悲しみを背負うもの
「中途半端!中途半端!」
九鬼の前に、下っぱ達が立ち塞がる。
しかし、九鬼は歩みを止めず、そのままのスピードを保ち、下っぱ達に向かって歩いていく。
「出来損ない!」
襲いかかってきた下っぱ達を、両腕の動きだけでいなしていく。
その動きは、合気道に近い。
相手のバランスを、少し崩してやるのだ。
下っぱ達を投げながら、九鬼の目は、真っ直ぐにダイヤモンドを見つめていた。
「馬鹿な!」
ブラックを殴り、倒れてもしつこく足を掴んでくるブルーの頭を踏みつけていた乙女ダイヤモンドは、下っぱ達が簡単に、蹴散らされていくのに気付いた。
五十人くらいいた下っぱ達は、全員…芝生の上に転がっていた。
立っている者は、九鬼以外いない。
「貴様!復活したのか!」
ダイヤモンドは九鬼が復活したことや、下っぱを全員倒したことよりも、
近づいてくる九鬼が、まったく息を乱していないことに、驚愕した。
「先程と…違う」
そして、明らかに別人のようなプレッシャーを感じ取っていた。
「九鬼…!」
ブルーは何とか顔を動かし…近づいて来る九鬼を見た。
「装着!」
九鬼は、銀色の乙女ケースを突きだした。
黒い光に包まれて、九鬼は乙女ブラックになったと思った刹那、
ダイヤモンドはふっ飛んだ。
一瞬にして、間合いを詰めた乙女ブラックは、膝を突きだし、ダイヤモンドをブルーから突き放したのだ。
「乙女ブラック…」
ブルーがそう見えたのも、束の間だった。
月に照らされて、乙女ブラックの姿が変わっていく。
まるで、酸化していたシルバーが、磨かれて…輝きを取り戻すように。
九鬼は、月に手を伸ばした。
「この世にある…すべての悲しみを背負いたい!すべての人の悲しみを背負う為に…一筋の涙になろう」
九鬼は突き上げた手を、前に出し、握り締めた。
「月夜の涙!乙女シルバー!参上!」
乙女シルバーとなった九鬼が、月明かりの下で、人々の涙を拭う為に今、戦う。
「乙女シルバー…」
殴られ、倒れたブラックがシルバーを見た。
「き、貴様が…乙女シルバーだとお!」
一瞬で、シルバーの前に来たダイヤモンドのパンチが、シルバーを貫いた。
「チッ」
ダイヤモンドは舌打ちした。
それは、シルバーの残像だった。
「ルナティックキック二式!」
シルバーは背中を折り曲げ、ブリッジの体勢から、全身をバネにして、ダイヤモンドの顎目掛けて、足を突きだした。
「ぐあっ!」
顎を突き上げられて、ダイヤモンドの体が中に舞う。
シルバーも両手を跳ね上げ、そのままジャンプすると、
ダイヤモンドの両脇に足を差し込み、ダイヤモンドの足を掴むと回転した。
「乙女ドライバー!」
ダイヤモンドの頭が、地面に激突した。
芝生を削り、首から上が突き刺さる。
シルバーは、すぐにダイヤモンドから離れると、とどめをささずに間合いを取った。
「凄い…」
何とか立ち上がったブルーは、シルバーを見て…感嘆した。
(す、すごい!)
冷静に、地面に突き刺さっているダイヤモンドを睨みながら、九鬼は心の中で感動していた。
(これが、乙女パワー!?)
男である九鬼は、ムーンエナジーで武装はできたが…身体中に曲がれるパワーを感じることができなかった。
しかし、乙女ガーディアンであるシルバーの装着者は、眼鏡の力で強制的に女に、体を変化することになる。
乙女ガーディアンの力を発揮できるのは、女だけだからだ。
九鬼は女になった体よりも、漲る力に驚愕していた。
(やれる!)
九鬼は確信した。
「なめるなよ!ガキが!」
地面から、顔を引き抜いたダイヤモンドは、すぐさま殴りかかってくる。
シルバーはフッと笑うと、無防備に両手を落とした。
「貴様!ノーガードは、乙女ダイヤモンドの特権ぞ!」
ダイヤモンドの拳が、シルバーを襲う。
シルバーは避けない。
誰もが、拳がヒットしたと思った瞬間!
