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母さんも思い出深そうに

「ノアップが来たの? それは大変だったわねえ」


 そうしてなんやかんやで用事を済ませて家に戻り——。

 今日のことを母さんに報告すると、第一声はそれであった。


 日は傾いて、そろそろ夕刻。

 もう少ししたら食事の支度を始めようかという頃合いで、初夏ののどかなそよ風が心地いい。まだクーラーは必要なく、だから掃き出し窓を開けて縁側から外気を入れていた。


 庭ではいつものようにミントとショコラが戯れていて、その横でポチが四肢を畳んでくつろいでいる。


「しょこら! つぎ、うえ!」

「わふっ」


 ミントがボールを、ぽーん、と上空に蹴った。

 たぁん、とショコラが垂直ジャンプ。ボールが最高到達点に達したあたりで、見事に咥えてそのまま着地する。


「やった! すごい、すごい!」

「わうっ!」


 ボールはちょっと前、シデラの街で見かけ、買ってみたものだ。


 日本でいうところのソフトボールくらいの大きさで、弾力性のある芯材が革で巻かれてある。どういう球技に用いるものなのか実はいまいちわかっていないんだけど、遊び道具としてミントに渡したら、投げたり蹴ったりショコラにキャッチさせたりと大喜びである。


 ちなみに勢いあまって庭の外に飛んでいってしまっても、ショコラがちゃんと見付けてくるので安心だ。


 庭で遊ぶ我が子たちの様子を眺めながら、母さんは続ける。


「ノアップか……。あの子、両親に似てるんだか似てないんだか。人のいいところは父親似だし、勘のいいところは母親似だけど、両方ともあんなに暑苦しい性格はしていないのよね。でも見てると、ああふたりの子供だな、って思うわ」


「母さんのこと、魔導の師匠って言ってたよ」

「そんなたいしたものじゃないわ。属性が似ていたから少し教えただけ」

「火と水?」

「ええ、私みたいに相剋(そうこく)はしてなかったけれど。水を基礎(メイン)に火が混じっているのはね、世間では()()扱いなのよ」


 母さんは、ほんの少し険しい目をした。


「昔に比べてだいぶ掃除したとはいえ、くだらない連中はまだまだ残っているわ。特に王宮の中なんかには。だからちょっと、見ていられなくてね」


 その口振りから、子供時代のノアくんがどんな境遇にあったか、そしてどんな思いをしていたかがなんとはなしに窺えた。


 彼に対する僕の印象は、快活というか、豪快というか、大雑把というか——まあ、愉快な人って感じで。だけどあの性格が(はぐく)まれていく中に、僕の想像できない逆境があったのかもしれない。


「まあ、詳しくは本人に教えてもらうといいわ。私はたいしたことはしていないし」

「それでも、母さんのことを慕ってたみたいだったよ」


 そう、と。

 母さんは微笑んだ。


「家を買うって言い始めた時はほんとびっくりしたけどさ」

「ん、だいじょぶ。ふたりは冒険者としてだいぶ稼いでる。実力も高い。ノアップ殿下もパルケルも『賢者』」


 カレンが湯呑みを傾けながら言う。


『賢者』とは魔導士に与えられる称号のひとつだそうだ。

 最上位である『魔女』のひとつ下。僕の周りが『魔女』だらけでいまいちピンと来ないが、『賢者』ですら大陸を見渡しても五十人ほどしかいないらしい。


 ちなみに称号の段階は五つあって、上から『魔女』『賢者』『巫覡(ふげき)』『八卦見(はっけみ)』『祭司』。社会的地位はそれぞれが(こう)(こう)(はく)()(だん)の爵位に準じており、『魔女』の称号を持つ母さんたちは、国から公爵と同等の扱いを受ける。


 もちろん称号なので実権がある訳ではないが——それでも『賢者』は侯爵と同じくらいの地位だと言われれば、ノアくんも相当すごい。


「あら、パルケルはこの前『魔女』に昇格したじゃない」


 母さんの言葉に、カレンはきょとんとした。


「えっ?」

「えっ、じゃないわよ。あなた、推薦人にならなかったの?」

「なってない。知らない。パルケル、なにも言ってこなかった……」


 がーんとショックを受けるカレン。

 それとは裏腹に、母さんは感心した様子だった。

 

