だけど今は違う
「魔王は、人の手によって製造されるものだった。少なくともぼくらがヒトとして生きていた二千年前はね」
四季さんの告白は衝撃的で、僕にとっては頭を棍棒で殴られたようだった。
製造される?
魔王——稀存種、あのキマイラみたいなのが?
どうやって?
科学技術、バイオテクノロジーとかではないだろう。夢の中にあった二千年前の景色は今のこの世界よりも文明が幼く、科学技術が発達している様子もなかった。
だったら魔導だろうか。
そっち方面に関しては、間違いなく失われた技術がある。当時の魔術には、『修正』を利用して世界を書き換えるようなものがあったはずだから。
——そこまで考えて、首を振る。
違う。そうじゃない、そこじゃない。
僕がショックを受けたのは『どうやって』ではなくて。
「どうしてですか? なぜ、あんな化け物を、人が……」
「戦争だよ」
四季さんの無慈悲な返答を心で噛み締める。
わかっていたはずだ。聞いた瞬間、予想はできていた。
だけどそれでも、胸に重苦しいものが満ちる。
「当時の国家情勢とかそういうのは思い出せないけどね。『魔王』の製造技術が完全に確立されていたのは確かだ。だからいろんな国が兵器として魔王を造っていた。『御使い』だの、『神と人との混血』だの、大層なことを嘯きながら、他国を侵略するための道具として……ぼくらが転移した国は、それに反対する立場をとっていた」
「だから、魔王と……稀存種と、戦った?」
「ああ、ぼくら側の動機はたぶん、正義感とか嫌悪感とかそういうものだったんだろうな。……当時の感情まではちょっと思い出せないけど」
「いえ、想像はできます。僕もあなたと同じ時代を生きた日本人だから。そんなものを見れば、『許せない』『いけないことだ』——反射的にそう思ってしまう」
「そうか。だったらきみにも、その後のことはわかるだろう?」
「……、はい」
四季さんは諦念の溜息を吐いた。
そうだ。
戦争の道具に生物兵器を使っているような社会に、現代日本の平和な倫理観を持った未成年が放り込まれて——体よく利用されないはずが、ない。
「倫理だの正義だのを掲げたところで、結局は戦争なのさ。しかも長年続いている泥沼のね。だったらやることはどちらも同じだ。——『魔王』の製造は非人道的だと、生命を弄ぶ行為だと。そう反対していたぼくらの国は、主張を通すために兵器を用いた。異世界から転移してきた子供たちという兵器をね」
「……っ」
「僕らがそのことに気付いたのは、いつ頃だったのか。覚えていない。ただ、仲間を半分近く失ってようやく、すべての魔王は滅された。世界を救ったと一応は言えるだろうね。なにせ、魔王は無差別に破壊を繰り返す災害生物なんだから。製造した国にすら制御できちゃいなかったんだし」
僕は想像する。
もし自分が転移したのが、四季さんたちと同じ時代だったら。
やっぱり、戦おうと思っただろうか。
魔王を倒さなきゃと、その国に協力しただろうか——。
「……僕は、平和な時代に生まれたんですね」
「まあ、そう落ち込まないでくれ。もう過ぎたことだ。当事者であるぼくでさえ今日になって思い出したくらいなのに……きみが引っ張られちゃいけない」
「でも」
「大切なのは今だ。違うかい? きみが必要なのは過去への感傷じゃない。過去に起きた事実を元に、今、目の前にある問題に対処することさ」
四季さんはそう言って、僕の肩を優しく叩く。
「そう、ですね。ありがとうございます」
「まあ、いろいろあったけど未来は続いている。ぼくの仲間たちはエルフとなってカレンさんに血を繋ぎ、ぼくの家族だった子たちは世界に根付いて、ショコラやミントちゃんを生んだ。それでいいんだと思うよ」
「わふっ?」
名前を呼ばれたショコラが顔をあげ、四季さんを見遣る。
「スイくん、きみと魔力を交感したおかげで少し、思い出した。ああ、確かにぼくらは犬を飼っていたよ。向こうの世界から一緒にやってきた、シベリアンハスキー……ショコラ、きみによく似た賢い子だ」
「わんっ!」
椅子から立ち上がってショコラの目の前にしゃがみ、視線を合わせて四季さんは、その顎下に手を伸ばす。
ショコラはひと声鳴くと素直に、撫でられるがまま目を細めた。
「くぅーん」
「……ありがとう、二千年を経た後も元気でいてくれて」
それは以前のような、どこか他人事みたいな、客観的な口調ではない。
感慨と実感の込められた、優しい声だった。
ショコラを撫で終わった四季さんは、表情を引き締める。
「さて、そんなわけで今の話をしよう。かつての魔王が……あれに似たものが発生したという。問題はそれが、人為的に製造されたものなのか、自然発生した者なのかだ」
「前者の可能性はあるんでしょうか? 製造方法が今に残っている……?」
もし人為的なものだったとしたら、ぞっとする。
いったい誰がそんなことを——と。
僕の問いに四季さんは首を振る。
それは否定ではなく、わからない、という意思表示だった。
「すまないが、肝心な製造方法をぼくが覚えていない。だからなんとも言えない。そもそも、今のこの世界と二千年前の当時とでは、世界の在り方が少し変わってしまっているからね。……まあ、ぼくの大魔術のせいではあるんだけど」
「製造方法がわからないし、そもそもわかったとして、今の時代で再現できるかどうかも不明。そういうことですか」
「ああ。だからまずは、そこを思い出すことから始めよう」
その目には光がある。
闇夜の中にあってもなお輝く、決意の光だ。
「魔王が山ほど出現していた二千年前。……あれは、悪夢だった」
「……はい」
「たとえぼくらが幽世の住人で、現世に干渉できないとしても……たとえ世界の隙間に入り込んだ存在であっても。ぼくも、妻も、子供たちも、紛れもなく今を生きているんだ。ぼくはもう二度と、あんなものを妻や子供たちに見せたくはない。きみたちがそれを防ぐというのなら、協力を惜しまない」
もちろんそのためには、もっと多くの情報が必要だ。
四季さんに、思い出してもらう必要がある。
「たった一夜の夢ですべてが明らかになるほど優しくはない。でも、たった一夜の夢で、ぼくらは手掛かりを掴んだ。だからその一夜を繰り返していけば、必ず道は拓けるさ」
「ええ。しばらくは寝不足になるかもしれませんけど、お互い頑張りましょう」
がし、と。
四季さんが突き出してきた拳を、僕は拳で受け止める。
フィストバンプ。
日本にいた頃、男友達と体育の授業なんかで、よくやってたな。
こっちの世界にも存在する挨拶なのかもしれないけど、僕はまだ見たことがない。だからたぶんこれはあっちの——日本人としての、共闘を示す儀式だ。