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ショコラ、覚醒

 正月三日の夜だった。


 夕刻頃から怪しくなってきた空模様は、陽が落ちてからついに白いものを(こぼ)し始める。それは過去に二度ほど降ったものよりも大粒で静かに落ちてくる——つまり、牡丹(ぼたん)雪だった。


「……これ、積もるかもなあ」


 縁側の掃き出し窓から外を見ながら、僕はつぶやく。


「そうねえ。今晩は冷えそうだし。どのくらい積もるのか心配ね」


 隣に立った母さんが頬に指を添えながら言う。


「ミントは大丈夫かな?」

「それはきっと平気よ。あの子は人間と違って暑さと寒さにはめっぽう強いもの」

「気温だけじゃなくて、雪に埋もれちゃわないかなって」

「そうねえ……スイくんの結界が、上手いこと働くとは思うけど……」

「我が家だけ雪の積もりが浅くなるってこと?」


 自分で問いながら、()()なってくれるんじゃないかって予感がある。


「まあ、ミントももし寒さが我慢できなかったら家の中に入ってくるか。念のため、リビングの暖房は付けっぱなしにして寝よう」

「そうね、それがいいわ」


 母さんとふたりでそんな話をしている間に、庭はうっすらと白くなっていた。これは本格的に積もるな、と思いながら、とはいえ現時点でやれることはない。僕らはちょっとだけ心配しながら、もうさっさと寝てしまおうということで、その日は早くに床に就いた。


 そして次の朝、僕らを起こしたのは——外から聞こえてくる、はちゃめちゃに元気のいいショコラの鳴き声であった。



※※※



「わうっ! わんわんわんわん!! わうーっ!」

「あははは! しょこら、まっしろ!」


 夜が明けたばかりの時間だというのに、フルスロットル。

 なんだか楽しそうな声に目が覚めてなにごとかと二階のベランダから庭を見てみれば、見渡す限り一面の白。そしてその中で俄然はしゃぎ回るショコラと、一緒にきゃっきゃするミントの姿。


「すいだ! すい、おはよう! みて、ゆき、いっぱいあるよっ」

「あおん! わうわうわうわうわうっ!」

「うん、すごいね。テンションもすごいね……」


 屋根とか大丈夫かなと思い、ベランダの(へり)から身を乗り出して仰ぎ見る。幸い、塊が落ちてきそうなほどではない。


「……これ、やっぱ僕の結界が働いてるな」


 安堵しつつ目を遠くへ向けてみると——我が家の敷地を隔てているブロック塀を(さかい)に、積雪量が大きく異なっていた。なんというか、うちだけ周りより一段低いぞ。


 部屋に戻り、ウインドブレーカーを羽織って玄関から外に出る。

 サンダルではなくブーツを履いて正解だった。庭に出た途端、足がずっぽりと埋まる。


「十……十五センチくらいかな?」


 正直、日本のいた頃の感覚だとかなり積もっている。

 が——、


「すい! いっしょにあそぶ?」

「わうわうわうわう!」

「ご一緒したいところだけど、まずは家の周りを調べさせてくれる?」

「うー!」


 庭の端、ブロック塀のところまで歩いていく。

 ()()()()は、十五センチどころではなかった。


「すげえ……。塀、よく崩れてないな」


 積雪量、目測でざっと(いち)メートルほど。

 外出が困難な高さまで、白く埋まっていた。


「本来は一メートル積もってたところが、僕の結界でうちの敷地内は十五センチで済んだのか。……屋根も雪下ろしは必要なさそうだ」


 安心しつつポチの様子を見に裏手へ回る。ミントとショコラもついてきた。

 牧場も当然ながら、一面の雪景色だ。


「庭と同じくらいか、それよりもう少し高いかな」

「わふっ!」


 だだだだだっ——と、白銀の中へ全力で走っていくショコラ。完全にハイになっていた。シベリアンハスキーの血を引いてるから? まあ思い返してみれば、日本で雪が積もった時もたいがい元気は出てたな……。


 今の我が家は敷地が広いから、余計にバイブス上げているのかもしれない。むしろ、昔は我慢してくれていたのかも。


「ミントは一緒に、ポチにおはようを言いに行こうか」

「うー! ……ぽち、へいきかな? さむくてふるえてないかな?」

「きっと大丈夫だよ。ストーブもあるからね」


 冬が来るのに備えて、ポチの厩舎はけっこうな改築を行っている。

 目張りをして隙間風が通らないようにしたのと、薪ストーブを設置したのだ。


 使ったのは、父さんが倉庫に用意してくれていたアウトドアコンロである。元々が冬場にはストーブとしても使える代物で、うってつけだった——もちろん煙突を拡張して厩舎の外まで延ばし、厩舎の中に二酸化炭素がいかないようにしてある。


 厩舎全体があったまるほどの熱が出るわけではないが、元々、甲亜竜(タラスク)は自然の中で生きている獣だ。寒さに耐えるだけの力はある。

 なので冷えすぎないくらい、ほのかに暖かくでもなればってことで。


「ポチ、おはよう。どうだった? 寒くなかったか?」


 厩舎に立てかけておいた戸板を外し、シャッターを上げて中に入る。ストーブの中の薪は炭になって燻っているが、まだ燃え尽きてはいない。


「やっぱり外よりもだいぶましだな」

「きゅー……きゅるるっ!」


 のっそりとベッドから起き上がり、こっちに顔を出すポチ。


「元気そうだ。よかった」

「きゅるるぅ」


「おはよ、ぽち! むぎゅー」


 ミントが駆け寄り、ポチの足に抱きついた。


「あったかい! ぽち、こごえてないよっ」

「そっか、よかった」


 鼻先を撫でるとくすぐったそうに目を細めた。ただ外の寒さは億劫なのか、それともまだ眠いのか、厩舎を出ていこうとはしない。寝床に伏して、干草のベッドで再び身体を丸める。


 もし今日の気候がまだ序の口だった場合、もう少し対処が必要かもしれないなとは思う。仕切りを作って室温を上げるか、母さんに頼んで熱の移動を滞らせるか。


「まあ、様子を見つつだな」

「きゅるう……」

「やっぱまだ眠いのか。いいよ、ゆっくりしてな。外は真っ白だし」


 ポチに手を振り、僕らは厩舎を後にする。


「僕は朝ご飯の用意をするよ。ミントはショコラと遊ぶ? 寒いのは平気?」

「みんと、さむいのすき! ゆきもちべたくてすき! しょこらとかけっこしてるねっ」

「元気だなあ」


 去年の冬を思い出す。


 僕は大学受験で、さすがに机に向かっている時間も増えていた。ショコラとは——日々の散歩は欠かさなかったしできるだけ一緒にいるようにはしていたけど、それでもきっと、寂しい思いをさせてしまっていただろう。


「学校にも行ってたからな。……でも」


 今は、ずっと一緒にいられる。

 その気になれば好きなだけ、遊んでやれる。


「よし。朝ご飯作ったら……今日は僕も、雪まみれになるか」


 ひそやかな覚悟とともに、家へと向かった。

 雪を蹴り白銀の上を転がり、はしゃぎ回るショコラとミントの声を背に。

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