意外に素直な人たちです
「いい? あなたたちが考えてるほど、世の中は甘くないし、『虚の森』は優しい場所じゃないし、ついでにはっきり言うと、あなたたちもそこまで強くない。エルフ国からろくに出たことがないのに、『魔女』の称号をもらっただけで、無敵だと勘違いしたらダメ。始祖六氏族だからって、偉いと勘違いしてもダメ。あなたたちの血筋がどんなに希少だろうと、魔物や変異種にとってはただの美味しいお肉」
「……っ」
「うう……」
「わかってる? 返事は?」
「は、はい……」
「もういいじゃない、許してよぉ……」
「ダメ、許さない。久しぶりに会ったけど、まさかここまで世間知らずのままだとは思わなかった」
それから十数分後。
カレンは、エジェティアの双子にガチ説教していた。
大通りで立ち話もなんだということで、連れ立ってやってきたのはおばあさまの職場。融蝕現象研究局シデラ支部の応接室である。
そこを借り受け、話をすることにしたのだが——。
「なあ、スイ。もうそろそろ、いいんじゃねえか……?」
「ああ。俺らなら別に気にしちゃいねえし」
彼らに軽んじられた当事者であるベルデさんとシュナイさんも同情的になるほど、双子は叱られまくっている。
「いえ、好きにやらせておいてください。どうもカレンも、ただ怒りに任せてるわけじゃなさそうだし」
だけど僕は首を振る。
実際、カレンはなんだかんだで、双子の見通しの甘さを心配しているようなのだ。そしてそれは種族特有の引きこもり体質——世間知らずなところが多分に影響しているらしい。
「あなたたちはエルフ国からなにもかもを俯瞰して、すべてわかった気になってしまってる。祖国に引きこもっているうちはそれでもまだいいかもしれない。でも、その勘違いのまま外に出て、他の人に迷惑をかけちゃダメ。他種族を侮って下に見ても、あなたたちの品位が下がるだけ。敬意を払いなさい。他者は、自分の知らないことをたくさん知っている。自分にできないことをたくさんできる」
お説教を続けるその眼差しにネガティブなものはない。むしろ優しげですらあった。……僕ら家族にしかわからないかもしれないけど。
だから僕はショコラを撫でながらカレンを見守りつつ——別のことについて考えていた。
それは、さっきの自分についてだ。
「危なかった。まさか『妖精の雫』に、あんな力があるなんて」
「わふ……」
双子にベルデさんとシュナイさんをバカにされた時、確かに僕はイラっとした。腹が立って、つい反論してしまった。
ただそれでも、魔力を込めて威圧するつもりなんて毛頭なかったのに。
このペンダントが、僕の魔力を増幅させた。
感情が激したのに反応して、隠された効果を発揮したのだ。
「気を付けないとな。もちろん、お前も」
「わん!」
幸いなことに『知らなかったから発動させてしまった』というだけであって、コントロールが効かないようなものではない。自覚しておけば問題はないはずだし、上手く使いこなせればものすごい魔導補助具になってくれる。
まあ考えようによっては、早めに把握できておいてよかった、というべきか。
「……というわけ。わかった? これからはちゃんと礼儀正しくできる?」
「や、やる。やるからもう許してくれ……」
「ごめんなさい……調子に乗ってました……」
「謝る相手は、私じゃない」
——と。
カレンのお説教がようやく終わり、双子が解放された。
ふたりはベルデさんたちのところへ行く。
「すまない。無礼を詫びさせてくれ。そして、指示を聞こうとせずすまなかった」
「謝罪します。私たちが間違っていたわ」
叱られまくったのが効いたのか、それとも天狗になっていただけで根っこは素直な性格なのか——リックさんとノエミさんの態度は殊勝だった。
そしてベルデさんとシュナイさんも大人なので、こういう謝罪にはちゃんと寛大に応える。
「いや、わかってくれたんならいいさ」
「俺らの魔導は確かに、あんたたちには遠く及ばん。だが『虚の森』では魔導の強さとは別に、生き延びる術が必要だ。それを俺たちに、教えさせてはくれねえか?」
「っ……感謝する。無礼を働いた僕らに、そう言ってくれるとは」
「ありがとうございます……!」
ぶっきらぼうなシュナイさんに続く、ベルデさんのにかっとした、人好きのする笑み。双子は感激したように頭を下げる。……前から思ってたけどベルデさん、カリスマ性あるよね。ひねた雰囲気を持つシュナイさんを隣に置くことで、それを余計に引き立てている。たぶん本人たち、わかっててやってんだろうな。
「よし、話も終わったみたいだし、そろそろ僕らは帰ろうか」
「わおん!」
ソファーから立ち上がる。
なんやかやで予定時刻をちょっと過ぎてしまっている。ジ・リズをあまり待たせてはいけないし、ミントもセーラリンデおばあさまに頼りっぱなしだ。
すると双子は僕のところへもやってきた。
「あなたと、その、犬にも、謝罪させてくれ」
「ごめんなさい、ひどいことを言ってしまって……反省していますので、どうかっ」
……いや、これに関してはもう完全に僕のせいなんだけどさ。
ふたりが僕を見る目が、なんというか、めちゃくちゃ怯えてしまってまして……。
「僕の方こそほんとごめんなさい。反省してます……」
ぺこぺこお互いに謝り倒す三人。
ショコラが足元で退屈そうにあくびをしている。こいつ……他人事だと思って……!
「まあなんにせよ、森に入るなら気を付けてください。表層部にも変異種が出ないわけじゃないし。ベルデさんたちは森でのサバイバル技術が本当に優秀ですから、よく教わって身に付ければ、もっと強くなれますよ」
さすがにこの状態は気まずいので、そんなふうにまとめてみようとしたところ。
「それなんだがな、スイ、それとカレンちゃん」
ベルデさんが不意に真面目な顔になり、僕らへ問うてきた。
「ふたりとも、冒険者登録はしてるだろ? 指名依頼を出させちゃもらえんか」
「指名依頼、ですか? ベルデさんたちからなら、できる限りはやりますよ」
「ん。でも、その口振りだと……この子たち絡み?」
カレンは双子を一瞥する。
彼らは視線による肯定でそれに答えた。
そして——。
「『孕紮の魔女』殿がシデラに来たのは、腕試しのため……これは確かに間違っちゃいねえし、そういう側面もある。だが、話はもうちっと複雑でな」
「ここからは僕らが説明しよう」
リックさんとノエミさんが、ベルデさんの話を引き継いだ。
「そもそも本件は、エルフ国からの要請なんだ。ここ『虚の森』の中にある、同胞たちの集落……その調査を、僕らが任された」
「あなたも知ってるでしょ? カレン。この森に集落を作っている氏族のことを」
「……アテナク。始祖六氏族のひとつ」
カレンのつぶやきへ、エジェティアの双子は神妙に頷いた。
「そうだ。僕らは彼らと接触する必要がある。ただ正直、森のことを甘く見ていたからついでくらいにしか考えていなかった。だから、きみたちに頼みたい」
「私たちをベルデ氏と一緒に、鍛えてほしい。そして可能なら……アテナクの集落まで、同行してもらえないかしら」
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