ぴりっと味を引き締めて
異世界に戻ってきてから痛感するのは、食べ物には時期がある——ということだ。
特に、青果。
地球の農業は発達している。ハウス栽培や品種改良、それに保存技術や輸送技術も。なので大概の野菜や果物は、季節を問わずいつだってスーパーに売られている。
もちろん旬を外れたものは味が落ちるし、限界もある。もいですぐ傷んでしまう地産地消の果物なんかはさすがに難しい。けれどそれでも、どんな季節においても食事の選択肢はほとんど無限にあるのだ。
当たり前じゃなかったんだな、と。
異世界の生活で思う。
夏の野菜は冬には収穫できない。
保存技術も発達していないからそもそも食べられない。材料として使えない。
するとどうなるか。メニューのバリエーションが減り、どうしても単調になる。
僕は別に料理のプロってわけじゃない。家庭料理ならそれなりですって程度の腕前とレパートリーしかない。だからやっぱり——ああここで茄子が使いたいな、でももう時期が終わっちゃったしな、なんてことは多いのだ。
ただ、これはもうどうしようもない。
それに、この世界で暮らしていくにあたって、受け入れるべきことでもある。
なので僕としては、どう工夫するかに腐心していた。
調理法、味付け、付け合わせ。そういうのを駆使して、できる限り飽きられないよう、できる限り楽しんでもらえるよう、頑張っていた。
そこで今回、手に入れることのできた唐辛子。
たかが香辛料の一種だと言われればそうではある。
でも、数ある香辛料の中でも唐辛子は、胡椒と並んでとにかく使い勝手がいい。どんな料理にも合うし、応用も効くし、なにより『チリ味』という料理のレパートリーが増やせる。
帰宅した僕はさっそく味の検証と、利用した料理の試作に取りかかったのだった。
※※※
「というわけで、白菜の浅漬けと、唐辛子入りの胡麻豆腐です!」
「おおー……?」
その日の夕食。
家族たちで実験——というか、味の反応を見ることにした。
なお、唐辛子については辛味やや強め。ただし激辛というほどではなく、後口に旨味が多い。つまり、かなり使い勝手のいい品種だった。
できればパルケルさんに、獣人領ではどんなふうに使っているのか尋ねたくはあったけど、通信水晶で送受信する短文じゃさすがに難しい。なので今回はあくまで日本人風のやつをってことで。
白菜の浅漬けは、帰ってきてすぐ仕込んだ。
白菜、塩、刻んだ昆布と唐辛子を和え、桶に入れて重石で五時間。浅漬けとしては充分だ。
胡麻豆腐は作る際に一味——要するに唐辛子のパウダーを練り込んだもの。醤油と砂糖に片栗粉でとろみをつけたあんをかけてある。
主菜として焼き魚はあるが、僕としてはやはり浅漬けと胡麻豆腐の反応を、もっと言えば唐辛子の反応を期待していた。
なので固唾を飲みつつ食事の様子を見守っていたのだが……、
「これ、サラダではないのね」
「ん、漬物って言ってた。あの酸っぱいキャベツと同じ種類」
「付け合わせですのね。お米によく合うわ」
「うー、おいし!」
「普通の反応だ……」
「わふっ? ……はぐっ」
足元で茹でた肉をがっつくショコラに視線を落とすが「なに?」と一瞬だけこっちを見ただけで再び肉に戻る。
「白菜も胡麻豆腐も、少しぴりっとするわ。独特の香りもある」
「赤い輪っかがそう? スイが買ってきたやつ」
「この辛味と香りが味を引き締めていますね」
「ごまどうふも、おいし!」
そこに注目してくれたのは嬉しいぞ。
でもまあ、確かにね……ただの香辛料だし、地味だよね……。
「はぐっはぐっはぐっ」
ショコラはこっちを見てもくれなくなった。ひどい。
「いえ、でもこれ……なんだか」
「ん。ヴィオレさまの言いたいことはわかる」
「ええ、確かに」
「うー! おかわり!」
お?
流れ変わってきたかも……。
「ミント、おかわりは漬物? 胡麻豆腐」
「うー……ごまどーふ、ある?」
「あるよ。大丈夫」
ソファーを立つと、他の家族たちがこぞってこっちを見た。
そして、言う。
「スイくん。ご飯、もうひとつ食べていいかしら?」
「私も。この、漬物だけで食べたい」
「あら、だったら私もいいですか?」
——やった。
僕は思わず、心の中でガッツポーズを取る。
既にみんなのお皿から主菜の魚はなくなっていて、つまりカレンの言うように、漬物に魅了されているのだ。いやわかるよ。白菜の漬物は優勝できるからね。ご飯が無限に食べられるやつだからね。
そしてその欲望を増幅させるのが、唐辛子なんだよねえ!
「こんなの初めてだわ。付け合わせだと思ってたのに」
「ん……食べ始めると止まらない。しかも、ご飯が欲しくなる」
「スイのいた国の料理は、凄いのですねえ」
「ミント、胡麻豆腐、お母さんの分も食べなさい。半分っこしましょう」
「いいの!?」
「ヴィオレさま、私、お茶を淹れてくる。たぶんこれは日本のお茶がいい」
「緑茶ですね。では、私も手伝いましょう」
サトウのごはんを湯煎している間にも、リビングではそんな声が聞こえてくる。
カレンとおばあさまがこっちへやってきたので、戸棚から緑茶のパックを出して渡す。
「くぅーん」
「お前もまだ食べたいのか?」
「わうっ!」
ショコラが足元に擦り寄ってくるのを撫でながら、仕方ないなと苦笑した。
「カレン、ドッグフード出してやってくれる? おかわりだから、半分ね」
※※※
熱々のご飯の上に、白菜の浅漬けを乗せる。
白菜でご飯を巻いて、それを口に運ぶ。
しゃきしゃきした歯応えとともに塩気と昆布の旨味がじゅわりと滲み出てきて、それを白菜の甘みが包み込み——最後に、唐辛子の香りと刺激が味を引き締め、ご飯と混じり合って次への欲求を誘う。
またひとつ家庭の味を復活できた充実感とともに、家族の顔を眺める。
ご飯を夢中で頬張るみんなの笑みが、なによりの手応えだった。