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殺されることと死ぬことの間で

 決定的な(もの)を見たのは、初雪が降った日の夜だった。

 そしてそこから三晩(みばん)ほどで、求めていた情報が立て続けに得られた。



 家族に報告と説明をしつつ、リックさんとノエミさんにも『あらかたわかった』と連絡を入れた。一週間以内にシデラへ行って説明することも決めた。エルフ国(アルフヘイム)の動向はともかく、少なくとも『稀存(きぞん)(しゅ)』——あの化け物の対処については、どうにかなるのではないかと思う。


 一週間の期間を設けたのは検証のためだ。

 報告と説明をする前に、夢で得た情報が事実かどうかをちゃんと確認する必要がある。ソースは夢で見た二千年前の光景ですなんて、さすがに荒唐無稽だしね。せめてそれを裏付ける実例がないと。


 そんなわけで僕は現在、家から遠く離れた森の西側——中層部に来ている。

 同行者はショコラだけだった。


「ふたりきりなの、久しぶりだな」

「わうっ!」


 シデラの街ではともかく、森の中でというのはそうそうない。定期的に家の周辺を散歩してはいるけど、それも最近はミントと一緒だったりすることが多かった。

 まして、ここまで遠出というのは初めてかもしれない。


「僕らもすっかり逞しくなったもんだ。ここに転移してきた初日は、敷地から出るなんて考えもしなかったのになあ」

「わふう……ばうっ!」

「そうだな、お前は最初から逞しかったよ」


 ぴょんぴょん跳ねてくるショコラに苦笑しながら、鬱蒼とした森の中を進む。


 ちなみに今でこそてくてく歩いているが、直前までの三時間ほど、つまり家からここまではぶっ通しの全力で森を走ってきた。土を蹴り木を蹴り岩を跳ねて川を飛び越え、地形などものともしないパルクール。


 かつて、家まで駆け付けてくれたカレンや母さんと同じことができるようになった自分が嬉しくもありちょっと怖くもある。我ながら人間離れしてるんだよなあ。あんまり疲れてないし……。


「そろそろかな」


 立ち止まり、感覚を研ぎ澄ませる。体内の魔力を練って周囲に放散し、蜘蛛の巣みたいに張り巡らせるイメージ。そのうち、探査網に引っかかるものがある。因果を手繰って糸を強固にし、方角と距離を探る。


「あっちだ」

「わうっ!」


 魔物の類は襲ってこない。ついさっきまではあちこちに気配もあったしこちらの様子を窺ったりもしていた。道中では何度か出くわしもした。だけど今は襲ってこない——いや、そもそも周辺に()()()


 近付くにつれて足を忍ばせ、気配を殺し、音をたてないようじわじわと。

 やがて僕らは目的地、そのポイントへと到達した。


「あそこか」


 茂みの奥に身を潜めつつ、葉の隙間からそこを見る。


 樹齢何百年なんだろうっていうでかい木と、その幹に空いた樹洞(うろ)

 周囲の雑草は獣の足跡により踏みしめられ、穴の中からは生き物の気配がする。


 不気味ではあれど——大きな木も、樹洞(うろ)も、その中に獣が巣を作っているのも、森の中では特に珍しい光景じゃない。ただし、そこに()()()()()()()は重苦しくどんよりと、まるで煮詰めた汚泥のような、ねっとりとした密度を持っている。


 つまりは、魔力坩堝(るつぼ)


 魔力坩堝(こいつ)を間近にするのは初めてではない。なにせ我が家があるのは『(うろ)の森』の深奥部。周囲にはちょくちょくできるし、散歩や狩り、採取の際は見付けた端から消すのが日課になっているくらいだ。


 そう、そもそも。

 うちの家族たちは魔力坩堝を、消しているんだ、普段から。


 ただ、アテナクの行っていたという『坩堝砕き』と僕らの日課は、まったく同じプロセスの作業ではないだろう。


 何故なら、普通の人が魔力坩堝に干渉するのはひどく難しいからだ。


『魔女』の称号を持っているような魔導士でさえ、なんの準備も魔導補助具もなしに坩堝を消せる者は半分もいないという。僕らはそれを、自分の魔力を力任せにぶつけて散らすという強引な方法で行っていた。うちの家族ならではのやつだ。