シルバーの後ろで、背中から落ちたダイヤモンドの姿があった。
「何!?」
ダイヤモンドは、自分に起こったことが、信じられなかった。
「フン!」
シルバーは鼻を鳴らすと、ダイヤモンドに振り向いた。
「王者の拳か知らないが!そんなただ殴りかかるだけの攻撃が、あたしに通用するか!」
シルバーはまたノーガードで、ダイヤモンドの前に立つと、
「乙女ダイヤモンド…いや、結城先生!あたしと、あなたとでは、潜り抜けた修羅場の数が違う!」
凄んで見せた。
「く、潜り抜けた…修羅場が違うだとお!年下の高校生が!人生の先輩に向かって!」
ダイヤモンドはすぐに立ち上がると、常人では見ることのできない速さで、攻撃を繰り出してくる。
拳が、足が、見えない。
しかし、シルバーには当たらない。
「例え…速くても!」
シルバーは、足を払った。
バランスを崩し、ダイヤモンドが転ぶ。
「軌道が読み易い!単純だ!」
シルバーはいつのまにか、上空に飛び上がっていた。
「な!」
絶句するダイヤモンドに、向かってシルバーは叫んだ。
「月影キック!」
流星の如く、シルバーの蹴りが落ちてくる。
それは、光の速さだ。
「ぐあ!」
避ける時間もなく、月影キックを喰らったダイヤモンドはふっ飛んだ。
芝生の上に着地したシルバー。
「速さは、あたしの方が上だ」
スピードのブラックをさらに超えた速さを見せた…乙女シルバー!
しかし!
「ははは!」
ふっ飛んだダイヤモンドは、平然と立ち上がった。
「確かに、わたしの攻撃は、お前に当たらんようだ。スピードも上!だがしかし!」
ダイヤモンドは、両手を広げた。
月影キックが当たったところには、傷一つ…ついていない。
「乙女シルバーの力を持ってしても、我が体を傷つけることはできない!それが、何を意味するのか…わかるか?」
不敵な笑みを浮かべるダイヤモンドに、シルバーは舌打ちした。
ダイヤモンドは楽しそうに、笑いだし、
「続けるか?ガーディアン同士の…永久に続く終わらない戦いを!」
「く!」
「ははは!お前にスピード!そして、わたしには…強大な力と防御力!月の力を得て、無限とも言われる活動時間を要する乙女ガーディアン!互いに、戦えば…時などすぐに過ぎるわ!」
ダイヤモンドの美しい宝石のような戦闘服が、ムーンエナジーを補充すると、きらきらと星空のように輝いた。
「乙女シルバー…いや!生徒会長九鬼真弓よ!わたしと、無限に戦う覚悟はあるのか?」
いやらしく笑いながらきくダイヤモンドに、
シルバーは肩をすくめ、
「ご冗談を!修学旅行は、二泊三日しかないのよ。そんな暇はないわ。それに…」
今度は、九鬼が笑いかけた。
「本当のようね…見えないのは…。お陰で、助かったわ」
シルバーは、後ろで倒れているブラックとブルーに、振り向かずに叫んだ。
「ブラック!ブルー!彼女を頼む」
シルバーの言葉に呼応したように、
十字架にかけられていた里奈の手枷や足枷が切れた。
「き、貴様!いつのまに!」
ダイヤモンドは、後ろを見た。
十字架から自由になり、落ちる里奈に向かって、ブラックとブルーが走る。
「させるか!」
邪魔をしょうとするダイヤモンドの前を、シルバーが塞いだ。
「いかせない!」
シルバーとダイヤモンドは、組み合うことになる。
「言ったはずだ!パワーでは、上だと!」
ダイヤモンドは力任せに、シルバーをねじ伏せようとする。
何とか踏ん張り、シルバーとダイヤモンドの居場所が入れかわる。
しばらく踏ん張っていたが、シルバーは力負けし、腰を落とした。
「このまま!押し潰してやろうか!」
ダイヤモンドが力を込めたその時、
シルバーは逆に力を抜いた。
抵抗を受けていた体が、思いがけない出来事に、勢い余って、前のめりになる。
バランスを崩したダイヤモンドの腹に右足を置くと、シルバーは力の流れに逆らうことなく、ダイヤモンドを投げた。
それは、巴投げに近かった。
投げられ、背中から地面に激突したダイヤモンドに対して、間髪をいれずに、飛んだシルバーは…落下しながら、膝をダイヤモンドの戦闘服の硬さが、薄い首筋に叩き込んだ。
「里奈!」
ブルーが、十字架から落ちた里奈をキャッチした。
体を揺すっても、里奈は起きない。
「任して」
ブラックは、里奈の後ろに回り、両肩を握ると、気合いを入れた。
「大人しくしてもらうわよ!」
膝を叩き込んでから、シルバーは足を首に絡めると、ダイヤモンドに関節技を決めた。
「な、なんの時間稼ぎだ?例え、里奈が気づいたところで…何も変わらんわ!」
ダイヤモンドは首を絞められながら、せせら笑った。
「他の2人は、わたしが倒した!里奈が加わったからといって、現状は変わらんぞ!」
「そうかしら?」
シルバーは、足に力をいれながら、
「あなたは、乙女の底力を知らない…。それにね…」
シルバーは、公園の真ん中を流れる川の方を見た。
