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「いちばん大切な人にあげなさい」

 シデラの街はもうすっかり夏まっさかりで、森の涼しい気候に慣れていると歩くだけで汗ばんでくる。


 日本の夏に鍛えられた僕やショコラはともかく、カレンは途中からずっと「暑い」「かき氷食べたい」「帰りたい」と愚痴をこぼしていた。ともあれ——用事を手早く済ませた僕らは、ジ・リズに乗って森へと帰宅する。


 そうして、空の旅を一時間半ほど。

 我が家へと辿り着き、庭へふわりと降りたったその背から、僕らは飛び降りる。


「ありがとう。特にここ最近はすごい勢いで飛んでもらっちゃって」

「なにを言う。ミントの役に立てたのだから、(わし)が感謝しているくらいだ。(つの)も下を向くってもんよ。……それに、ヒトの都に行くなど何百年ぶりだかだったしなあ。珍しい体験をした」


「王宮の中庭に降りたんだって?」

(おう)。貴族連中が特に傑作だったぞ。この世の終わりみたいな顔をしとった」


 王都がいかに大騒ぎとなったかは想像に難くない。ただ、当のジ・リズは悪戯っぽく笑うのみだし、母さんは母さんで「夢中だったからよく覚えてないわ」と言っていたけれど——まあ、家族の非常事態だったし、勘弁してもらおう。


「なんにせよ、平穏に戻って儂も安心した。……近いうちに、みなで里に来るがいい。歓待しよう」

「うん、是非」


 言うと再び翼をはためかせ舞い上がり、あっという間に北へと飛んでいく。あちらの家族にもけっこうご無沙汰してしまっている。心配もかけただろうから、お詫びがてら顔を見に行かないとな。


 買ってきた荷物を家の中に置いたのち、僕らは牧場へと向かった。そこでは留守番していたみんな——母さんにミント、ポチが、和気藹々(わきあいあい)と遊んでいた。


「うー、おかえり!!」


 僕らに気付いたミントが真っ先に、ポチの背からひょいっと飛び降り、すごい速さで駆けてくる。しゃがんで身構えたカレンに飛びつき、そのまま背中へ。


「ただいま、ミント。なにして遊んでたの?」

「ふふん、あそんでないよ。おべんきょだよ!」

「なんのお勉強してたの?」

「まじつ! おかさんと、まじつのおべんきょ!」


『おかさん』——母さんが、「おかえりなさい」と僕らを出迎えながら笑う。


「属性の使い方を少しね。スイくんの言った通り、以前よりも魔導が洗練されてるわ。属性相剋(そうこく)……いえ、魔導混線が治ってから、魔力の巡りがかなり良くなってるみたい」

「ん。ミントの魔力、すごく元気になった。いいこと」


「しょこら、おかえり! しょこらもかれんにらいどおんする?」

「わう……」


 それはさすがにちょっと、みたいに首を傾げるショコラ。


「だるま落としみたいになるからやめようね」

「だろまおとし? なに?」

「おもちゃだよ。今度作ってあげる」


 ——今のミントの腕力なら、僕の背丈くらいのやつでも問題なくやれそうだ。


「でもね、今度じゃないお土産があるよ」


 僕は微笑みながら、傍らに抱えていた包みをミントに見せる。


「おみやげ?」

「うん。さっきまでね、これを取りにシデラヘ行ってたんだ」



※※※



 前々から、ノビィウームさんに発注していたものがあった。

 僕の包丁——『神無(かんなぎ)』とは別のものだ。


 希少な素材が必要だったから包丁の完成よりも遅くなってしまったが、材料さえ調達できれば加工は早い。

 できたという連絡を昨夜にもらい、今日、最後の仕上げと受け取りに行ってきた。


「ミント、それからポチ。おいで」

「うー?」

「きゅるるっ」


 ミントがカレンの後頭部から降り、ポチがのそのそとこっちへやってくる。


「ふたりにね、プレゼントがあるんだ」


 包みから出したのは、銀色のアクセサリー。

 首飾り(ネックレス)と、足環(アンクレット)だ。


「ポチ、前脚を上げて。そうそう」


 まずはポチにアンクレットを着ける。

 太い足首を飾るそれには、疲労回復を助ける術式が込められている。


「それからミント。後ろを向いて? うん……これでよし」


 次いで、ミントにネックレスを。

 こちらには魔力の巡りを正常に保つ術式を付与した。


「きゅるるる!」

「きれい!」


 それは高純度の魔導銀(ミスリル)を鎖に使い、飾りには翡翠(ジェイド)紫尖晶石(パープルスピネル)黒金剛石(ブラックダイヤ)などをあしらったアクセサリー。

 僕の魔力をたっぷりと込めた特別製で、外見はもちろん、


「これ、おなじ! おかさんと、しょこらと、かれんと……すいのと、おなじ!」

「うん。デザインを合わせてもらった。僕からふたりへの、()()()()だ」


 母さんの指輪。

 ショコラの首飾り。

 そして。

 カレンと僕の手首に巻かれたブレスレットに、似せた意匠の——。


 あの夜。

 僕はカレンから、ブレスレットを受け取った。

 父さんがカレンのために遺してくれた、ふたつでひと揃いの腕輪だ。


 ——きみのいちばん大切な人にあげなさい。


 カレンは、そして僕は。

 メッセージビデオのあの言葉をようやく、果たすことができたんだ。


「ポチ、これからもワゴンを元気いっぱいに引いてくれな。それ以外の時はのんびり暮らしつつ、僕らと遊んでね」

「きゅるるる! きゅるるっ!」


「ミント。生まれてきてくれてありがとう。僕らの家族になってくれてありがとう。この先もずっと、どうか健やかに」

「うー! みんと、みんなといっしょなら、ずっとげんき!」


 ポチが鼻先を寄せてくる。

 ミントが腰に飛びついてくる。


 母さんはこっそり目尻を拭いながら、優しげに微笑んだ。

 ショコラはぴょんぴょん跳ねながら、僕らの周りを元気よく走る。

 カレンが僕の背に手を置き、そっと身体を寄せてきた。


 庭の花畑から、夏の風に乗って甘い香りが漂ってくる。

 家族七人。いろいろあったけど、これからもよろしくね。

 第四章『幼い思い出と銀の腕輪』でした。

(自画自賛になりますが)会心の出来になったと思います。

 楽しんでいただけたら幸いです。

 

 次回からは第五章です。

『フェアリーテイル』と題してお送りします。

 あらすじに書かれていたのに今まで気配もなかった新しいご近所さんとの出会いがありつつ、三章と四章でシリアスな雰囲気が続いたので、次回は少し気楽に、スローライフ成分を多めにいきたいなと思っております。

 どうか引き続き、ハタノ家にお付き合いください。


 また、もしよかったらブックマークや評価などよろしくお願いします!

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