インタールード - 妖▇▇域:常▇の城
報告に戻ったそれらに、王と女王が発した言葉はすげなかった。
「ダメです」
「ダメよ」
「ええー、即答!? そりゃないよ、王さま、女王さま!」
真っ先に食ってかかったのは、一同で最もこの件に乗り気であった夜焚である。
「や、やめようよ夜焚。王さまと女王さまがダメって言ったらダメなんだよ……」
びくびくしながら制止を試みるのは、孔雀。
「そうよ……仕方ないわ」
そして諦めながらも奥底では不満げなのが、花筏だ。
「いやだって、クー・シーにアルラウネだよ? それが一緒にいるなんて珍事、今を逃したらもう二度とないかもしれないし。せっかくだから、一緒に遊びたいじゃないか!」
夜焚はなおも食ってかかる。
「ねえ、なにがダメなの? 王さま、女王さま。やっぱり人間との接触? そりゃ確かに、ぼくらはヒトと関わっちゃいけないんだろうさ。でも、だったらどうしてクー・シーやアルラウネみたいな……『こっちに近い存在』が、現世に存在してるの?」
その問いは無理からぬことだった。
夜焚は一同の中で最も好奇心旺盛で、最も物怖じせず、しかも最も人を好いている——そのようになっている。
故に王と女王にも、遠慮がない。
「ヒトのうち、エルフだって大昔は『こっちに近い存在』だって聞いてるよ。ぼくらはもう代替わりして覚えてないけど、王さまと女王さまは当時のことを覚えてるんでしょ? どうしてあれらは、ぼくらと分かたれたの? どうしてぼくらとあれらは、話をしちゃいけない決まりになったの?」
王と女王は、そんな夜焚を咎めない。咎めず、諌めず、玉座に並んで腰掛けたまま、じっと話を聞く——思いを受け止める。
——無論、肯定もしないが。
納得していないのは夜焚だけではない。
食ってかかる夜焚を止めようとしていた孔雀も。
仕方ないことだと受け入れる素振りを見せる花筏も。
そしてここにはいない、霧雨と鵲も——表向きの態度と言葉はどうあれ、みなが触れ合いたがっている、言葉を交わしたがっているのだ。
森の中に現れた、あの存在たちと。
しかし、それでも。
王と女王の結論は、変わらない。
「いいかい? かわいいお前たち。よくお聞き」
王は——幼子を諭すように微笑み、言う。
「これは決まりなんだ。ぼくたちが決めたことではない。世界が決めたこと。そうあれかしと定められたことなんだ。これを、法則という」
続いて女王もまた——幼子を窘めるように眉を寄せ、言う。
「世界の法則とは、わたしたちにどうこうできるものではないの。おわかり?」
そうして、王と女王は。
代わりばんこに滔々と、入れ替わりに懇々と、覆せない法則を、それらに向かって説き聞かす。
「幽世と現世は、一方通行なんだ」
「幽世からは現世を見聞きすることができるわ。だけど現世は、幽世を見聞きすることができない」
「そして、ぼくらが触れられる現世のものは、意思なきもののみ。草木や石ころ、花々、風、空、雲。そういったもののみ」
「現世のものが持つ『意思』が、幽世のことを阻むのよ。意思あるものが意思で以てわたしたちを見る時、そこにはなにもいなくなる。わたしたちに気付けなくなる」
「確かにぼくらは、その理に干渉することができる。だからこその王、だからこその女王だ。けれど、それをやるには……干渉できるようになるには条件がある」
「それは、わたしたちが現世の存在に認識されること。認識されなければ、わたしたちは触れ合えない。認識されなければ、『意思』の壁を超えられない」
「……でも、王さま、女王さま」
みなを代表して、夜焚が悲しげに反論する。
「意思を持っているものはそれだけで、ぼくらを認識できなくなっちゃうんだよね。だから……つまりそれって、意思のないものに認識されなきゃいけないってことだよね。どうしようもないじゃないか。不可能じゃないか」
そんな夜焚に——いや、ここにいる、ここにいない、五つの愛し子たちに。
王と女王は、
「そうよ。わたしたちは一方通行なの」
「叫んでも喚いても目の前を羽ばたいても、ぼくらは意思あるものには決して気取られない」
「だから……」
「ああ、だから」
口を揃えて、こう言う他ないのだ。
「……だから、意思あるものと触れ合おうとするのは諦めなさい」
しばらくの沈黙があった。
どれもこれもが項垂れ、小さな身体を宙に浮かせたまま、どんよりとしていた。
やがて王は玉座から立ち上がり、愛し子たちの前にしゃがんで笑う。
「そんな顔をしないでおくれ。ぼくも色も、お前たちを泣かせたい訳じゃないんだ」
そして女王も玉座を離れ、愛し子たちを見下ろして溜息を吐く。
「そうよ。わたしも四季も、あんたたちが笑顔でいてくれないと困るんだから」
愛し子たちはこぞって、王に、王妃に、ぎゅっとしがみつく。
「ごめんね。ぼくらも、王さまと女王さまにわがままを言っちゃった」
「うん。わかってたはずなのに」
「そう……だね。わかってた。きっと前のわたしたちも、王さまと女王さまに同じ駄々をこねたんでしょう?」
「うん。わたしたちは忘れてるけど、きっと、言ったわ」
「その度にこうやって、王さまと女王さまを困らせちゃってたに違いないんだ」
「ごめんなさい、四季さま、色さま」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
※※※
妖▇王——四季と、▇精女王——色は、遥かな▇に▇った我が▇の分け身たる▇▇たちを優しく撫でて、思う。
確かにこれは、どうしようもないことだ。
強固に結ばれた世界との契約——つまり制約を課すことであり得ざる結果をもたらした大魔術は、今に至るまで連綿と、自分たちを縛っている。
『常▇の城』という名の牢獄に引きこもることで、自分たちは▇▇とともに生きていられるのだ。
後悔はない。飽いてもいない。幸せであるとも思う。
ただ、それでも。
この永遠の中、連綿と続く時の果て、あるいはいつか、奇跡でも起きてはくれないものか。なにか自分たちの想像さえできないもので——この子たちの退屈を紛らわせる、楽しい出来事が起きてくれないか。
——それが近いうちに叶うことを、ふたりはまだ知らない。
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