見知らぬ人と出会いました
「いかん、お前さんたちが来て気が抜けたか。忘れちまってたわ」
——そうして、ひと通りの世間話を終えてのち。
ノビィウームさんは店の奥へと行き、それを携えて戻ってきた。
「ほれ、注文の品だ」
カウンターに置かれたのは、三つのアクセサリー。
ペンダント、チャーム、そしてピアスだ。
涙滴型の小さな宝石があしらわれたそれらは、一見してごく普通の装飾品に見えた。だけど深く観察すればするほど、内部に異質な魔力を宿していることが伝わってくる。
注意しなければ気付かれない辺りに、この宝石の恐ろしさがあった。
「石そのものは加工しとらん。というより、できん。その分、留め具から外れないようしっかり固定してあるが、まあお前さんが『不滅』を付与すれば更に盤石になろう」
「ありがとうございます。この留め具、もしかして……」
「ああ、『神無』を打った時の端材を使っておる。お前さんの魔力が染み渡っとる鉄だからな」
そういえば、ポチとミントのために作ってもらったアクセサリーにも同じ端材をあしらってくれてたっけ。
「これ、あとどのくらい残ってます?」
「似たような飾りものに使って、二、三というところか。もう一度仕入れるには骨が折れるから、それで打ち止めと思っておけ」
『神無』の素材は、共和国から輸入した最高級の新月鋼をベースに、様々な貴金属と触媒を混ぜ込んだ合金だ。その上で、僕の魔力を限界まで吸わせてある。
どうもやりすぎたようでもはや呪いの域に達しており、ノビィウームさんしか加工はできないし、僕の認めていない人が所持すると害があるとかなんとか……いや、ほんとにやりすぎた。
まあ他所にわたってはまずい品なので、そのくらいがちょうどいい。
「……おい、さっさと受け取ってくれ。正直、手元に置いておきたくない」
「ああ、すいません。厄介なやつを頼んじゃって」
そんなことを考えていると、ノビィウームさんが急かしてきた。
慌ててカウンターに並ぶそれらを手に収める。
「まったく……詮索はしたくないが、いったいなんなんだそれは? 留め具のために寸法を測っているだけで鳥肌が止まらんかったぞ。加工している最中は、宝石がワシを試しているような気さえした。……まあ、その寒気がいい肴にはなったが」
「強がってんじゃないよ。作業が終わってから浴びるように呑んでたのは、安心したからだろ?」
夫へ苦笑するスプルディーアさん。
だが彼女の表情もまた、少し強張っている。
「あたしも鍛冶屋の家に生まれて、鍛冶屋に嫁いだ身さ。鉱石にも宝石にもよらず、石のことはさんざ見慣れてるつもりだったし、石の持つ魔性ってのも充分に承知しているつもりだったんだがねえ。……あたしゃ、その石を直視できなかったよ」
「出自は言えないんです、すみません。でも、とんでもないものなのは確かです。……だからこそノビィウームさんにしか頼めなかった」
正体に対し、僕は口を噤むしかない。
ただでさえ妖精の実在は信じられていないのに、その女王さまが流した涙なんて——さすがに、明かすわけにはいかない。
「まあ、いいわい」
それでもノビィウームさんは薄い溜息ひとつで、僕らの無礼を許してくれる。
「お前さんが言えないってことは、ワシらが知っちゃいかん類のもんなんだろうさ。それに、なんとなくわかるのよ。そいつはワシらにとっちゃあ、ただおっかないだけのもんだが、お前さんたちにはこの上ないお守りになるってな」
いつの間にか、どこからか取り出した酒瓶に口をつけて呷ると、彼はにやりと笑んだ。
「お代は弾んでもらうぞ。それなりには手間がかかったからな」
「ええ、もちろん。なんたって『鉄』の匠の仕事ですからね」
