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そして祝賀会の中で

 今日は元々、宿泊する予定でシデラに来ていた。

 シュナイさんとトモエさんがくっ付くなら祝賀会、ダメだった時は残念会が控えていたからだ。


 さすがに後者を予想していた人はいなかったけど、まあなにが起きるかはわかんないからね。正直、僕も見ててハラハラしたし。


 という訳で、夕刻。

 少しお高い料理屋で祝賀会なのである。


 店の名前は『火竜の息吹』。元々、美味しいと評判の店だったそうなんだけど、ジ・リズがシデラに来るようになってからサブリミナル効果というか便乗というか、とにかく大繁盛し始めたらしい。というかそもそも、ジ・リズって火を吐いたりできるのかな……。


 まあ、彼を目にした人たちが『竜』の名を冠する店でなんとなく食事をしたくなるのはわからないでもない。ドラゴンと出会える機会は普通、めったにないのだ。


「じゃあ、乾杯だ。あのめんどくせえふたりに」

「乾杯っ!」


 個室を借りて、メンバーは八人と一匹。

 僕、カレン、ショコラ。ベルデさん、リラさん、ノビィウームさんとスプルディーアさんの夫妻。それから、エジェティアの双子——リックさんとノエミさんに、ギルドマスターのクリシェさん。


 シュナイさんとトモエさんは「今夜はふたりにしておけ」ってことで、主役ではなく酒の(さかな)という扱いだ。まあ、トモエさんのご家族へ挨拶とかあるだろうしね。


「シュナイのやつは孤児院の出でな。親も兄弟もいねえ、天涯孤独だ。そのせいもあって、所帯を持つことに臆病になってたのかもしれねえな」


 ベルデさんがフォークとナイフでステーキを切り分けながら、しみじみと語る。前々から思ってたんだけど、この人、外見に似合わず所作が上品なんだよね。ひょっとしたらどこかいいところの生まれだったりして。


「いやほんとよかったよねえ。ほんとよかった。よかったあ」

「ん、よかった」


 ……と、カレンにリフレインし続けるリラさん。よほど嬉しかったのか、めちゃくちゃ呑んでいる。まあ気持ちはわかる。ずっとトモエさんから話を聞かされてたみたいだしね。カレンも嫌な顔せず相手してあげててえらい。


「師匠が結婚かあ……なんだか、身が引き締まる思いがするわね」

「ああ、僕らも早く一人前にならなきゃ。僕らのせいで師匠が危ない目に遭ったら、責任重大だ」


 エジェティアの双子は顔を突き合わせてそんなことを言っている。……そういや、今回のきっかけはトモエさんがノエミさんの態度を誤解したことから始まったんだっけ。そう考えると、ふたりは陰の立役者なのかもしれない。


「かはははは! ワシも鼻が高いわ」

「だからって調子乗ってかぱかぱ呑んでるんじゃないよ! しょうがないねえ」


 結婚指輪をこしらえたノビィウームさんは誇らしげで、リラさん同様いつも以上に酒が進んでいる。そんな夫を叱りつつもスプルディーアさんも笑顔だ。


「お前は……特になにもしてないけど、まあいいよね」

「はぐっはぐっ……わう?」


 いちばん得をしたのはショコラ(こいつ)かもしれない。シデラへ赴く度にミルクや肉にありつけてるもんな。今も特別に作ってもらった、猪肉の無塩煮込みにまっしぐらだ。


 さて。

 そんなふうに和気(わき)藹々(あいあい)と盛り上がる中、ひとりだけ仏頂面の人がいる。


「……それで、スイ。俺は正直、『雲雀亭(ひばりてい)』の専売ってことに納得はいってないんだがな」


 ギルドマスターのクリシェさんだ。

 グラスに入ったワインをくゆらせながら、シュトレンの扱いに文句を言う。


「すいません。でもあれは、シュナイさんとトモエさんに作ったものなので……」

「友人の背中を押すためにお前が骨を折ったってのはいいんだよ。賞賛されて然るべきことだし、俺だってたいしたもんだと思う。だがな……冒険者なら、ギルドのこともちったあ考えて欲しかったってのが本音だ。ありゃあ流行るぞ? 商機を逸した」


