冷たくないわけ?
みんなが起きてきて、積もった雪に驚いて、朝ご飯を食べて——よし遊ぶかと牧場へ行くと、うちの犬が雪に埋まっていた。
「ええ……」
なんだか遠くで白い粉が噴水みたいに舞っていて、なんだなんだと近寄ってみたらこの有様である。雪に穴を掘り、その中に身体を潜り込ませ、まるで砂風呂に入ってるみたいに気持ちよさそうにしていた。
「お前……マジかよ……」
「わふう……きゅう」
首をこてんと傾けてこっちを仰ぎ見るショコラ。快適なの? それ快適なの?
「わはっ! しょこら、くびだけなったっ」
ミントが大笑いしながらショコラの身体、表面の雪をぱんぱんと固めている。まあ本人(犬)が楽しければいいか。風邪ひいたりは……しないよね、さすがに。
「ほどほどにするんだぞ?」
「わう!」
しかし、さて。
そうすると困ったな。
ショコラと戯れようかと思っていたのに、当のこいつが休憩モードだし、たぶんこれしばらく雪の中に埋まっていたい顔だ。
「あらあら。ショコラ、寒くないの?」
「これ、ミントがやったの? え、自分から……?」
「まあ、うふふ。なんとも愛らしいものですね」
そうこうしているうちに母さん、カレン、おばあさまが揃ってやってきた。
三者三様の感想を、雪に埋まったショコラへ投げかける。
「まあ……しばらくはこうしてたいみたい」
「わふっ」
「しょこらがいきすると、おなかのゆきがふもってうごく! おもしろい!」
それに苦笑し、母さんが周囲を見渡す。
「それにしても凄いわね、雪。ここまでとは思わなかったわ」
「でも、北東グレゴルム地方はそこまで寒冷な場所じゃないはず」
「山間部だからでしょう。森と名が付いてはいますが、まったくの平地でもありませんからね。この辺りはシデラと比べたら、それなりの標高があるはずです」
カレンは少し考え込むと、頷いた。
「ん。地質とか地形とか、あと生態系とかを見る限り、冬の間ずっとこうとはやっぱり考えにくい。たぶんたまたま大雪になっただけだと思う」
「そっか。それなら安心だ。あとでジ・リズにも尋いとこう」
彼が里を『虚の森』の中層部に作ってから、もう十年近くにはなっているはずだ。冬の気候に関しても僕らより詳しいだろう。
「よし、じゃあせっかくの雪だし、なんかして遊びたいな……」
もしこれが数日で溶けてしまうのであれば、その前にやれることをしなきゃ、もったいない。
雪合戦——なんか今の僕らがやると高速の砲弾が飛び交いそうだな。
雪だるま——これは是非作りたい。ミントはもちろん、妖精たちも一緒に。
お絵描き——ミントの情操教育にいいかも。
「でもまずは、せっかくだし」
これだけ積もっているのだ。
我が家ですら十五センチ、敷地の外では一メートル近く。とにかく大量の雪がある。だったら——僕が子供の頃から夢に見て、けれど積雪量に恵まれず、ついぞ上手く作れなかったあれを試してみたい。
——よし。
僕は一同を見渡して、最後にミントの頭を撫でながら、宣言する。
「かまくらを作ります!」
※※※
ミントはもちろんのこと、母さんもカレンもおばあさまも、かまくらのことは知らなかった。なのでざっとあらましを教え、取りかかることにする。
「せっかくだからでかいやつにしよう!」
「おー!」
ショベルを片手に拳を突き上げる僕と、たぶんよくわかっていないままそれでも追従してくれるミント。そしてそれを眺める母さんたち。
「スイくん、なんだか張り切ってるわね」
「ふふ、まるで幼子のようですね。楽しそう」
「ん。……好きなのかな、雪」
なんかどうも、他のみんなもピンときてないっぽい。いや、かまくらってマジでテンション上がるからね? 子供とか大人とか関係ないからね?
「じゃあまずは雪を積んで、大きな山を作ります!」
号令をかける。
いいさ、作ってみればわかるはずだ。……中でご飯食べられるくらい、でかいやつにするからね?
