他が為に
「さよなら…乙女戦隊月影」
乙女ダイヤモンドは、乙女ソルジャー達に向かって、突進した。
「うざいんだよ!」
グリーンの乙女スフラッシュが束になって、ダイヤモンドに襲いかかる。
「フッ」
ダイヤモンドは笑った。
ノコギリ状の光のリングは、ダイヤモンドの体に当たると、砕け散った。
「ダイヤモンドは砕けない」
「乙女マシンガン!」
片足をつき、ピンクはマシンガンを乱射したが、ダイヤモンドの体はすべてを跳ね返す。
「あたしは、月の女神の最後の防波堤!あらゆる攻撃を防ぎ!あらゆる敵を駆逐する!」
「きゃあ!」
ピンクに近づくダイヤモンドは、至近距離でマシンガンの弾丸を受けても、びくともしない。
「4人のガーディアンの中で、先頭を走り!女神の為の道を開く!それが、乙女ダイヤモンドよ!」
ダイヤモンドの拳が、マシンガンを破壊し、ピンクの横腹を突き上げた。
再び中に舞うピンク。
「乙女ビーム!」
グリーンのビームを、微動だにせず、ダイヤモンドは受け止めた。
「あたしに、防御はない!ただ…」
ビームを受けながら、ダイヤモンドは悠然を歩いて来る。
「この拳で、叩き壊すのみ!」
ダイヤモンドの右ストレートが、グリーンの顔面を狙う。
咄嗟に、両腕でガードしたが、
腕が吹き飛んだと思った程の衝撃を受け、グリーンは自分では気づかいうちに、数百メートル向こうの川に、落ちていた。
「乙女ダイヤモンド…」
蘭花ブラックは、一歩も動けなくなっていた。
「月の最強の戦士…。他のガーディアンや乙女ソルジャーのように、武器も技もない…。なぜなら、そのすべてが最強だから…。ただ殴るだけで、すべてを破壊する。前世紀…彼だけで、闇の勢力の3分の1を破壊したといわれる勇者…」
蘭花ブラックの足が、震えていた。
「そ、そんな…勇者が!」
蘭花ブラックの目の前に、ダイヤモンドが移動した。
怯えるブラックを見て、
「もう戦士ではなくなった者には…最初の死を」
「いやああ!」
ブラックの絶叫が、夜の奈良公園にこだました。
「うん?」
ダイヤモンドの拳は、ブラックに決まってはいなかった。
「ブルー!」
青竜刀を盾にして、ブラックとダイヤモンドの間に割って入ったブルーは、ダイヤモンドを睨み付けながら、
「黒谷さん…あなたはまだ…戦いに慣れていないわ。ここは…あたしに…」
青竜刀は折れたが、ブルーは別の武器を取り出した。
「乙女スプレー!」
催涙ガスを煙幕にすると、ブルーはブラックの手を引いて、駆け出した。
「おのれ!ちょこざいな!」
「ブルー!」
ブラックは、ブルーに声をかけた。
「わ、わかってる!逃げられないって!だからこそ!」
ブルーが、ブラックとともに走りながら、来たところは…。
「だからこそ!あんたが、必要なの!」
十字架の下。
「里奈!」
ブルーは、十字架に磔にされた里奈に向かって、叫んだ。
しかし、気を失っている里奈は答えることはなかった。
十字架の上で、輝く月もまた、
ただあるだけで、ただ…無言であった。
(もう…戦えないわ)
すべての力を使い果たし…九鬼真弓は動けなくなっていた。
(もう…力も失った)
九鬼は心の中で、笑った。
(我ながら、よくやったわ。こんな…中途半端な力で…)
九鬼の脳裏に、今までの戦いが走馬灯のようによみがえる。
九鬼は微笑み、
(もう十分よ…九鬼真弓…あなたは、よくやったわ)
全身から力が抜けていく。
(もう…十分よ…)
自らを納得させ、眠りにつこうとした九鬼は、
突然目を開けると、歯をくいしばった。
(な、何を言ってるんだ!あたしは!)
九鬼のかすれた視界に、まだ戦っているブルーやブラックの姿と、十字架にかけられた里奈の姿が映る。
(戦え!戦わなくちゃ!みんなが、戦っている!あたしも…いかなくちゃ!)
しかし、九鬼の心も虚しく…もう、指先一本も動かない。
(お願い!)
九鬼の目から、悔し涙が流れた。
(くそ!)
涙が流れたことが、悔しかった。
(涙を流す力があるなら…腕の一本でも動け!)
九鬼は目だけを動かし、乙女ケースを探した。
(もう一度…あたしに、力を!)
