インタールード - 虚の森:▇▇▇域
——その日。
それらは、追跡していた。
「あ。例のやつら、一緒になって移動してるよ?」
始まりは、ひとつの言葉だった。
少し前から森の中心部に居着くようになった『例のやつら』——異様に大きな魔力を持った怖い人間たちが、棲家を離れてどこかへ赴いているのに気付いたのだ。
元々がちょくちょく落ち着きのなかった連中ではあったが、棲家にひとりも残らずというのは初めてのこと。故に、なにか重大な事案かもしれないと警戒し、王と女王の命により、追跡の任にあたることとなった。
そして、今。
森の中を進む蜥車を、五つのそれらが付かず離れず、空からふわふわ観察している。
観察しながら、いわく——。
「ねえねえ、あのおっきなトカゲが引っ張ってるのは、なに?」
「知らないの、孔雀? あれは蜥車っていうのよ」
「蜥車って、ヒトの道具? 知らないよ、わたしはあなたたちと違って、森の外に出たことがないもの」
「そういえば霧雨たちはヒトの街にしばらく行ってたんだっけ。どうだったの?」
「んー……つまんなかったわね。いろんなものがあったのは確かだったけどさ。結局、ヒトってわたしたちのこと見えないし」
「ええー。ぼくはけっこう面白かったけどなあ。石の家が立ち並んでて、わいわい賑やかで……また行ってみたいって思うな」
「ふん、夜焚は騒がしいのが好きだものね。わたしは嫌いだわ」
それぞれが好き勝手に言い合う様子は、それらの言う『ヒトの街』となんら変わることのない喧騒だった。
けれど当事者たちは己のことを棚にあげ、あるいは気付かずに、好き勝手にあれこれとまくしたてる。
「だいたい夜焚だって、最後は厭んなっちゃってたじゃん。帰ろうよって言い出したのはあんたなのよ」
「仕方ないじゃないか。向こうはなんだか楽しそうにしてるのに、ぼくらったらそれをただ見てることしかできなくてさ。一緒に遊べたらよかったのに」
「だめにきまってるじゃない」
「それはだめよ」
「うん、だめ」
「許されない」
「わかってるよ、だから帰ろうって言ったんだろ……」
四つの否定を重ねられたそれは、拗ねたように唇を尖らせる。
「……でも」
ただ、直後。
四番めに否定を発したものが、眼下の集団を見遣りながら言った。
「エルフはともかく、クー・シーとアルラウネとは是非、話をしてみたいね。だってあれらは、ぼくらの親戚みたいなものじゃないか」
興味深そうに。
同時に、少しばかりの親しみを込めて。
「もう、鵲の悪い癖よ? すぐそうやってなんにでも興味を持つ」
「おや、花筏。ではきみは興味がないと? クー・シーなんてここいらにはいないから、滅多に見られるものじゃないだろう? アルラウネに至ってはもっとさ。あんな存在、そうそう発生するものじゃない」
「それは……そう……だけど」
「あーあ。鵲はともかく、花筏もなんだかんだで好奇心旺盛だもんね。厭だわほんとに」
「そう言う霧雨は、意外に臆病だもんね」
「……っ、そんなんじゃないわよ! わたしはあんなのに興味がないだけだもん」
「うん、わたしも霧雨と一緒で、ちょっと怖いなあ……」
「ちょっと孔雀!? わたしは怖くないって言ってるでしょ!」
「ふむ……ねえ夜焚。あのクー・シーとアルラウネ、あるいは……ぼくらのことが見えたりはしないのかな」
「え、ぼくに尋いてんの?」
ぼんやりと言い合いを眺めていたひとつが不意に問われ、目を丸くし、
「だってきみと霧雨は、ヒトの街に行ったことがあるのだろう? ぼくらよりは遥かに、現世のことがわかっているんじゃないかい?」
「ヒトの街にもクー・シーやアルラウネはいなかったよ、残念だけどさ」
肩をすくめて、それは答える。
「先々代の『夜焚』は南の谷にいたはずだから、その時にクー・シーくらいは見たことあるはずだけど……覚えてるはずもないし」
「そもそも、クー・シーもアルラウネも、わたしたちに近いといってもあくまで現世の肉でしょう? 無理なんじゃないかしら」
「ふむ。花筏がそう言うならそうなのかもしれない」
「あ、でも……」
「どうしたんだい? 孔雀」
ぽつりと漏れたその言葉に、全員が顔を向けて。
怖ず怖ずとしながら、それは言う。
「もし……お話ができて、仲良くなれるのなら。いいなって思う」
「……だね」
「そうだなあ!」
「ふむ、それはもちろんだ」
「ふん、わたしはどうだっていいわ」
四つの肯定は、それらの間に流れる空気を優しくさせた。
「なんにせよ、王さまと女王さま次第だね」
「うん、ぼくらはそれに従うほかないもん」
「どうする? 一度、報告に戻る?」
「なにを報告するの? やつら今のところ、害がある訳じゃないんでしょ?」
「だからそれを報告するんじゃないか」
「そうそう。害があるかどうかを決めるのは、王さまと女王さまだよ」
「わ、わたしはまだ少し、あのヒトたちを見てたい……かな」
「わたしは早く、結論が出て欲しい。なんだか落ち着かないから」
それぞれの意見がひと通り出たところで、話をまとめるものがいる。
「よし、じゃあこうしよう。孔雀と夜焚、花筏。きみたちみっつで報告に向かってくれ。できるだけ公平に、冷静に、見たまま感じたままをそれぞれの言葉で申し述べるんだ。ぼくと霧雨はここに残って追跡を続ける。それでいいかい?」
「うん、わかった」
「りょーかい」
「わかった」
と報告役のみっつが言い、
「わたしが居残りなの? 面倒ね……あんたとふたつきりってのがまた気が滅入るわ、鵲」
「きみならそう言うと思ったよ、霧雨」
と監視役のふたつが軽口を叩き合う。
※※※
——そうして。
いつつのそれらは二手に分かれ、片方は『▇▇▇▇』に戻り、もう片方は蜥車の追跡を続行する。
『▇▇▇▇』のある——いや、それらの生きる▇▇▇域は▇▇に在る。現世から▇▇は見ることも触れることも能わず、▇▇から現世は見ることはできても触れることを許されない。
伝承、畏怖、信仰。そういった無意識下の概念がふたつの階層をかろうじて繋げているが、その細く脆い糸を現世に渡る橋として紡ぐことのできるのは、▇▇を統べる王と女王のみ。ただ王と女王は思慮深く慎重で、容易に首を縦には振らないだろう。戻ってきたみっつがどのような報告をしても、糸を撚ることはあり得ない。
その糸車が回る——回さざるを得なくなってしまうのは、もう少し先のことだ。
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