それは、ぼくとおなじ
おばあさまに取り寄せてもらった本をすべて精読した。
書かれてあった知識をまとめ、頭の中で体系化した。
そして『妖精境域』に招かれたあの日——妖精たちと出会った時に感じたこと、覚えた違和、推察したこと。それらをすべて総合し、僕は答えを出した。
色さんに外の世界を見せる方法は、ある、と。
確信した後、果たして実現可能かどうかをたっぷり一日かけて検証する。僕の、いや、僕ら家族の魔導がいかほどのものかが試された。
あとは当事者である彼らの意志次第だ。
故に、シデラヘ文献を取りに行ってから五日。
僕らは再び『常若の城』へと足を踏み入れたのだった。
※※※
「ごめんなさい、押しかけちゃって」
「いいんだよ、むしろ嬉しいな」
家族総出での来訪に、しかし四季さんと色さんは嫌な顔ひとつしなかった。それどころか満面の笑みで、僕らを歓迎してくれる。
「でも、本当に宴の準備をしなくてよかったのかい? 果物も野菜も、パンも木の実も幾らでもあるんだ。遠慮する必要はないんだよ」
「いえ、今回は真面目な話ですし。……それに、充分なおもてなしをしてもらってます」
テーブルの上には人数分のミックスジュースが用意されている。ショコラにはフルーツの盛り合わせ。
「わうっ! はぐっ」
嬉しそうに鳴いて果実へかぶりつくショコラをひと撫でし、僕は妖精王と妖精女王へ向き直った。
なお、ミントとポチ、そして五体の小さな子たちは別室で一緒に遊んでいる。これからする話は——彼らに聞かせても、少し詮無いことではあるんだ。
「……どうも、込み入った内容みたいだね」
僕の表情を見て、四季さんがわずかに肩をすくめた。
「そうですね。単刀直入に尋きます」
僕は姿勢をただし、まずは彼らに——確認する。
「色さん。もし、城の外へ出られるかもしれないって言ったら、あなたにその意志はありますか?」
「わたしが、……お外に?」
色さんは目を見開く。
浮かぶのは困惑と驚嘆。言葉の意味がわかってからは、ほんのわずかな希望の光が灯る。
「……、出られるものなら出てみたいって思うわ。外の世界をまた見てみたいって。でも、ダメなのよ。そういうふうにできてるの」
けれどそれはすぐに、蝋燭の火みたいに儚く消えていく。
当たり前のように、諦観とともに。
違う。
僕が見たいのは、確かめたいのは——その諦観が取っ払われた先にある、あなたの心なんだ。
遮るように続ける。
「色さん。あなたがこの城にいるのは『妖精境域』を維持するためだ。あなたとこの空間は強く紐付けられている。要するに……あなたは錨みたいなものだ。あなたという存在を世界に打ち込むことで、『妖精境域』は座標を固定していられる。もしあなたがここから離れたら——城の観測をやめたら、錨を失った『妖精境域』は世界と分かたれ、どこか遠くの見知らぬ場所、次元の果てに流されていく。……違いますか?」
「……っ、なんと」
四季さんは目を瞠った。
「違わないよ。……しかし驚いたな。そこまで詳細に術式を理解できているとは。どうやって解明したんだい?」
見当もつかない、とばかりの顔を見るにきっと——いや、やっぱり。
彼はもう、忘れてしまっているんだ。
もし覚えていたのなら、僕がそれに思い至れることも自明のはずなのに。
深呼吸をする。
母さんとカレンが見守ってくれていた。ふたりには事前に、すべて話してある。僕の推察と、その推察から導き出せる彼らの過去を。
だから、告げる。
「術式を解明したというより、別のルートで理解したんです。僕は、色さんが行っているのとよく似たものを知っている。身を以て体験した」
そう、
「境界融蝕現象だ」
これは、僕だからこそ辿り着けた答え。
異世界を渡った身だからこそ、察せられた違和感。
「……この世界と別の世界とが繋がり、異世界へ転移する現象。色さん、あなたは擬似的な融蝕を起こして『妖精境域』にいる。そして此方と彼方の間で、門を開け続けているんです」
ただ、そのヒントは——違和感のきっかけは、色さんの魔力の流れと術式の構造から、推察できた訳じゃない。
「四季さん、色さん。答えて欲しいことがあります」
もっと別のアプローチから、気付いたんだ。
「あなた方は、妖精になる前のことをほとんど覚えてないって言いました。それをあまり苦にしていないことも理解できているつもりです。なので、その上で尋きます。……僕は、あなた方がヒトだった頃、どんな人間だったのかがわかる。どこで生まれてどこで育ったのか、そういうことがわかる。推測というより、確信がある」
思えば、最初からだ。
四季さんと出会った時からずっと、僕は心の奥で、気付いていたんだ。
「知りたくないなら黙っています。知りたいのなら話します。あなた方に委ねます。どうですか?」
僕の問いに——。
四季さんは考えこみ、色さんは天井を仰いだ。
たっぷり一分ほどもそうしていただろうか。
やがてふたりは顔を見合わせ、互いに頷き合うと僕へ向き直った。
「わかった、話して欲しい。……聞かせてくれるかい?」
僕は息を深く吐く。
いつの間にかからからになっていた喉をミックスジュースで潤す。
改めて椅子に座り直し、目を閉じて開き——。
「結論から言います。あなた方は、二千年前……この世界へと転移してきた。境界融蝕現象に巻き込まれた人間です」
ゆっくりと、口にした。
「故郷の名は、地球。国の名は、日本——僕が半年前まで暮らしていた国。あなたたちは元々、異世界転移してきた日本人だ」