野営も楽しいよね
『虚の森』は世界有数の危険地帯なので、ぼんやり歩いていると襲われる。
普通に考えたらなにぼんやり歩いてるんだよって感じなんだろうけど、ただしそこはそれ、僕らはどこから奇襲を受けても初撃を防ぐことができる強みがある。そうなると『襲われる』は『獲物が向こうからやってきた』に早変わりするのだった。
——と、いう訳で。
ぽやぽや森で佇む僕を囮に、身を隠したショコラが仕留めるという戦法によって、本日の夕食はあっさりと捕まった。
足の爪先が槍のように尖った鳥である。鶏ほどの大きさをしたそいつは『棘鶫』というそうだ。
「鶫なの? こんなでかいのに」
「ん。肉の味も鶫とだいたい同じ」
「森の外にも生息してるけど、高級食材よ。見ての通り、爪を武器に襲いかかってくる危険な鳥だし」
「ショコラは器用にやっつけてたよ。爪の届かない背後から、ひと思いに首をパキ、って」
「わうっ! くぅーん」
帰ってきた僕らはそのように出迎えられつつ、日が暮れてもしばらくは進み——やがて停留するのにいい感じの平地が見付かったので、そこを今夜の野営地とする。
既に眠そうなミントは、あくびをしながらポチの横に根を張った。
「おやすみなさい。今夜はお母さんが夜警で隣にいますからね」
「おかさん、いっしょ? えへへー」
母さんに頭を撫でられながら葉を閉じていく。いつものことながら不思議な光景だ。……蕾のフォルムも丸っこくて可愛らしいんだよね、ミント。
そこから少し離れたところで、僕は晩ご飯の支度を始めていた。
すっかり太陽の沈んだ暗がりでの料理は、いつもと違ってなんだか楽しい。もちろん家のように手の込んだものは作れないが、それだけに工夫のしがいもあるし、野外ならではの調理法を試せる。
今夜は、アースオーブンによる鳥の蒸し焼きだ。
まずは棘鶫の羽根をむしって首と足先を切り落とし、それから内臓を抜いて丸鳥にする。これはもう既に済ませてあり、僕らの食べない部分はミントの足元に埋められていた。
なお内臓のうち食べられる部位——レバーやハツ、砂肝などは野菜と煮込んで冷まし、ショコラのご飯となる。
丸鳥には塩をしっかり塗り込み、ついでにお腹に根菜や芋、先日カレンが採ってくれたスモモを詰めてから、アク抜きしたフキの葉っぱで包む。
それから地面に穴を掘り、穴の底に焼けた石を並べ、食材を中へ。更にその周囲と上にも焼き石を敷き詰め、上から土を被せてあとは三時間ほど放置しておけばいい。
ペルーに伝わる『パチャマンカ』と呼ばれる調理法——日本にいた頃に動画で見かけて、いつかやってみたいなと思っていたやつである。
「とはいえ、カレンと母さんのお陰でサバイバルのきついところが完全にスキップされるんだよね……」
綺麗な水はカレンが出してくれるし、焚き火も母さんとカレンの共同作業でスムーズ。母さんの業火によりあっという間に焼け石もできる。
「でもあっちの世界では、魔術に頼らず火を着けられる道具があるんでしょう?」
「ん、それに、ペットボトルもすごい。あんなに効率的に水を持ち運べる手段はない」
「まあ、言われてみれば確かに。……どっちが便利、って訳でもないのかなあ」
「お母さんたちからしてみれば、家にあるコンロなんかもすごく不思議だわ。火を使わないのに煮炊きができるなんて、聞いたこともないし」
「魔術と電気を比べたら、電気のほうが万能に見える」
「代わりに、使うためにはインフラが必要だ。あの電気は、大規模な設備とたくさんの人たちの努力によって供給されているものだから。……あの家に電気が来てるのは、そもそも僕のチートだしね」
焚き火で沸かしたお茶を飲みながら、つらつらとそんなことを話す。
やがて夜が更け、ショコラが丸くなりポチも眠りに就いた頃——ようやく棘鶫が仕上がった。
土を掘り返し、石をどけ、フキの葉を開くと、野趣溢れる香りが広がる。
「ん、いい匂い」
「しっかり火が通っているみたいね」
「じゃあ、食べようか」
鳥の各部を切り分けつつ、中の詰め物を取り分けつつ。
いただきます、と。
僕らは思い思いの部位に、かぶりつく。
「ん〜〜〜!」
カレンが頬を緩めながらもじもじし、
「美味しいわねえ」
母さんがしみじみと深く頷き、
「よかった、成功だ」
僕はほっと胸を撫で下ろした。
初めての調理法だったから不安だったけど、上手くできている。
棘鶫の肉は淡白な味わいで、長時間かけての蒸し焼きにしたのが功を奏したようだ。しっとりと柔らかく、適度な歯応えがあった。フキの葉の香りが肉に移っており、それがいい風味付けにもなっている。
お腹に詰めた根菜や芋には肉の脂が染み込んでおり、火の通り具合も頃合い。なにより、スモモがいい仕事をしていた。果汁が内側から肉に浸透して甘酸っぱいソースとなり、あっさりした肉に彩りを与えてくれている。
蒸しあがったスモモの果実はそれ単体でも美味しいし、潰して肉と一緒に食べてもいい。こんな野生的な料理なのに、上品な味わいだった。
三人で食欲の赴くままに齧りつく。手を汚しながら遠慮なく、作法なんて必要ない。やがてほとんどがみんなの胃袋に納まって、
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「お粗末さまでした。こういうのもたまにはいいね」
「私はたまにじゃなくて明日も食べたいくらい」
ふうと息を吐き、空を見上げる。
「明日は、もう着いちゃうからなあ」
「スイくん、お魚のこと考えてるでしょ?」
「ばれてる……楽しみなんだよね、実際」
「ん、私はもう昆布も平気になった。なんでもどんとこい」
「本当? 海の幸ってもっといろいろあるんだよ?」
ナマコとかカメノテとか、獲れるなら試してみたいんだよね……。
※※※
「さて。じゃあ、夜警はお母さんに任せて、あなたたちはそろそろ寝なさい。いつまでも騒がしくしてたらミントたちを起こしちゃうわ」
母さんに言われ、土で手の油を拭ってから洗い流す。
木の棒で歯を磨き、口をゆすぐ。
そうしてワゴンの中に入って——枕を置いて毛布とともに、横になった。
荷物で囲まれているとはいえ蜥車の中は広く、ふたりが並んで手足を伸ばす余裕は充分だ。
けれどカレンは、僕と同じ毛布に潜り込んでくる。
「ん。あったかい」
「ちょっと、カレンさん?」
「むぎゅー」
「……まあいいか」
僕の胸に埋まってくる体温は、鼓動とともに僕をどきどきさせる。
そして同時に——愛おしさで、心を満たしてくれる。
夏も終わり近くになると、森の夜は少し肌寒い。
だから僕もカレンの背中に腕を回し、自分の体温を相手に委ねた。
子供の頃も、よくこうしてふたりでお昼寝してたっけ。
ぼんやりと思い出す懐かしさに頬を緩めながら、意識は微睡みに落ちていった。