切り込んでみたら驚いたけど
思案の結果、居残りで一泊することにした。
カレンと子ドラゴンたちには先に帰ってもらう。僕はショコラと一緒に宿をとって、シデラに滞在——という流れである。
「じゃあスイ、気を付けて。明日、迎えに来る時は私も行くから」
「にーちゃん、ありがとな! また連れてきてくれよ!」
「つ、疲れちゃったけど、楽しかった……! 私も、また来たい」
カレンが少しだけ心配そうに笑い、子ドラゴンたちは父親と再会して安心したのか、小回りに旋回しながら声を張る。
ジ・ネスくんとミネ・オルクちゃんは結局、滞在時間の半分くらいはすやすやしていた。まあ、街に来たのは初めてだし仕方ないよね。ミントもだけど、少しずつ慣れていけばいいさ。
いつか遠い未来、ミントと子ドラゴンたちだけでシデラに遊びに行くようになったりするんだろうか……そうだったらいいな。僕らが死んだ後でもあの子たちの人生(みんな人ではないけど)は続く。その時のために、彼女たちの世界が広がっていてほしい。
——などとセンチメンタルなことを考えつつ、取り組むべきは目下の問題である。
トモエさんとシュナイさんの関係だ。
正直、まだ十九歳の僕には荷が重いのだが、できることをやりたい。トモエさんもシュナイさんも、僕にとって大切な友人なんだから。
※※※
『蟒蛇の棲家』は安価な大衆酒場で、冒険者たちがよく屯する場所らしい。食事に誘ったベルデさんとシュナイさんに連れられて、僕はその雑然として活気に満ちた建物へ、足を踏み入れる。
ふたりは顔馴染みらしく、すぐに席へと通された。「適当に持ってきてくれ、ひとりは酒なしだ」と店員さんに告げ、僕に椅子を促すベルデさん。
「ここは従魔が同伴でも入れる店でな。獣用の食事も出してくれる……っと、もちろんお前さんは従魔じゃなくてスイの家族だ。そいつはわかってるぞ」
「わうっ!」
いい心がけだ、みたいな顔で、ショコラはひと吠えした。
「ミルクのおかわりもらい損ねてたし、いっぱい食べろよ」
「あうっ! わうわう」
僕ら向けの料理とともに運ばれてきた、無塩の茹で肉を目の前にしてショコラの目が輝く。こっちが乾杯をするのを待って、がつがつと肉を食べ始めた。
「いい食いっぷりだ。腹が減ってたのか?」
「そこまでではないと思うけどなあ。ただ最近、食い意地が張ってるのも確かですね……」
妖精犬にとって二十歳前後はどうも育ち盛りらしく、異世界に戻ってきてから特に、ショコラはよく食べるようになった。……ついこの前まで、お爺ちゃんだと思ってたっていうのにな。
「しかし、珍しいな。お前がひとりでこっちに残るなんて」
「でしょ? せっかくだから冒険者らしい夜を過ごしてみたいなって思って」
「だから俺たちだけに声をかけたのか」
くくっ、とベルデさんが愉快げに笑う。
一方でシュナイさんは少し意地悪な表情を浮かべてきた。
「男だけだからって、娼館には案内してやれねえぞ? あいにく、俺も大将も女遊びには疎いもんでな。まあ冒険者が長いといろいろあるから顔見知り自体はいるんだが、だからこそ通う気にはなれねえな」
「からかわないでください。そんなつもりはありませんよ」
苦笑しつつ、心中で安堵する。
シュナイさん(とベルデさんも)、やっぱりそういうことに対しては身持ちが堅いんだな。
「いろいろある、っていうのは?」
「娼館から依頼が入ったり、冒険者を引退したやつがそっちに流れたりだ。割引するから遊びに来てね、なんて言われて財布を緩めるやつも多い。ガキがのめり込んで身を持ち崩しそうになるのを止めたのは、一度や二度じゃねえよ。な、大将」
「ああ、困ったもんだ。酒や女や男に注ぎ込む刹那的な生き方を望む奴は多いが、この街で冒険者をやっていくには、そんな浮ついた気持ちじゃ生き残れねえ。森で必要なのは堅実さなんだよ」
ほんの冗談から、いい感じに話が転がっていってる気がする。
ここだ——僕は意を決して、シュナイさんに尋ねた。
「堅実といえば。シュナイさんって、いつトモエさんと結婚するんですか?」
「…………、ぶふぁっ!?」
たっぷり三秒、沈黙した後。
口をつけていたお酒に咽せ、シュナイさんは盛大に咳き込んだ。
「ごふっ、スイ、ぐふ、お前、いきなり、ごほっ、なにをっ」
「喋るか落ち着くかどっちかにしろ、バカ」
苦しむシュナイさんと呆れるベルデさんを他所に、僕は内心でほくそ笑む。
そう。これが僕の考えた作戦。『無邪気を装ってぶっ込んでみよう』だ。
トモエさんとちゃんと付き合う気があるんですか、とか、そもそも彼女のことをどう思ってるんですか、とか。僕にはそういうのをストレートに問う度胸もないし、婉曲に尋き出す手練もない。
ならばなにも知らないふりをして、階段を三段くらい上った先の質問を急にしてみればいいのだ。『いつ結婚するのか』などという決めつけたような問いを投げかけることで、シュナイさんの方から具体的な話を引き出す。
心理学でいうところのソクラテス・ストラテジー……だったっけ?
