そろそろ夏が終わるらしい
地球の暦だと、たぶんお盆が過ぎたくらいになる。
こちらの世界とあちらの世界はおおむね時間周期が同一なようだが、季節感はだいぶ異なっている。下手したら十一月頃まで暑さの続いていた日本と違い、あと二、三週間もすればちゃんと秋が来るそうだ。……いや、日本の方がおかしかったのか? 普通もう九月っていったら秋だよね。
ともあれそうなると落葉樹は色付き始め、果実が連なり獣は肥え太る。いわゆる恵みの秋ってやつだ。実はうちの畑にもサツマイモを植えている。もう少し経てば収穫できるようになるから、密かに楽しみだ。
「向こうの世界のお芋、どんな味なの?」
「こっちに同じやつがあるかもしれない。皮が赤くて身が黄色っぽくて、火を通すと甘くなるんだけど」
「んー……少なくとも私は聞いたことがない。楽しみ」
さて、そんな昼下がりである。
居間のソファーに腰掛けてお茶を飲みながら、カレンが僕へ微笑みかけた。
僕はクッキーを摘みつつ、そういえばお菓子にもできるなと思案する。
「西の共和国に、似たようなお芋があるはずよ」
洗濯物を畳み終えた母さんが冷蔵庫を開けながら教えてくれた。
「でもたぶん、日本のものの方が美味しいんでしょうね」
「品種改良されてるからなあ」
倉庫の片隅に保管されていた種芋を発見したのは、実は転移してからふた月ほど経ってからだ。
農具や肥料に隠れ、しかも新聞紙に包まれていたのでずっと気付かなかった。確かに種芋の保存方法としては正しいのだけど、こんな奥の方に仕舞わなくてもと父さんの墓前に苦情を述べた。慌てて苗を作り畑に埋めたよ。あのまま放置してたら腐ってたはずで、危ういところだ。
なお、それを機会に倉庫の中身をすべて出し、総ざらいに物資を点検したのは言うまでもない。すると種芋の他にも、ちょいちょい細々としたやつが新たに発見されることとなったのだった。
「日本ではね、秋になると、枯葉を集めて焚き火をするんだ。で、それにサツマイモを放り込んで焼く」
「あっちで、お父さんとしてたの?」
「いや、暮らしてた家には木が生えてなかったから、子供会のイベントとかでしか経験はないんだ。でも、秋になるとサツマイモは食卓に並べてたな」
蒸したり、天ぷらにしたり、あとは大学芋とか。
「楽しみだわ。同じお料理、お母さんたちにも食べさせてね?」
「もちろん」
コップに麦茶を注いだ母さんがソファーに座る。そういえば、そろそろ麦茶って季節でもなくなるな。……うちのやつ、『食糧庫』の物資にあった水出しパックだからずっと飲んでてもまあいいんだけども。
秋から冬にかけてはコーヒーが飲みたい。確か『雲雀亭』のメニューにあった気がするから、今度トモエさんに売ってもらえないか聞いてみよう。
などと考えていると、母さんが不意に言った。
「そういえばあなたたち、いつになったら寝室をひとつにするの?」
「……ぶふっ!?」
クッキーが
のどに
つまったぞ!
