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腰を据えてやるようです

 僕らは感覚が麻痺しているのでいまいち実感できていないのだが、『(うろ)の森』はそもそも、大陸を見渡してもほとんど類を見ないレベルのとんでもない魔境だ。

 

 シデラの街に面した部分——森のごくごく表層ですら、まず足を踏み入れるのに資格が要る。冒険者等級が六級以上。王国内の基準において、そこそこのベテランとか若手のホープとか、周囲に一目置かれるような人たちに与えられるクラスだ。


 以前、ベルデさんたちが遭難した時の原因となった新人冒険者パーティーは四級だったそうだが、これはシデラだとまだまだひよっこである一方、王都であれば相当な実力者として扱われるという。彼ら、あの後ちゃんと再起できてるのかな。今度ベルデさんに尋いてみよう。……閑話休題。


 なんにせよ問題は、僕ら家族はもちろんシデラの街にいる面々ですら、基準がちょっとインフレしちゃってるってことだ。そんな中、ふらっとやってきたエジェティアの双子はこのインフレを知らない状態だった訳で、不幸という(ほか)ない。


「実際、リックとノエミは言うほど弱くない。あの時は調子に乗ってたので釘を刺す意味できつく言ったけど」


 シデラの街での騒動が起きてから、一日後。

 僕らは庭に設置した石窯(オーブン)で、ピザを焼いていた。

 昼食である。


 丸く伸ばした生地にチーズとミニトマト、それから薄切りの腸詰(ソーセージ)を乗せながら——カレンは同胞を擁護(ようご)した。


「相当の実力があるのは確か。弱い魔導士に『魔女』の称号は与えられない」

「そもそも、『魔女』って大陸にどのくらいいるの?」


「私はよく知らない。ヴィオレさまは把握してる?」

「今は二十人くらいだったかしら? お母さんも全員の名前はわからないわ」


 母さんは別の生地に果実を丁寧に並べている。こっちはフルーツピザだ。


「じゃあ少なくともあの双子は、上位二十位に入れる魔導士ってことか」

「それは違う、スイ。スイがいるから、ランクは自動的にひとつ下がる」

「いや僕のことは置いといて」


 こういう時に絶対、カレンは僕を褒めてくれるんだよね。嬉しいというより面映(おもはゆ)い。それに僕の魔導って、訓練とか研鑽(けんさん)の末に得たものじゃないから順位の話になると申し訳なさが勝つ。


「なんにせよ、ベルデさんとシュナイさんから、素直にサバイバル術を学んでくれるといいな。元が強いのに油断で死んじゃったら不憫すぎる」


 魔導が強いからといって、森で生き残れるとは限らないんだし。

 そもそも森というのは——この『虚の森』でなくとも——本来、人の生きられる場所ではない。


 地球においても、人の歴史とは森を切り拓く歴史だった。特にヨーロッパ圏などが顕著だ。魔力のあるこっちの世界ではなおさらだろう。


 獣が潜み弱肉強食が容赦なく支配する森の中では、ベルデさんのような統率力と判断力、シュナイさんのような斥候の能力がとにかく重要になってくる。


「そうね。ベルデもシュナイも、たいしたものだわ。……ベルデの方は昔を知ってるだけにちょっと信じられないけど、成長したわねえ本当」


 そしてそんな彼らでさえ、中層まで行くのが精一杯なのだ。それも変異種と出会(でくわ)せば終わりというシビアなバランスの中で。


「エルフの……アテナクの集落ってどの辺にあるの?」

「表層部寄りの中層部だったはず。深度としては、スイがベルデさんたちを助けに行った場所、あのくらい。もちろん座標は全然違うけど」

「カレンは行ったことあるの?」

「ほんのちょっと覗いたことしかない。アテナクは同胞との接触をあまり好まないから。引きこもりの中の引きこもり」

「なるほどなあ」


 かつて夢として見た、四季(シキ)さんたちの過去。

 その中にいたひとりの顔を思い出す。

 アテナク——おそらくは『綿貫(わたぬき)』が変じた、その氏族名。


「それで、その双子の『魔女』は、しばらくはシデラで修行するのね?」

「うん。ある程度()()になったらこっちに連絡をくれるってさ。そしたら手伝いに行くことになる。少し、家を空けることになりそうだけど……」

「スイくんたちが留守の間は、竜族(ドラゴン)の里にご厄介になろうかしら」

「いいかもね。ポチの運動になるし、ミントも子ドラゴンたちと遊べる」


 そんなことを話しながら、仕込みは終わる。

 トッピングを乗せたピザ生地を窯に入れた。充分に熱した石窯(オーブン)の室内は400℃以上に達する。焼き上がるのは二分もかからない。


「ミントー。ご飯、もうすぐできるからね!」


 庭へ向かって叫んだ。

 ミントはショコラとポチと一緒に、刀牙虎(スミロドン)の子供たちと遊んでいる。(かたわ)ら、畑の横では母猫が一同を見守っていた。

 ついさっき、肉を持ってきてくれたのだ。


「うー! わかったーー」

「わうっ!」

「きゅるっ……?」


 それぞれ一匹ずつの子猫を頭に乗せたうちの家族たちが、揃って返事をする。


 ちびたちはこの短い期間にけっこう大きくなった。もう母親のおっぱいに縋るような感じではなく、駆ける姿もとことこではなくたったかといった具合だ。


「今はまだいいけど、冬になったら持ってこなくてもいいんだからな。お前たちも大変だろうし」


 母猫に声をかける。言葉が通じてるはずはないんだけど、なんとなくニュアンスを察することができるのか、ぐるるる、と喉を鳴らしてきた。


「きつくなったらここに来いよ。ご飯くらいは分けてやれるから」


 たまに来るけど決して飼っているわけではない、そんな相手である刀牙虎(スミロドン)の一家。


 こいつも、本来はめちゃくちゃ強い魔物のはずだ。だけどここは『虚の森』深奥部、上には上がいる。以前の飛角兎(ヴォルパーティンガー)のような変異種とまた出会ってしまえば勝ち目は薄いだろう。


 中途半端に関わるのはあまりいいことじゃないんだけどと思う反面、これもご近所付き合いだよねと自分を納得させる。子猫たちもミントとショコラと仲良くしてくれてるから、悲しい結末は迎えてほしくない。


 特に冬になったら獲物は少なくなるし——妖精たちに頼んで、定期的に様子を見てもらおうかな。


「スイ、焼きあがってきたと思う。ちょっと見て」

「うん、いいね。じゃあ出して、お昼ご飯にしよう」


「ぴざできた? みんとはあまいやつがいい!」

「わうっ」

「うん、しょこらとぽちは、みーちゃんたちともっとあそぶ!」

「ばう!」

「きゅるるっ」


 甘いにおいに頬を緩めながら、ミントがこっちへ走ってきた。


 魔境であっても、この家は平和である。

 そのことに感謝しながら、僕は焼きあがったピザを家族に切り分けるのだった。


 ——そういえばフルーツピザって、新しいケーキとしてどうだろう。

 今度、トモエさんに試食してもらおうかな。

 綿貫わたぬき→Watanuki→Atanuk→アテナク

 みたいな変化です。

 ではエジェティアとクィーオーユは……?

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