僕の目論見は功を奏したらしい。
シュナイさんは落ち着くと、大きく深呼吸し、僕へ向き直って口を開いた。
だけど。
その返答は、僕の予想にあるどれとも、違っていた。
「お前、いったいどんな誤解してんだ? 確かに俺とあいつは付き合っちゃあいるが、結婚なんて……」
「……え?」
「だから、結婚なんて」
「いや、その前」
「は? なんだ『その前』って。俺とトモエのことじゃねえのか?」
きょとんとするシュナイさんに、たまらず叫ぶ。
「いや、付き合ってる? 付き合ってんの? シュナイさん、そういう認識なの!?」
「は? そういう認識もなにも……いや待て、お前そもそもこの話、誰から聞いた?」
「そこはいま問題じゃないでしょ!!」
訳がわからない。
だってトモエさん、言ってたんだ。関係はあるけど、付き合っているかと言われるとよくわからない、って。なんだか曖昧なままでいる、って。
——待てよ。
よく考えたらこれはあくまでトモエさんの視点による、トモエさんの認識だ。でもシュナイさんはさっき『付き合ってる』と当たり前のように言った。だったらそれがシュナイさんの視点によるシュナイさんの認識ということで、総合して考えると、つまり。
「あの、シュナイさん」
「おいスイ、お前なんで急にそんな話をしてきたんだ?」
「シュナイさん!」
「お、おう……?」
「ひとつお伺いしますけど。トモエさんと付き合ってる、って話。トモエさんに言いました? 付き合ってくれとか、自分たちは恋人同士だとか。そういうの、言葉で確かめました?」
シュナイさんは答えた。
当たり前のことのように、答えやがった。
「は? なんだそりゃ。そういうのわざわざ、口にしてどうすんだよ」
「すべて理解したよこのばか! 唐変木!! 昭和の男かあんたはっ!!」
「うお、急に怒るな! ショウワってなんだ……」
どん、とテーブルを叩きながら詰め寄る僕に、おののいて腰が引けるシュナイさん。歳上の男性にこんな口を利くのもどうかと思ったが、言わずにはおれなかった。
つまりこれは些細な、しかも初歩的な、それでいてひどすぎるコミュニケーションギャップというわけだ。
トモエさんはそういうことをしていながら、はっきりと言葉にしてくれないシュナイさんに不安を感じていた。
シュナイさんはそういうことをしているんだから、付き合ってるに決まってるだろうと思っていた。
そしてトモエさんはあの性格だから、改めては聞けずに。
シュナイさんもこんなだから、改めては言わずに。
結果、シュナイさんは泰然としているから余計に、トモエさんをやきもきさせていたと——そういうことか。
「なんだよそれ……大人の関係なのがまた始末が悪い……」
「お、おいスイ、どうした? シュナイ、お前、こいつに酒飲ませたりしてねえだろうな」
「するかよ。ってかなんか俺が責められてんだけど、どういうことだよ大将」
「ああもう、なんか損したような、安心したような……」
「くぅーん」
「ショコラ、お前はわかってくれるか、僕のこの気持ち」
「わふっ、わおん!」
僕を慰めてくれるかと思いきや、空っぽのお皿を鼻で突いてこっちに寄せてくるショコラ。……肉がなくなったのね。おかわり欲しいのね。お前さあ。
「もういいや……説明します。いちから全部説明しますよ」
僕は樽杯に残っていた炭酸果汁を一気に飲み干し、店員さんに肉を頼むべく手を振った。