僕はポーチから小切手を取り出すと、三つ合わせて十五万ニブの代金を彼に手渡すのだった。——実際は材料費とか併せるとむしろ良心的でさえあるんだけど、百五十万円相当のアクセって、金銭感覚が麻痺しちゃってるよなあ。
※※※
用事が終わり、ノビィウームさんとスプルディーアさんご夫婦に別れの挨拶をし、店を辞す。
もちろん僕とカレン、ショコラ、それぞれが『妖精の雫』——アクセサリーを身に付けてからだ。
僕はペンダント。
カレンはピアス。
そしてショコラはチャームである。
宝石自体が大きくないことから、着用してもあまり目立たない。僕はシャツの襟元にさりげなく、カレンも金髪に紛れて奥ゆかしく、そしてショコラはもふもふの毛に埋もれてひっそりと。
「カレン、ピアスの穴、開いてたんだね」
「エルフは生まれた時、耳に飾り穴を開ける風習がある。私のこれは、実の両親が開けてくれた」
「じゃあ、実のお父さんとお母さんとの絆だ」
「ん。……そう言われると、ちょっと嬉しい」
金髪の隙間からきらりと覗く涙滴型の宝石は、カレンによく似合っていた。
「お前、だんだん冬毛が伸び始めてきたか?」
「わふっ?」
そして首輪にチャームを装着したショコラは——よく探さないとわかんないなこれ。
「ついこの前ごっそり抜けたばっかなのに、なんだかいつの間にかもしゃもしゃしてきてる気がするぞ」
「わふう」
撫でた頭も、ぶんぶん振られる尻尾も、心なしかボリュームがある。
「ショコラの首輪、どんどん高級品になってる」
「だよねえ。ベースは日本のペットショップで買ったやつなんだけどな」
「わん!」
「そうだよな。既製品でも、大事なものだ」
ショコラにとってこれは、父さんの形見だ。
首輪そのものはもちろん、そこに飾られた銀のアクセサリーも。
そして今日はそこに、妖精からもらった宝石のチャームが加わった。
「お前は、色さんが飼ってた犬の子孫なんだよね。しかも、あの人が最初に涙をこぼした相手でもある。だからきっとその宝石は、お前を守ってくれるよ。……首輪と一緒に、さ」
「わうわうっ!」
「……これ、本当に私がもらってもよかったのかな」
ショコラへの言葉を受け、カレンがふと不安げな顔になる。
「私、色さんたちになにもしてないのに」
「いいと思うよ。色さんたちもきっと、そう言うはずだ」
一週間前の夜に見た、夢のことを思い出す。
たぶんあれは、僕の想像の産物などではない。失われたはずの過去、本人たちも忘れてしまった記憶、四季さんたちが人間だった頃の記録——それが、か細く残った因果の糸を通して、僕へと流れ込んだんだ。
夢の中には、世界を改変する大魔術を使う直前の、彼らの様子もあった。
四季さんと色さんを見送った、六名の仲間たちがいた。
あれは、きっと……。
思索に耽っていた、その時。
「驚いた。同胞がいると思ったら、クィーオーユの子じゃないか」
ふっ、と——僕らの歩く先にふたりの人影が立ち、行く手を阻む。
男と女の二人組だった。
年齢は成人に達しているかどうかといった感じ。顔立ちはよく似ていて、というか性別は違えど互いに瓜二つである。
視線は鋭く、眼は切れ長で、そして両耳がぴんと尖っている。
「エルフ……」
僕は思わず声を洩らす。
始めて見た、カレン以外のエルフがそこにいた。
ただ一方で、当のカレンは眉根を寄せて小さな溜息を吐き、ふたりへ顔をしかめる。
僕とショコラを守るように前へ立ち、ふたりへ問う。
「リック、ノエミ。……エジェティアの子がどうしてこんなところに?」
リックと呼ばれた男性と、ノエミと呼ばれた女性。
ふたりのエルフはどこか高飛車に、カレンへ向かって笑った。
「腕試しに来たんだよ、この『虚の森』にね」
「ええ、誇り高きエルフ始祖六氏族がひとつエジェティアの子にして、音に聞こえた『孕紮の魔女』……私たちきょうだいが、ここを狩り場に選んであげたの」