それではどうぞ、召しあがれ
秋の花が咲き誇っていた。
桔梗、秋桜 、金木犀。ダリア、竜胆、オキザリス。
完成した庭園は繁る緑に色とりどりの薫りを纏わせて、文字通りに華やいだ空間を作ってくれている。
冬になっていくにつれ、花弁は散ってしまうだろう。魔術によって季節に関係なくずっと維持できるのだが、それはしないことにした——今まで花を途切れさせずにいた、父さんの花畑も同様に。
この世界に戻ってきて約半年。日本のものとは少し違うけれど、四季の移り変わりを肌身に感じてきた。そしてこれからは庭の草木や花たちも、すべて自然のままにしようと思ったんだ。
枯れ、芽吹き、花開き、また枯れる。その繰り返しをあるがままに、四季折々を楽しんでいきたい。……まあもちろん、花壇や庭園には手が入っているから、すべて野にあるようにという訳でもないのだけど。
ともあれ、色さんが外に出られるようになってから四日後。
完成した庭園を使い、本日は歓迎パーティーだ。
みんなで東屋に集まってのお茶会。
僕らが用意したのはもちろん、同時並行で作成していた石窯を活用したもの。
妖精さんたちが楽しんでくれるように、彼らのフルーツに負けないように、考えたメニューは——お菓子。
ケーキである。
「お待たせしました。口に合うといいんだけど」
お皿とともに持っていくと、わあっ、と歓声があがる。
甘い匂いにうっとり顔を綻ばせ、きらきらと目を輝かせてくれた。
用意したのは四種。
ベイクドチーズケーキ、シフォンケーキ、アップルパイ、そしてミルクレープだ。
ミルクレープはフライパンだけど、他の三つはすべて石窯がないと作れなかった品である。
「すごい、チーズいっぱいだ! 贅沢だなあ」
「うん。今まではたまにしか食べなかったから……」
ベイクドチーズケーキにきゃっきゃしてくれているのは、鵲と孔雀。傍らに添えた、甘酸っぱいベリーソースも楽しんでくれているようだ。
「ねえおとうさん、わたし、これ好きだわ!」
「そうだね、ふわふわしていて雪のようだ」
シフォンケーキを前に笑い合う、霧雨と四季さん。霧雨の口が生クリームまみれになっているのを、四季さんが優しげに拭ってやっている。
「これ、わたしたちが作った林檎?」
「うわあ、こんなふうになるんだ、すごい!」
花筏と夜焚はアップルパイに舌鼓を打つ。ホールで作ると食べにくいと思って、妖精たちに合わせてカスタマイズしたんだよね。細かくしたコンポートを型抜きした生地で包んだ、ひと口サイズのやつ。……それでも妖精にとってはひと口じゃなくて両手に抱えるくらいの大きさになってるけど。
「……これ。わたし、知ってるわ」
そして——色さんは。
ミルクレープを前に、驚きを見せていた。
「たぶん、そうね。ずっとずっと昔に、食べたことがある。ああ……懐かしい」
「記憶があるんですか?」
「ええ、わたしは子供だった。もう顔は思い出せないけど、あっちの家族と一緒に食べた気がする。……ありがとう、スイさん。美味しいわ、とっても」
トモエさんにも伝授したこのケーキは元々、日本で考案されたものだ。だからひょっとしたらと思い作ってみた。悲しい思いをさせてしまわないか不安だったけど、喜んでくれたのならよかった。
一方、うちの家族たちも夢中である。
「ん、どれも美味しい。トモエの店にも負けてない」
カレンはもぐもぐとフォークを持つ手が止まらない。きみ、のんびりしてるふうでいつの間にか大量に食べてるよね? まあ気に入ってるなら良かった。
「どれもお砂糖たっぷりね。うふふ……太っちゃいそう」
と言いつつこちらもストップする気配のない母さん。カロリーが気になるならあとでショコラと一緒に散歩するといいよ。
「おいしー! みんと、これがいちばんすき!」
ミントはシフォンケーキを夢中で頬張っている。生クリームが気に入ったようで顔ごとダイブする勢いだ。口の周りについた汚れを布で拭ってやりながら——僕は四季さんと同じことをしてるなと笑ってしまった。
「わうっ! はぐっはぐっ」
「きゅるるっ!」
そしてショコラとポチも、今日はケーキを食べている。もちろん僕らと同じやつではない。野菜や果物を切ってケーキ風にデコレートした、見た目だけのなんちゃってケーキだ。気分だけでも一緒に楽しんでもらいたいよね。
みんなでわいわい会話しながら、お茶会の空気は穏やかに流れていく。
「はい、孔雀。あーん」
「カレン、わ、わたしにはちょっとおっきいよ」
「ん、ごめん。このくらい?」
「あんたが食べてるやつ、野菜でできてるの? 美味しそうね、少しもらってもいい?」
「きゅる? きゅるっ」
「むぐ……やっぱりこっちもいいわね。今度スイに作ってもらおうかしら」
「はないかだ、みんとははっけんしたよ。こっちのしろいの、あっぷるぱいといっしょにたべてもおいしい!」
「わあ、ありがとう! このパイって生クリームも合うんだ」
「ショコラもミルク好きなんだよね? ぼくもなんだあ。今まではたまにしか飲めなかったけど、これからは……ちょっと、聞いてる?」
「はぐっはぐっはぐっはぐっ……わう?」
「なるほど、ぼくらの育てた果物と交換か」
「ええ、それならあなたたちも後ろめたいことなんてなく、ミルクや卵が手に入るでしょう? これからは私たちが窓口になれるわ」
そしてそんな中、四季さんと色さんは僕へ笑いかける。
「……本当にありがとう、スイ」
「ええ、どんなに感謝してもしきれないわ」
楽しそうに飲み、食べ、はしゃぐ子供たちを——家族たちを横目に。
「なにを言いますか。今日が始まりなんですよ」
だから僕も頷く——賑やかに笑う、うちの家族たちを後目に。
「これからは好きな時にこのガーデンを使ってください。うちにも遠慮なく遊びに来てください。竜族の里にも行きましょう。いずれ慣れてきたら……シデラの街にも」
大陸のごく狭い一部にしか行ったことがない自分なんかが、この世界のことを語るのはおこがましくはあるのだろう。
ただ、僕は。
世界の広さそのものよりも——心が開けている方が、大切だって思うんだ。
別に世界中を見て回らなくたっていい。
身近にあるなにげない風景や、春夏秋冬の移り変わりや、些細な出来事たちを、家族と一緒に楽しめるなら。なにかに縛られてこの場所にいるのではなく、自分がいたいからここにいる。そう思えるのなら、それはとびきりの自由なんじゃないだろうか。
少し前、海を前に、カレンの横で僕がそう感じたように。
色さんにもいつか、四季さんの隣でそう感じてもらいたいな。
「それは素敵ね。とても素敵」
色さんが顔を綻ばせる。
ガゼボの中、みんなの楽しげな声が響く。
パーティーはその日、夕方近くまで続いた。
※※※
そして——その夜。
僕は、夢を見た。