 もっとも今回、検証したいのは『坩堝砕き』についてじゃない。


「ショコラ!」

「わう!」


 号令とともにショコラが茂みから飛び出した。

 そのまま一直線に樹洞(うろ)へと疾駆する。中に潜んでいた魔物——変異種が反応し、穴から首を出してきた。首周りにエリマキトカゲみたいなトサカを生やした大蛇だ。背骨に沿ってびっしり生えた坩堝水晶(クリスタル)は背鰭めいた形状でぎらぎらと輝き、熱波を放ってゆらめく。


 しかし奇襲をかけたのはこっちで、ショコラは狩り慣れている。

 すべてが遅い。


「ぐるるっ……!」


 唸り声を置き去りに光の矢となったショコラの身体が一閃、蛇の首を刎ね飛ばす。トサカが引き裂かれ、毒牙から毒液を散らしながら頭部が宙に舞う。蛇の胴体は頭部の制御を失い樹洞(うろ)から出てきて踊り狂い、そこに落下した頭がぱくぱくと口を開け閉めするも、やがて——絶命。


「よし、ショコラ」

「わおん!」


 こっちへ戻ってきたショコラの背中をわしゃわしゃと撫でながら、備える。

 ただしいつもと違うのは——僕は剣を抜いてもいなければ、魔術の詠唱をしてもいない。つまり変異種の坩堝水晶(クリスタル)に宿った乱属性の魔力は死体を餌にして膨らみ、周囲に放散されて、


 どごぉああん! と。


 そいつは、爆発した。


「……っ!」


 思っていたよりも規模がでかい。結界が稼働しているから爆風に煽られることもなければ轟音が鼓膜を傷めることもなく、光が網膜を灼くこともないが、間近で見るとやはり身がすくむ。


「すごいな。そこまで大きい変異種じゃなかったのに」

「わふっ……」


 爆発が終わり、その跡地はひどいものだった。


 住処にしていた樹木は途中から派手に折れ砕け、他の木々を道連れにして斜め後ろに倒れていた。地面は赤黒く染まったクレーターと化している。周囲の茂みも半径五メートルほど、僕らが隠れていたところを除きすべて吹っ飛んでしまっていた。


「これが素の爆発か。確かになんの対策もなかったら、大被害だ」

「くぅーん」


 もちろん、魔術で爆発を封じ込めなかったのはただの興味本位ではない。

 検証のためであり、だから僕は爆心地へと歩んでいってその場所を観察する。


 物理的にではなく——魔導的な、観察をした。


「……やっぱり。考えてみれば当たり前ではあるんだけどさ」


 知りたかったのは、変異種の死体が爆発したその後。

 変異種の宿す乱雑な属性の魔力が破壊とともに撒き散らされた、その跡だ。


 爆心地は、静かだった。

 完全な凪だ。さっきまで感じていたあの重苦しい、煮詰めた泥みたいな魔力はどこにもない。爆発に巻き込まれて一緒くたに、吹き飛んでしまっている。


 つまり、()()()()()()()していた。


「死んだ変異種は爆発する。その爆発は周囲に漂う魔力もまとめて薙ぎ払う。自然、魔力坩堝もなくなってしまう」


 ただしこれは——魔力坩堝の消失は、変異種の坩堝水晶(クリスタル)に充分な魔力が宿っていたからこそだろう。


 坩堝水晶(クリスタル)とはつまるところ、火薬に等しい。火薬量が多ければ多いほど爆弾は派手にボンする。派手にボンすれば派手に周囲が吹き飛ぶ。


 だったら、仮に。

 火薬量が少なかったり、湿気っていたりしたらどうだろう?

 なんらかの要因で、派手に爆発できなかったとしたらどうだろう——?


 僕は『それ』を、夢で見た。


 二千年前、四季(シキ)さんたちが『魔王』の生産施設へ攻め入った時の夢。

『魔王城』だなんて悪趣味な名で呼ばれるその古城には、たくさんの変異種たちが飼われていた。拘束され身動きを封じられ、一箇所に集められ、なのに餌だけは山ほど与えられて。


 施設を管理していた人間たちは、待っていた。

 変異種たちがそのまま寿命で死ぬことを、ただ待っていたんだ。



※※※



「次に行こう、ショコラ」


 僕は踵を返す。既にさっきの探査であたりはつけている。

 ここからおよそ十キロほど南。

 あの夢と違って拘束されてはいないけれど、哀れな化け物が寿命を迎え、巣穴で静かにその死を待っている。


 立ち会って、確かめなければならない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()とどうなるのか。

 中途半端な魔力放散が、魔力坩堝の澱みにどんな影響を与えるのか。


 そこには、答えがある。

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