むかしむかし、あるところに
かくして宴は、騒がしく始まった。
「あの、これも食べてみてください」
「ん、美味しい。でもちょっと待って……種類が多い、口が追いつかない」
「うん、ぼくらは土属性の魔術に長けているから、醸造は得意なんだ」
「なるほどねえ。新しいワインなのに、香りがいいわ」
「果物はね、栄養いっぱいなんだよ! ほら、クー・シーが食べられるものを取ってきた」
「わふっ。はぐっ」
「いい食べっぷりねえあんた。花輪ひとつ追加しちゃう」
「きゅるるっ!」
「こっちはどう? 少し酸っぱいけど、元気が出るよ」
「うー、おいし! はなかだ……はないかだ、も、いっしょにのむ!」
妖精たちはよほど嬉しいのか、みんなにつきっきりだった。
カレンに懐いているのは、孔雀。初対面の時、パニックになって彼女の胸元に飛び込んだ子だ。
母さんと話し込んでいるのは鵲。どうも学者肌で、その手のことに詳しいらしい。
夜焚はショコラが気に入ったようだ。ショコラの方も無碍にしていないのを見るに、なんかちっこい動物みたいに思ってるんだろうな……。
ポチに花輪をあげている霧雨は、減らず口というかつっけんどんな口調なんだけど、根は優しいみたい。たぶん人見知りする質なんだろう。
そしてミントに甲斐甲斐しく世話を焼く花筏。この子はミントの頭が気に入ったようで、ずっと乗っかっている。
——あれ、よく考えたら僕、あぶれてない?
葡萄を口に入れてもぐもぐしながらふと寂しい気持ちになるが、みんな楽しそうだし、この光景を無言で微笑ましく眺めるふたり——四季さん、色さんと同じような立ち位置なんだろうなと思うことにした。
いやほんとここのフルーツ美味しいな。
まるで——。
※※※
やがてみんながお腹いっぱいになり、賑やかさも落ち着いてきた。
ポチなどは広間の隅で休んでおり、ミントもそんなポチのお腹に寄りかかってうとうとしている。
一方で退屈したのか、僕の膝に前脚を乗せてじゃれつき始めるショコラ。
「ほんと元気だなお前」
「わうっ! わうわう」
わしゃわしゃと全身をいじり倒しながら、僕はお皿に残ったナッツを軽く摘む。匂いを嗅いでくるショコラを制止しながら口へ。
——と。
母さんがワインの入った杯を置き、改まって上座のふたりへ視線をやった。
「四季さん、色さん……同じ発音なのに区別できてるのが不思議ね。あなたたちに尋きたいことがあるの」
妖精王——四季さんが穏やかな笑みとともに、母さんへ向き直る。
「うん、疑問もごもっともだよ、ヴィオレ殿。というより、カレン殿、スイ殿、きみたちをこの城に呼んだのは、そういう目的もあるんだ。つまり……きみたちに、ぼくらのことを知ってもらいたい、というね」
次いで妖精女王——色さんも、どこか眩しげな眼差しで僕らを見る。
「あなたたちは、わたしたちが発生して以来、ほとんど初めてここへ来た人間よ。世界の制約をすり抜けた存在、ううん。世界の制約をすり抜ける方法があると示した存在なの」
母さんは目を細めた。
「それよ。『制約』……あなた、ここへ来る穴を作った時も、その単語を口にしたわよね?」
「ヴィオレ殿は高名な魔導士であったんだっけ。気付くとは慧眼だ」
続いて、カレンが問う。
「私も尋きたいことがある。私たちの種族……エルフには、自分たちの祖は妖精、って伝承がある。これは、ただの空想が言い伝えになっただけのものなの? それとも、本当にあなたたちと関係があるの……?」
その顔は少し不安げだ。道理だろう。
自分のルーツがどこにあるのかって話なんだから。
僕は——僕にも、疑問はある。
それを口にすべきか迷っていると、四季さんは切り出した。
「……まずは、ぼくらがどうやって発生したのか、その話をしよう」
どこか厳粛なその声音。
そこで気付く。いつの間にか、妖精たち——あの可愛らしい五体の子らが、この部屋から姿を消していることに。
ミントとポチはすやすやと眠っている。ショコラもいつの間にか大人しくなり、床にお座りしている。
妖精王たちがそう仕組んだのかどうか。
ここは既に、真面目な話をする場になっていた。
そして、彼は告白する。
「ぼくらは、遥か昔に発生した。およそ二千年ほど前になるかな? 正確な月日はもうよくわからない」
自分たちが、途方もない時を生きてきた存在であると——。
「二千年……およそ先史が終わり、有史が始まる頃ね」
その長さをいまいち実感できずにいた僕だが、母さんが補足をくれた。
歴史を記した文献がかろうじて残っているのが、およそそのくらいであるらしい。
もちろんそれ以前のことも伝わってはいる——たとえば竜族などは万年以上の歴史を持つ——が、人の世に一次資料がないため、神話みたいな扱いになるそうだ。
「あなた方はそんな昔から、ずっと生きてきたんですか?」
「正確には、ぼくと色のふたりだけかな。五つの子ら……孔雀、鵲、夜焚、霧雨、花筏には、およそ二百年ほどの個体保持限界期間がある。それぞれ寿命が尽きると、魂を受け継いだ姿形も性格もまったく同じ個体が再発生する。でも、記憶だけは保持していないんだ」
「な、っ……」
追加された情報は、更に驚くべきことで。
僕の全身に寒いものが伝う。
それはまるで、ロボットみたいな——。
「怖がらせてしまったのならすまない。でも、仕方ないんだ。あれらがそうなのは、そうせざるを得なかったからさ。あの子たちの心は、二千年の永遠に耐えられない。かの偉大な竜族でさえ、寿命は千年と言われている。二百年というのは、あの子たちが壊れないまま幸せに生きられる、ぎりぎりの長さなんだよ」
「……、確かに、そうかもしれません。僕だってそんなに長く生きていたら、きっとどこかで記憶をリセットしたくなる」
心は追いつかなくても、頭では納得できる。
ただ——釈然としない僕の気持ちに、四季さんは追い打ちをかけた。
続いた言葉は、僕にとって、母さんやカレンにとって、あまりにも衝撃で。
ロボットみたいだ、なんて思ってしまった自分に対し怒りを覚えるほどのものだった。
四季さんと色さんは、言った。
「ぼくらはね、元々は人間だったんだ。ただのありふれた、人間の夫婦さ。そしてあの子たちは……ぼくらの子供だったもの。ぼくと色との間に生まれた、愛しい五人のきょうだいだ」
「わたしたちは、世界と契約したの。死にゆくさだめだった子供たちを生かすため」
「神の寵愛を受けたあの子たちを、死なせないためにね」