「まだ…誰も、倒されてなんていないわ」
「何!?」
「ううう…」
まるで…数週間、眠りについていたような感覚の中、あたしは目覚めた。
「京都にいかなくちゃ〜」
まだ頭がはっきりとしない。
「里奈!」
ブルーが抱き付いて来た。
嬉しさからか…あたしを思い切り、抱き締めた。
乙女ソルジャーに変身しているから、尋常ではない力で、ぎゅっとされた為、余りの痛みに、あたしははっきりと意識を取り戻した。
「ブルー!ギブ!」
「あっ!ごめん!」
ヒロインなのに、あたしはもう少しで、泡を吹いて…二度目のフェイドアウトになるところだった。
ぜいぜいと息をしながら、あたしは後ろにいるブラックに言った。
「九鬼も止めてよね!こいつ、加減を知らないからさ」
振り返ったあたしは、首を捻った。
「九鬼?」
後ろにいる乙女ブラックは、スレンダーな九鬼と違って、少し丸みがあった。
あたしが首を傾げていると、少し離れたところから、九鬼の声がした。
「里奈!変身して、乙女レッドに!」
「え!九鬼?」
あたしは、声をした方を見た。
ダイヤモンドの首に、足を絡めているシルバーの戦士に、ぎょっとなった。
「ひ、ひょっとして…乙女シルバー!?」
伝説の戦士は、ダイヤモンドの首を極めていたが…立ち上がったダイヤモンドに強引に引き離された。
「く!」
ダイヤモンドはシルバーの顔を掴むと、そのまま締め上げた。
「九鬼が…乙女シルバー!?」
まだ状況を把握できないあたしを置いて、ブルーが走り出した。
「シルバーを離せ!」
拳を振り上げたブルーより速く、一筋の光線がダイヤモンドの背中を直撃した。
「グリーン!」
びしょ濡れになりながらも、川から上がってきたグリーンはビームを放った後、乙女ケースを突きだした。
「兵装!乙女キャノン!」
二つの砲台が、ダイヤモンドに向けられ、
さらに、両手をクロスさせ、突きだした。
「乙女ビーム!レインボーショット!」
二つのキャノン砲と、両手、さらに眼鏡から、ビームが発射されると、ダイヤモンドの背中に直撃した。
シルバーはその隙に、ダイヤモンドの腹を蹴って、アイアンクローから脱出した。
「まだよ!」
先程まで、倒れていたピンクが立ち上がると、
「乙女ミサイル!乱射!」
ミサイルを続けて、数発発射した。
ダイヤモンドに全弾命中した。
「凄い…」
学園では、決して見れない…破壊力が大きい技の連打に、あたしは驚いていた。
「みんな!」
シルバーが、乙女ソルジャー達に叫んだ。
「里奈の周りに!そして、里奈は変身して!」
「う、うん!」
あたしは、制服のポケットをまさぐった。
もしかしたら取られているかと思ったけど、乙女ケースはちゃんとあった。
あたしは、乙女ケースを突きだし、
「装着!」
変身した。
「ルナティックキック零式!」
爆風が晴れる前に、シルバーの蹴りがダイヤモンドをふっ飛ばした。
着地すると、シルバーは飛んでいくダイヤモンドに向かって言った。
「もしかしたら…回収されている可能性もあったが…やはり兄妹!まだしていなかったか」
「乙女スフラッシュ!」
グリーンは、光のリングを放つと、レッドのそばに走った。
「みんな!レッドを囲んで、乙女ケースを突きだして!」
シルバーも、レッドのもとに向かう。
「そして!転送と叫んで!」
シルバーに言われた通り、レッドを囲んだ乙女ソルジャー達。
「急いで!」
シルバーは、乙女ソルジャーを守るように、前に立った。
4人は頷き合うと、自然と声を合わせて、叫んだ。
「転送!」
乙女ケースから、それぞれの色の光が放たれ、輪の中心にいるあたしに当たった。
「させるか!」
あれだけの攻撃を喰らっても、無傷なダイヤモンドがあたし達向かって、突進してくる。
「行かせない!」
シルバーが回り込むと、サッカーのディフェンスのように、ダイヤモンドの足を引っかけた。
「…体が…熱い…」
レッドの戦闘服に火がついたように、炎のようなオーラが上がった。
凄まじいエネルギーが、あたしの全身を駆け巡っているのが、わかった。
「乙女ナイトの誕生よ!」
「乙女ナイトだと!」
足をかけられたが、踏ん張ったダイヤモンドは、シルバーの頬に裏拳を叩き込んでた。
戦闘服から、形が確認できるだけの闘気を放っているあたしの姿を見て、
ダイヤモンドは高笑いをした。
「失敗だな!莫大な力を、コントロールするだけの器ではないわ!」
「レッド…」
あたしの姿を見て、ブルーが心配そうな顔を見せた。
「確かに!乙女ナイトになるには、経験値も…レベルを低い!だから、他の乙女ソルジャーの力を貰い、無理矢理変身した!」
シルバーの回し蹴りを、ダイヤモンドは片手であしらうと、レッドを見た。
「強大な力も、宝の持ち腐れだな!」
シルバーの脇腹に蹴りを入れて、吹き飛ばすと、笑いながら…あたしに近づいていった。
「憐れな妹よ…今、楽にしてやろう!」