「なるほど。じゃああの子、知己(ちき)に頼らなかったのね。たいしたものだわ」

「ヴィオレさまも推薦してないの?」

「ええ。伯母さまもよ。この調子だと、獣人領にいる『魔女』にも頼ってないんじゃないかしら」


 魔導士が『魔女』の称号を得るための条件のひとつとして、三名以上の『魔女』に推薦をもらう必要があるそうだ。パルケルさんはこの票集めに、自分の伝手を用いなかったという。


「それって、顔見知りじゃない人に会いに行って、実力を認めさせたってこと?」

「ん、そういうことになる。パルケル……なかなかやる」


 カレンはちょっと嬉しそうだった。友人がわざわざ険しい道を突き進んだのが痛快だったのだろう。


「なんにせよ、家一軒ぽんと建てるくらいのお金は持ってるし、ふたりが拠点にするならシデラも相当潤うと思う。調査隊がこの家まで……はさすがに無理だと思うけど、中層部の深いところまでは行けるようになるかもしれない」

「ベルデさんたちも助かるのかな。それとも手を焼くかな?」


 ギルドでは対応に困っていたのは確かだけど。


「心配ない。きっと助かる」

「そっか」


 ふたりのことを知るカレンがそう言うなら、そうなのだろう。


 ノアくんとパルケルさん、ふたりのことに思いを馳せる。


 嵐みたいな人たちだった。初対面なのにいきなりずんずんと距離を詰められて、かと思えばこっちのことを置いてけぼり気味に暴走して。なんというか、つっこみが追いつかないようなタイプで。


 でも不思議と嫌じゃなかった。暴走しているようでいて、彼らは決して自儘(じまま)に振る舞っていた訳ではない。突っ走りながらも、ちゃんと僕を——僕らを見ていたように思える。


「次、シデラに行った時は、ふたりと会う時間を作ろうか」

「ん、それがいい。少しゆっくりと話をしてみよう」

「『雲雀亭(ひばりてい)』でお茶でも飲みながらかな」

「むー……結局、今日はケーキを食べ損ねた。あのふたりのせい。その責任は必ず取ってもらう」

「たかる気だ……」


「わうっ!」


 そんなことを話していると、ショコラがこっちにたったか走ってきた。

 背中にミントをライドオンさせながら、僕の目前でぴたっと止まる。


「ん、どうした?」

「すい! かれん! いっしょにあそぶー!」

「わう!」


「よし、じゃあなにしよっか」

「あれ! うごいたらだめなやつ! えっと……だろまさんがころす!」

「殺しちゃうのかあ……」


「ミント、少し違う。『だるまさんがころんだ』」

「だりまさんが、ころし……ころんだ!」

「ん、そう。よくできました」


 カレンが果てしなく甘い採点をくだし、ミントの頭を撫でる。

 ミントは「むふー」と鼻を鳴らしながらショコラから降り、カレンの手を握る。


「やる! はやくはやく!」


 庭に駆けていくミントたちを見ながら、僕はなんとなく思う。

 森の中の暮らしと同じように、森の外でも——新しい出会いがあり新しい経験ができるのは、きっと幸せなことなんだろうなって。


 あのふたりとの再会が、今から楽しみだ。

 ちょっと長くなりますがTIPS。

 魔導士の称号について。


『魔女』:世界で20人ほど

『賢者』:50人前後

巫覡(ふげき)』:100人程度

八卦見(はっけみ)』:500人くらい

『祭司』:1000人以上


 人数としては上記がだいたいの目安になります。


 なお、この場合の『世界』とは『ソルクス王国のある大陸を中心とした文化圏』が認識している『人類種の生息する範囲』であり、星をくまなく見渡せばまだ見ぬ大陸、そこに住む人々、未知の文化圏もあるかもしれません。


 また、魔導士というのは『魔術を使って活計(たつき)を立てている人』の総称で、割合としては人口の10人にひとりくらいのイメージ。

 世界の総人口は5000〜6000万人くらいを想定しています。なので魔導士の数は500万人程度でしょうか。

 つまり一般人目線だと、最下級の『祭司』すら5000人にひとりの逸材です。

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