ひと口大くらいかな?」

「パン……? ううん、年明けに食べたお餅みたい」


 鋭いね——という賛辞をぐっと堪えて、フライパンに油をひいて、並べて焼いていく。

 両面にいい感じの焦げ目がついたらOK。


 あとは冷まして、お皿に移して、みたらし餡をかけたら、


「できたよ。チーズいももちです!」


 こんがりとした表面に、もちもちの食感。

 北海道の郷土料理——()()()()の完成である。


「……すごい。美味しそう。でも、味が想像できない。これもお餅なの?」

「一応、名前はね。実は、お正月にどっちを作ろうか迷ったんだ」


 ただ、豆腐をたくさん作ったせいで大量のおからが余っていた。なので、いももちはまた後日とした。

 かくして本日、満を辞して——チーズ入り、みたらし餡のおやつとして姿を現したのだ。


「食べたい。早くしよう」

「その前に、お茶を淹れてくれる? 緑茶が合うと思うな」

「ん、わかった。……スイは、いけず」


 そわそわしながら棚からティーバッグを取り出すカレンを横目に、いももちをふたつの皿に取り分けていく。片方は僕らの分、もう片方は母さんとミントの分だ。


 いももちの数は、全部で十個。


「母さんたちにはふたつずつ取っておこうか」

「! ……つまり、私とスイは三つずつも食べちゃうの?」

「いいかなあ。食べ過ぎかなあ? カレンはどう思う?」


 意味ありげな含み笑いで問いかけると、カレンは唇の端を少しだけぴくぴくさせて——僕の耳元で、囁いた。


「黙ってれば、ばれない。……私とスイ、ふたりだけの秘密」



※※※



 そして、夕刻。

 陽が傾いた庭に、竜の巨躯が降り立つ。

 シデラの街から、ヴィオレたちが帰ってきたのだ。


 ジ・リズの背から、まずはミントが飛び降りる。

 それからショコラ、最後に木箱を抱えたヴィオレ。


「ありがとう、ジ・リズ。お礼は肉でいいかしら? 凍ってないやつを冷蔵庫に用意してるから」

「ああ、いつもありがたい」


 ヴィオレはそんな会話を交わしつつ、家の方を見た。

 いつもなら、帰ってきた気配を察して息子(スイ)義娘(カレン)が出迎えに顔を出すはずだ。


 だが今日は何故か、その気配がない。


「……家を空けてるのかしら?」

「わうっ」


 足元にじゃれつくショコラを軽くあしらいつつ、地面に木箱を下ろす。

 ミントがきょとんとしてヴィオレと家とを交互に見、とてとてと縁側(テラス)へ歩み寄っていった。


 そうして掃き出し窓から中を覗き見て、


「おかさん、こっち」

「スイくんたち、いないの?」

「いるよっ。でも、しーっ!」


 人差し指を口元に立てながら、ヴィオレを呼ぶ。


「どうしたの?」

「わふっ?」


 ショコラと一緒に声をひそめながらテラスへ行き、ミントと並んで窓の向こう、ガラス越しに居間を(うかが)ったヴィオレは。


「あら、まあ」

「ね? しーっ、だよ」

「くぅーん」


 ミントとショコラと顔を見合わせて、くすくすと笑った。


 テーブルには空になったティーカップがふたつと、それからお皿。

 お皿にはなにか蜜のようなものが残っていて、きっとおやつでも食べたのだろう。


 けれどふたりは後片付けもせず、ソファーに隣り合って——お互いの身体を、お互いに預け、穏やかに寝こけている。


 すやすやと、折り重なるように、幸せそうに。


「おしゃべりしている間に、眠っちゃったのかしらね」

「わふっ」

「おひるね、おこしたら、めっ、だよ、おかさん、しょこら」


 ミントとショコラの頭を撫でつつ、母は答える。


「そうねえ。もう少し、そっとしておいてあげましょうか」



※※※



「しょこら、ぽちとあそぼ。しーっ、だよっ」

「わふっ」


 裏庭、牧場へとそろりそろり駆けていくふたりを見送りながら、ヴィオレは振り返り、ジ・リズに肩をすくめる。


「そういうわけなの。悪いけど、お肉、氷室のやつでいいかしら?」

「仕方あるまいよ。……それにしても、寝こけている姿はまるで子のようだなあ」


 鎌首をもたげて家の中を遠目に覗き、ジ・リズが苦笑する。

 魔女は微笑んだ。


「あら、私にとってはいつまでもそうよ」

「そうか、そうだな」


 竜は翼をよじらせる。

 夕陽が、鱗を照らした。

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