そして新しい年の始まりに
日本にいた頃は、大晦日ともなれば深夜零時、日が変わって元旦となるまで起きているのが習慣だった。
ただ、そもそも『深夜零時で日付が変わる』という認識すらないこちらで、それを踏襲しても仕方ない。遅くまで起きていられないミントもいる。なので年末の挨拶を終えた後、みんなそれぞれ普通に就寝し——そうしていつも通りの、だけど新年初めての朝を迎えた。
※※※
昨夜のご馳走はもうほとんど残っていない。せいぜいが作り置きしていたザワークラウトくらいだ。なので、大晦日とはまた違った趣で、お正月用の料理を作ることにした。
つまり、おせち料理……っぽいもの。
おせちというとイメージされる、重箱に詰まったあれそのものはさすがにできない。でも、この世界でも材料が調達できるメニューはいくつかあって、だったら単品でもいいから、並べて気分を出そうってことで。
こしらえるのは三点。
海老のつや煮、伊達巻、それに栗きんとんだ。
「さて、やりますか」
時間は早朝。
まだ日の出ていない薄暗い中、僕はひとりキッチンに立ち気合いを入れる。
まずは海老のつや煮。昨日のブイヤベースにも使ったものの残りがある。おがくずの中で生かしてあり鮮度もいい。竜の里で獲れたやつを分けてもらったのだが、地球でいうところの車海老に近い形状と大きさをしており、味もよく似ていた。
ヒゲや頭、足などは地球産のものよりトゲトゲしている。なので氷締めしてから鋭い部分を切り落とす。そして背腸を取り除く——ここまでは昨日のブイヤベースでもやったやつだ。
違うのはここから。
海老の背中を丸めて爪楊枝を刺し形を固定。あとは昆布出汁と酒、みりん、醤油をブレンドしたものを煮立たせて、そこに海老を加えて弱火で煮る。火が通ったらすぐに鍋ごとを氷水で冷やすのがコツだ。煮すぎると固くなってしまう。
熱が取れたら海老だけを鍋から出して、残ったつゆを煮詰め、それに海老を戻して絡ませ、表面につやを持たせて完成である。
続いて伊達巻。
材料は卵と魚のすり身だ。
日本にいた頃は手軽にはんぺんで代用していたけど、こっちにはさすがにはんぺんがない。なので白身魚のすり身を使う——結果的に本格的になっちゃった。
すり身と卵を混ぜて、さっき海老を煮る時に使っただし汁と、ハチミツを加えて味を付ける。次いでそれを裏ごししたものをフライパンで蒸し焼きにする。あとはそいつを四角く整形し、巻き簾で『の』の字に固めて切れば完成だ。
「巻き簾、作っといてよかったな」
さすがに異世界には売っていなかった。いつか海苔巻きを食べたいという欲望の元、薪割りの合間に板と糸で自作していたのだ。
結果、海苔巻きより先にこっちで活躍することになった。まあオーソドックスな巻き簾なので、ちゃんとした伊達巻みたいに外側がぎざぎざしていないものができたけど、そこは妥協しよう。
「わふっ」
「お、おはよう。早いな、ショコラ」
「くぅーん」
取り掛かり始めて小一時間が経った頃、ショコラがリビングに入ってきた。こいつ、玄関とかガラス戸はもう完全にひとりで開け閉めできるんだよな……見てないところで人間の姿に変身とかしてないだろうな?
「いま料理してるから、朝ご飯はみんな起きてきてからな」
「わう!」
さて、最後は——栗きんとんだ。
僕の中では『おせち料理』なのだけど、たぶん他のみんなにとってはデザートとして映るだろう。
まずは栗を甘露煮にする。栗は先月くらいまで森でけっこう採れたので、それを保存しておいた。和栗とは少し違う品種だけどまあなんとかなるはず。
殻から実を取り出し、鬼皮を手で、渋皮を包丁で剥いていく。『神無』のおかげでこの手の作業はめちゃくちゃスムーズだ。切れ味鋭く思うがままに刃が動いてくれる。
剥いた栗を水に晒して洗ったら下茹でし、続いて砂糖をたっぷり入れたお湯で煮ていく。落とし蓋をして煮詰めたらできあがりだ。
次は栗きんとんのきんとん部分。畑で収穫したさつまいもの出番である。
こっちも初秋から断続的に、けっこうな量が育ってくれた。というか、来年植える分の種芋を差し引いても、しばらくはいろんな料理に使えそうだ。大学芋とかも作りたいな。
さつまいもを輪切りにして皮を剥く。きんとんは柔らかさが身上だから皮目の硬いところは避けて、やや厚めに。皮を剥き終わったら水洗いし、余分な澱粉質を取り除いてやる。
それからたっぷりのお湯で茹でる。本来ならここで発色を鮮やかにするため、梔子の実を使うところだが、あいにく調達できなかった。まあ仕方ない。
茹で終わったら裏ごし。ちなみに裏ごし器は父さんが用意してくれていた篩だけじゃなくて、こっちで買ったり作ってもらったりしたものがいくつかある。今回のは伊達巻で使ったものよりも更に目が細かい、馬の毛——二角獣の鬣を張った高級品だ。ベルデさんたちを包囲したあいつらの素材である。
「狩猟生活、って感じがするなあ」
「わふっ……?」
あの日、僕らが討伐した二角獣の毛によりさつまいもは滑らかなペーストになり、こいつを砂糖と一緒に鍋にかける。砂糖がまんべんなく混ざったら、みりん、栗を煮た時にできた蜜、それから甘みを引き立てるための塩も少し混ぜ、弱火にして焦げつかないよう練っていく。
キッチンには甘い香りが立ち込める。ショコラは僕が構ってくれないからか、ソファーに寝そべって丸くなっていた。
「仕方ないだろ、手が離せないんだから……」
「くぁ……ふすっ」
あくびをするショコラを後目に、さつまいものペーストをひたすら練り練り。砂糖のじゃりじゃり感が消えていい頃合いになってきたので栗の甘露煮を入れ、そっちもじんわり温めて味を馴染ませたら——お皿に写して平たくし、熱を取って完成だ。
さて、おせちはここまで。
あとは続いて、みんなの朝ご飯も作んなきゃね。
※※※
「おはよう、スイくん。……すごくいい匂いがするわ」
「おはようございます。いつも早くからお料理をありがとう、スイ」
「ふわぁ……ん……おはよう……」
母さんが、おばあさまが、カレンが、目を覚まして居間へとやってきた。
寝ぼけ眼なカレンが母さんに「顔を洗ってらっしゃい」と叱られ、おばあさまは全員分のお茶を準備し始める。母さんはソファーに腰掛け、飛びついてきたショコラを優しく撫でてやる。
「おきたよ! おはよーございます!」
最後に、玄関からミントが元気よく入ってきて——ちょうどそこで僕は、朝ご飯を作り終えた。
エプロンを脱ぎ、リビングのテーブルに歩いていきながら思う。
どうもこの世界に、新年を祝う挨拶はないらしい。
そしてここは日本じゃないから、無理に言う必要はないのだろう。
ただ、それでも。
やっぱり今日は一年の始まりで、なのに「おはよう」だけじゃ、なんだか据わりが悪い。
だから家族たちを前に、僕はかしこまる。
カレンの、母さんの、おばあさまの、ミントの、ショコラの顔を見て。
それに厩舎にいるポチの顔も、思い浮かべながら。
「明けましておめでとう。今年も一年、よろしくお願いします」