「ごほっ! なにを、いきなり……」
「いい雰囲気になったなって思ったのに、ずっと別々に寝起きしてるんだもの。どうなってるのよ、カレン」
「……私に聞かないで」
「あらまあ、耳まで真っ赤にしちゃって」
にやにやと笑みを浮かべる母さん。そしてカレンもなんで照れてるんだ。というか、再会してからずっとぐいぐい来てたのに、なんというか、あの日から急に奥ゆかしくなったというか……。
「母さん? 子供のそういうのに親が口を出すもんじゃないよ?」
「いいじゃない、少しくらい。親の楽しみよ」
「父さんがいたら止め……いや、止めてない気がするぞ……」
「そうねえ。家具を早く移動させようって息巻いていたかもしれないわ」
お揃いのブレスレットを用意していたくらいだ。絶対に母さんとふたりでにやにやしていたに決まってる。
「とにかく、そういうのはまだ! 僕とカレンはもうちょっとこう、落ち着いた感じにいくの!」
「そうなの? カレン」
「だから私に聞かないで……!」
頬を染めて俯くカレンの仕草に新鮮なものを感じて、ああ可愛いな、なんて思ってしまい、僕も無意識に頬を熱くして——、
「わんわん!」
その時、庭から聞こえてきたショコラの声は、僕らにとって助け舟だった。
「どうした?」
確かミントと遊んでいたはずだ。吠え方からして威嚇や警戒ではないと思うけど。
「なにかあった? ……って、お前たちか」
掃き出し窓を開けると、庭——門のところに、サーベルタイガーがのっそりと立っている。みいみい鳴く子猫を三匹連れたそいつは、この前、僕が助けた刀牙虎だ。
あれからしばらくは牧場の隅で休んでいたのだが、ある朝ふらっと消えていた。ただそれで縁を切ったつもりはないようで、こうして時折、家の前に現れる。
……お土産を持って。
「まったく。気を遣わなくていいのに」
親子の前に置いてあるのは、トゥリヘンドの死体が三羽。
狩って、僕らへ持ってきてくれたのだ。
サンダルを履いて庭に出る。
「わうっ!」
ぐるるるる——と喉を鳴らす刀牙虎に応えるショコラと、
「にゃんこ、きた! えへへ、かあいいねえ!」
みいみいみい——と鳴く子猫たちの前にしゃがんでにこにこするミント。
「意思疎通できてんのかな……まあいいや」
せっかくだし、傷の具合を見ておこう。
母猫——猫じゃなくて虎、それもサーベルタイガーなんだけど、もう僕の中では猫である——の横に回り、毛並みを掻き分けて肌の調子を確認する。
当然ながら包帯はもうなく、傷口もあらかた塞がっている。
膿んで腐った部分もあったから完全に元通りとはいかず、引きつれた痕が残ってしまっているが、動くのに支障もないだろう。
「もう大丈夫そうだ。あと、ありがとうなこれ。ただ三羽はもらいすぎだ」
三羽のうち一羽を手に取り、残り二羽を母猫の前に置き直す。
「わうわう!」
ショコラが吠えると、そのトゥリヘンドをがぶりと咥えて立ち上がった。
ぐるる、と喉を鳴らし、のっそりと踵を返す刀牙虎の一家。
その後ろ姿に向かって、僕は声をかける。
「もし危なくなったら、この家に逃げてこい。変異種も手出しできないから」
通じているのかいないのか——森の中へ消えながら、母猫が微かにこっちを振り向いて一瞥をくれた。
「すっかりご近所さんねえ」
「ん。この近くに巣を作ったみたい」
「まあ、獲物の取り合いになるほど食糧難な訳じゃないし、いっか」
「みんと、にゃんこたち、すき! ともだちなった!」
「そっか。じゃあ将来、あいつらが大きくなったらライドオンさせてもらえるかもね」
「にゃんこ、おっきくなるの? あのおかーしゃんみたいになるの?」
「うん、牙が伸びて強くなると思うよ」
「みんとも、きば、のびる?」
「それはやめてほしいかなあ……」
下手に肯定すると本当に伸ばしかねない。
「ん、ミントはこのまま、無理せずすくすく育つといい」
「すくすくー!」
カレンがミントを抱えあげる。
きゃっきゃとはしゃぐミントとそれをだっこするカレンを見ながら、母さんが僕へと耳打ちした。
「スイくん。子は鎹よ。あっち行ってミントと一緒にカレンと仲良くしなさい。その肉はお母さんが持っててあげるから」
「その諺、父さんから教わったんでしょ……?」
余計な世話を回す母親に眉をしかめながら、僕は苦笑する。
今夜はこのトゥリヘンドで、なにを作ろうかな。