久しぶりに遊びに行こう
「日用品と着替えは積んだ?」
「ん、だいじょぶ」
「食糧はオッケーかな?」
「いっぱい、あるー!」
「お土産は足りてそう?」
「これだけあれば充分よ」
「戸締り、よし」
「わうっ!」
「ハーネスの固定、よし」
「きゅるるっ!」
「じゃあ、出発しますか」
そんなこんなで、晩夏のある日。
僕らは、竜族の里へと遊びに行くことにした。
ミントにまつわる騒動が起きた時、ジ・リズには随分と助けてもらった。そのお礼を込めてというのもあるが、なにより、
「みねおるく! じねす! いっぱいあそぶ!!」
子ドラゴンたちとまた会いたいミントと、
「きゅるるるるっ! きゅう!」
久しぶりに蜥車を輓きたくて仕方ないポチに楽しんでもらいたかった。
「ぽち、すごいね! ぐいぐいってすすむ!」
「きゅるっ!」
満載にしたワゴンを苦もなく、むしろ張り切って牽引するポチ。その背にまたがって足をばたつかせるミント。
この子にとって、蜥車で外出するのは初めての経験だ。前回はジ・リズに乗せてもらっての空路だったし。
「そういえば、刀牙虎の親子はだいじょぶ?」
手綱を握るカレンが、思い出したように僕へ問う。
「留守中に肉を持ってこられたら、申し訳ない」
「それ、僕も思ったけど……なんかさっき、ショコラが遠吠えしてたんだよね。あれってひょっとして、あいつらへの合図なのかな」
「わうっ!」
蜥車に随伴して歩きながら、肯定するようにひと鳴きするショコラ。すると僕らの横手、木々の奥からのっそりと——話題にしていた相手が姿を現した。
「噂をすれば。見送りにきてくれたのか……?」
ぐるるる、と喉を鳴らす母猫。
子猫を連れておらず、ひとりだ。
「わん!」
ぐるるる。
ショコラがなにごとかを伝え、刀牙虎と軽く額を擦り合わせる。
話をしてるのだろうか……。
「僕らはしばらく留守にするよ。危なくなったら軒先は使っていいからな」
僕からも声をかけて手を振ると、刀牙虎はくるりと踵を返して森の奥へと去っていく。
「伝わったのかな……ネコ科っていまいち、コミュニケーションが取れてるかの自信がないんだよね」
「ん、だいじょぶそうだった。……たぶん」
もちろん言葉が通じているはずもないが、一家揃って出かけている光景を見たのだ。帰宅の気配がするまで、家に誰もいないことは理解できるだろう。
「まあ、よかった。今回の外出はちょっと長くなりそうだしね」
旅程が片道三日なのに加え、一週間ほど滞在する予定だ。
「行って帰ったら、夏が終わってるかもしれないわねえ」
ワゴンの中で足を伸ばし、本を読みながら、母さんがのんびりと言う。
「森の中で、秋の味覚って採れるかな。果物とか」
「カレンなら詳しいんじゃないかしら。あなた、よく森の木を調べてるわよね?」
「ん。柘榴、木通、山葡萄は生えてるのを確認してる。魔力が濃いから、きっと生育もいい」
「それは楽しみだ」
どれも、日本じゃ気軽にスーパーで買えないやつばかり。
ザクロはジュースがあったし、アケビはたまに並んでたけど、ヤマブドウなんかは僕も食べたことがないや。
「あ、果物で思い出した」
などと言っていると、ふとカレンがきょろきょろと周囲を見渡す。
「ん、間違いない、この辺……。スイ、代わって。ちょっと行ってくる」
そうして僕に手綱を預け、ひょいっとワゴンから飛び降りた。
「いや行ってくるって、どこに」
入れ替わりで御者台に腰掛けた僕は、彼女が去っていった方を見遣る。鬱蒼とした茂みが邪魔して、もう姿は見えない。まあ心配はしていないし車も止めないけど、せめて目的くらいは言ってほしいよね……。
やがて、数分の後。
しゅたっ、と——木を伝ってきたのだろう、上空からカレンが蜥車の横へ飛び降りてくる。マントの裾を両手で袋状にして、中になにやらいっぱい入れての帰還だった。
「あ、かれん。おかえり!」
「ただいま、ミント。はいこれ」
ワゴンに乗るなり、そのひとつをひょいっと放る。絶妙なコントロールでミントの胸元に落ちたそれは、
「わあ、すもも!」
よく熟れた赤い果実だった。
「それ、採りに行ってたの?」
「ん、前から目をつけてた。思い出せてよかった」
言いながら僕に、それから母さんにも渡してくる。
「あら、ありがとう。よく残ってたわね」
「もう半分以上は虫とか鳥にやられてた」
「だったら運が良かったのね。帰る頃には全滅してたでしょうし」
母さんは本を脇に置き、服でごしごしとスモモを擦ってかぶりつく。
「美味しい。味が濃いわ」
外ではミントもしゃくしゃくと、たぶん今年最後になるだろう夏の果実を味わっていた。口の周りも両手も果汁で汚しながら、夢中になって頬張る。
「うー! おいし! ぽちは、たべる?」
「きゅるっ……」
わずかに頭上を見上げてから、ついと目を逸らすポチ。
「たべない? しょこらは?」
「くーん」
ショコラも小首を傾げるのみ。
「ショコラもポチも、自分の分をミントにくれるって」
「いいの? むふー! ありがと、ぽち、しょこら」
まあ実際のところ、ふたりにとっては『食べ物じゃない』が正解なんだろう。
地球だと、スモモは犬に決して与えてはいけないもののひとつだ。ショコラは犬ではなく妖精犬で、食べられるものも普通の犬よりずっと多いが、スモモはそこに含まれないらしい。
「というかふたりとも、自分でちゃんと見分けがつけられるから偉いなあ」
「ん。でも私たちだけはずるいから、なにかあげよう」
「そうだね。……ショコラ!」
僕は荷物の中からドッグフードの箱を探し、何粒か取り出し、放る。
「わうっ!! はぐっ」
瞬時に反応したショコラは華麗にジャンプ。放物線を描くおやつを見事にぱくりとキャッチした。
「わあ。しょこら、じょーず!」
「ポチは……今は車を輓くのが楽しいみたいだね」
「きゅるるぅ」
「休憩の時にサラダかな」
「きゅるるっ!」
前人未到の『虚の森』、深奥部だろうと、僕らハタノ家にとっては関係ない。竜の背に乗って空を翔けるのと同じくらい、ポチに引っ張られて森を進むのはわくわくする。
「急がず行こう。久しぶりの旅行だしね」
木々に遮られて夏の陽射しは柔らかく、木陰に冷やされて風は爽やかだ。
僕は手綱を緩めつつ、カレンからもらったスモモを齧る。
よく熟れた実は甘く、皮目の酸っぱさと入り混じって、僕の頬を綻ばせた。