みんなで雪を集めて盛っていく。しっかり踏み固めながら、崩れないように。
「すい、これ、あれににてる! なつに、うみでつくったやつ」
「うん、確かにそうだね。あれのめちゃくちゃでっかいやつを、雪で作るんだ」
「わかった! むふー!」
ちなみに雪集めは、ポチの食事場所の確保も兼ねている。厩舎の周辺を雪かきして地面を露出してやらないと、牧草を食べるのに難儀するからね。
なのでみんなでショベルと荷車を使いながら、えっちらおっちらと。
足りなくなってきたら敷地の外からも持ってきつつ。
「わうっ! わうわうわうわう!」
「なんだお前、雪に埋まってるのは飽きたのか?」
「わおんっ!」
僕らがなにかしているのが気になったのか、じゃれついてくるショコラ。いやこれ……じゃれついてくるっていうより、テンションに任せて周囲をぎゅいんぎゅいん回ってるだけかな……。
時折こちらをかすめながら公転運動をするショコラは、わんぱくな彗星のごとく。
「お前はほんと気ままだな。これ作り終わったら遊ぼうな?」
「わんっ!」
「いざその時にはまた雪に埋まってそうな気がする……」
雪の山は、僕の背丈よりも高く仕上がった。ちなみに最後の方は肩車したミントの手で固めてもらった。
「じゃあこれを掘っていくんだけど、砂のトンネルと違って、向こう側に突き抜けちゃダメだよ? 中に空間を作る感じ」
「うーっ!」
入口のあたりをあらかじめ枝で描いてから、ショベルで抉るように削っていく。僕がお手本を見せ、ミントが真似をして、僕がお手本を見せ、ミントが真似をして。削りながら内壁を叩いて固め、掻き出した雪は母さんたちに運んでもらい。
「すごい、すい! ゆきのなかに、へやができたっ」
「まだまだ。もっともっと広くしていくよ」
身体強化の魔術があるから、固めた雪の強度も高い一方で、それを掘るのにさほど苦労はない。ただ、崩してしまわないように——向こう側に突き抜けてしまなわいよう慎重に、そこだけは気を使う。
「ふおお……みんと、ゆきのなかにいる!」
「もう少し。ミントだけじゃなくて、他のみんなも入れるようにするからね」
削る。掘る。整える。固める。
白く冷たい小山の中に、ぽっかりと。ひと回り小さい部屋を作っていく。
——むかし、日本にいた頃。
ある年の冬に、そこそこの雪が積もった。
はしゃぐショコラに、僕、そして父さんと、庭で遊んだ。
まだ子供の僕にとって雪はすごく深く思えた。だから、かまくらを作りたくて、作ろうとして、父さんにも手伝ってもらって。
いま考えれば、たいした深さじゃなかっただろう。
こっちの家と比べると庭も狭かったから、充分な量の雪もなかった。
だから当たり前のように、上手くできなくて。
僕が寝転んで頭を入れるのが精一杯な、雪の小山に申し訳程度の空洞があるだけの、そんなものしか作れずに——あの日の光景はしっかり写真に撮られていて、僕らの成長を収めたアルバムにちゃんと貼られている。
写真は、撮影者がどんな顔をしていたのかまでは記録してくれない。
でも、覚えてる。僕は覚えている。
父さんは、笑ってた。楽しそうに——寝そべってかまくらもどきの穴に頭をつっこむ僕と、それを見ているショコラにカメラを向けながら——笑ってたんだ。
「……すい、どしたの?」
「なんでもないよ。さあ、もう少しだ」
空洞ができたので、地面を均していく。
そうして最後に、中央に雪でテーブルを作る。四角い立方体に固めて、
「できあがり! さあミント、母さんたちを呼んでおいで」
「うーっ!」
かまくらから出て、見事なそれを前に、伸びをしながら汗ばんだ額を拭う。
会心の出来だ。めちゃくちゃ大きい。こんなの、雪国でだってそうそう作れないだろう。
かまくらと、走っていくミントの背中を見ながら、僕は笑う。
あの日の、子供の頃の僕みたいに。
それからたぶん——カメラを構えてた、父さんみたいにも。