 少し顔を赤ながらくだを巻くその様子は、任侠の親分が凄んでいるようでまあたいそう恐ろしい。だけど僕はもうクリシェさんにすっかり慣れてしまっていて——客観的な形容としてはともかく、主観としては恐ろしいとまったく思わなくなっていた。


「そんな悔やまないでくださいよ。もし流行ったら、雲雀亭だけじゃ絶対に生産が追いつかなくなります。そうなった時に、ギルドがライセンス契約して委託生産すればいいんですから」


 僕はクリシェさんに苦笑しつつ、反駁(はんばく)する。


「それに、あれの売り方に関しては、たぶんトモエさんに任せるのが最適ですよ。ギルドで宣伝しても、『冒険者用の携行食』ってところでしょう? それが雲雀亭っていういい感じの喫茶店を通してだと『帰りを待つ人と分け合うケーキ』になる」

「むう……確かに」

「冒険者だけが買うよりは、その家族や恋人も購入対象にした方が絶対にいいんです。コンソメは冒険者から売り出してるんですから、シュトレンは別方面でいきましょう」


 僕としては正直、冒険者ギルドを優先して儲けさせたいわけじゃないしね。

 シデラの人々の暮らしが豊かになってくれれば——みんなに美味しいって言ってもらえるのが一番の目的なんだ。


「まあいい、丸め込まれた気もするが納得しよう。ただ……一連の商売の起点として、お前にはけっこうな金が転がり込んでくる。できればその貯金をガンガン使って、街に金を落としてくれるとありがたい」

「それはもちろん」


 考えなきゃいけないことではあるんだよね。お金を稼いでも貯め込むばかりじゃ、経済を停滞させてしまう。僕らは森の中で暮らしてるからただでさえ無駄遣いをしないし。ギルドが手掛けてる事業に出資とかしてみるか?


 ——って、クリシェさんいま、僕がそう考えるようと誘導した気がするぞ。


 まったく抜け目ない。まあ乗ってもいい話ではあるけど、せめて相手が酒に酔ってない時に話を詰めたいな。


「おいギルマス! 面倒くせえことは後日にしろってんだ。今日は祝いの席だぞ。まったくあの唐変木、やっと決心しやがってよう……」


 ベルデさんが割って入り、僕の肩を抱きながら涙ぐむ。


「あいつもな、苦労したんだ。この街で、孤児が身ひとつでやっていくには冒険者が手っ取り早え。だが森に入るのは危険ばかりだし、いつ死ぬとも知れねえ薄氷よ。おまけに尊敬してた師匠が怪我をやっちまって、しかも酒に荒れて……あいつにとっちゃ、親同然に思ってた相手だったのにな」

「そっか。……血が繋がってない分、悪くも言えないですよね」

「ああ。トモエの家族がしんどい思いをしてるのを、外から見てるしかねえってんでな。食いもんを差し入れるのは、あいつにとっての精一杯だったんだろうさ」


 親同然だけど、実の親じゃない。

 家族同然だけど、家族じゃない。

 ぎりぎりのところでつらさを分かち合えない疎外感、か——。


「トモエさんよかったよねえ。ほんとよかった。シュナイのおっちゃんもまあ、最後はちゃんと指輪渡して格好よくはあったしさ。ウチは嬉しいよほんと」


 その隣ではリラさんがカレンに抱きついてしみじみしていた。


「トモエさんはさあ、普段はあんなだけど実際はあんなだし、あんなふうだからなかなか本音も見せないんよ。だからあんな感じにこじれちゃって、でもよかったあ。よかったなあ……」


 いや語彙力。


 まあ、思いは充分に伝わってくる。

 きっとトモエさんも、素直なリラさんに救われてた部分もあったんだろうな。ギャルは人の懐に入り込むのが上手い生き物だ。収斂進化(しゅうれんしんか)した異世界ギャルもどきもその特性をちゃんと持っているのだ。……ごめんなさい偏見です。


 僕はカレンと目配せをする。

 ベルデさんに絡まれている僕と、リラさんに絡まれているカレン。会話はなくてもふたりとも同じ気持ちで、自然と唇が穏やかな弧を描いた。


「ねーねーベルデのおっちゃん。トモエさんめーっちゃ幸せそうだったやん?」

「おお、そうだな。シュナイもやり遂げた男の顔をしてた」


 と、会話の対象が移る。

 ベルデさんとリラさんがそれぞれ僕とカレンから離れ、ふたりで顔を見合わせた。


「おっちゃんの心配事もこれでなくなった感じだし、もうそろそろいいかと思うんよねー」

「あー……まあそうだな。確かにケットへの義理は立った。あいつの末期は惨めなもんだったが、だからこそだ。頼まれちまったからには、見届けなきゃいけなかった」


 口ぶりからするにベルデさんは、ケットさん——トモエさんのお父さんの死に際に、ふたりのことを見守ってくれるようお願いされたのだろう。彼がシュナイさんを無二の相棒にしているのは、もちろんその実力もあるんだろうけど、僕らの知らない(よすが)が始まりだったのかもしれない。


「じゃあさー、そろそろウチらも籍入れちゃおうよ」

「リラちゃんよう、本当にいいのか? 俺ぁこんなおっさんだぞ?」

「えー、今更そんな年齢のこと言う? むしろ早い方がいいんよ。ウチは魔導がからっきしだから、歳取るのもすぐだし……十年二十年もすれば追いつくっしょ」

「そうだな……シュナイも決めたことだし、俺も腹ぁ括るか」


 そんなことを言い合うふたりに、僕はくすりとした。

 まったく小芝居が効いてる。ベルデさんもリラさんも打ち合わせもなしによくやれるなあ。


「お、ベルデとリラも決めるのか? 祝い金が吹っ飛んでいくな……。シュナイと違って、こっちは両方とも俺の関係者だし」

「なにを言うか、冒険者ギルドの。『めでたい気分で打つ鉄は、未来に千倍の幸福で凱旋(がいせん)する』……ドワーフの有名な格言だぞ」

「あらまあ、トモエちゃんに続いてリラちゃんもかい! めでたいねえ。亭主の愚痴を言い合える相手が増えるってのはいいことさね」


「もーおばちゃん、愚痴はまだまだ先だよ? 新婚のうちはもうちょっとこう、あるでしょ?」

「かかか、違いねえ! まあスフ、リラの嬢ちゃんは諦めろ。トモエもさすがにしばらくは惚気しか出てこんだろ」


「あー……ノビィウームよ、もうひと仕事、頼めるか」

「おうよ大将、任せておけ。シデラが誇る一級冒険者たちふたりに指輪を作れるたあ、『鉄』を戴いた最初の仕事としちゃ悪かねえぜ」

「おっちゃんさあ……そういうのはウチのいないところで頼むのが粋ってもんでしょ? でも、そういうところも含めてだしね」


「え、ベルデ師匠とリラさんも結婚するのか? それはおめでたい!」

「まあ素敵! これはますます私たちも気合いを入れなきゃね」


 僕とカレン、それからショコラを除く全員が、次々と小芝居に参加していく。というかエジェティアの双子などは完全に信じ切ってしまっていた。僕らは乗るタイミングを失い、ちょっと取り残された気持ちで、それでも面白いなと思って眺めていた。


 だけど、直後。


「じゃあこれからもよろしくね、旦那さま」

「ああ。むさ苦しい相手だが、頼む」


 リラさんが少し頬を赤らめながら、ベルデさんに口付けをして。

 ベルデさんも照れながらリラさんを抱き寄せるに至り。


 僕らの笑顔は——笑顔のまま、戸惑いに固まった。






 ——え。

 ひょっとして、マジ?

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