動かない手に力を込めた時、
温かいぬくもりとともに、九鬼の全身に力が戻ってきた。
「こ、これは?」
九鬼の手に置かれたのは、黒の乙女ケースではなく、銀色の乙女ケース。
「やっと…あなたにお返しできます」
九鬼の手に、銀色の乙女ケースを置いたのは、早奈英だった。
早奈英は涙を浮かべながら、
「半年ほど前…交通事故に遭い…あたしは、全身の自由を失いました。そんなあたしを…あの日、あなたは訪ねてきた。この乙女ケースを持って!」
早奈英の瞳から、涙が溢れ、
「乙女ガーディアンは、女神を護る為に、装着者に強靭な肉体を与えてくれます!変身しなくても、ケースを身につければ…車椅子に乗れるくらいに回復させてくれる」
早奈英は涙を拭うことなく、 九鬼を見つめ、
「生きることに、絶望していたあたしは…乙女ガーディアンの力で…あなたのおかげで、生きる力を取り戻しました」
早奈英は、銀色の乙女ケースに手を添えながら、
「この力で…あたしは…病室のベッドの上から…学園に戻ることができた…」
早奈英は乙女ケースを撫で…すぐにその手を止めた。
「だけど!その為に…あなたは!あたしに、この乙女ケースを渡した為に!大した力も出ない…訓練用の乙女ケースで、戦わなければならなくなった!」
「早奈英さん…」
早奈英は絶叫した。
「あたしが、学園の生徒で…あなたが、生徒会長というだけで!あなたは!あなたは……。だけど、あたしは!」
「…」
九鬼は、何も言えなくなった。
「ううう…」
早奈英は口を、乙女ケースに触れてない手で押さえると、嗚咽した。
涙は止めどなく…流れた。
「あたしだけ…守られていいわけがないわ。あたしだけが…」
早奈英は涙を拭った。表情を引き締め、
「今日、初めて…あたしは、戦いました。だけど…あなたのように戦えなかった」
早奈英は、九鬼に微笑みかけ、
「あたしは、戦士じゃない」
ぎゅっと乙女ケースを握り締めると、手を離し、
「この力を、お返しします」
ゆっくりと立ち上がった。
「その力を…みんなの為に…。あなたが、守れる…多くの人の為に…使って下さい…」
そう言うと、早奈英は崩れ落ち…気を失った。
今まで、ガーディアンの力で抑えていた痛みが、戻ってきたのだ。
「早奈英さん!」
九鬼は立ち上がり、地面に激突する前に、早奈英の体を受け止めた。
そして、その動けなくなった体を抱き締め、
「ごめんなさい…。あたしに、もっと…力があれば」
九鬼は早奈英を抱き締めながら、遠くにいるダイヤモンドを睨んだ。
「早奈英さん…。あなたから、受け取った力で…みんなを守る!」
九鬼はゆっくりと、早奈英を芝生の上に寝かすと、近くに落ちていたブラックの乙女ケースを拾い上げた。
そして、早奈英の鳩尾辺りに、乙女ケースを置いた。
「変身はできないけど…ムーンエナジーは補充できる。少しは、痛みを和らげてくれるはず」
九鬼は早奈英を見つめながら、立ち上がった。
「行ってくるわ」
早奈英に背を向けると、全身の調子を確認するに、一歩一歩踏み締めて、ダイヤモンドに向け、歩いていく。
「待ちな!」
九鬼の後ろから、声がした。
振り返ると、魔神軍団がこちらに道路の向こうから、走ってくるのが見えた。
「九鬼真弓!」
先頭にいるのは、鎌が突き刺さったままのかまいたちごっこだった。
「我ら!魔神軍団が、貴様の命を貰う!」
かまいたちごっこの後ろには、湯豆腐三兄弟改め…木綿三兄弟がいる。
他にも、台車に乗った魔神自動販売機!代替えポケホウダイン!
鹿おっさんなど…魔神軍団は総勢30体!
九鬼は、芝生の上で眠る早奈英を見ると、引き返そうとした。
「待て…」
九鬼の前に、十夜が現れた。
「一度、前を向いた足を止めるな」
十夜は、九鬼と早奈英の真ん中に立つと、
「やつらは、俺に任せろ」
「十夜さん…」
「勘違いするな!」
十夜は九鬼を睨むと、
「貴様を倒すのは、俺だ」
その手にある銀色の乙女ケースに、目をやり、
「新しい力を手に入れたか…面白い!」
十夜は嬉しそうに笑いながら、日本刀を召喚した。
「やつを倒し、最強の戦士になれ!そして、最強となったお前を、最強の俺が倒す!」
十夜は、魔神軍団に向かって歩き出した。
「その予定…裏切るなよ」
「十夜さん…」
「フン!」
十夜は鼻をならすと、早奈英を守るように、彼女を背にして立ち塞いだ。
「ここからは、行かす訳にはいかぬわ」
十夜は日本刀を、魔神軍団に向けた。
「お前は!」
代替えポケホウダインは、十夜を見て、目を丸くした。
「久しいな…ポケホウダイン」
十夜は唇の端を、吊り上げた。
「う、裏切り者が!」
ポケホウダインの言葉に、いたちごっこははっとした。
「ま、まさか!お前は!」
十夜を指差し、震え出した。
「フン!俺は、裏切ってはいない!貴様らが、俺を裏切った!しかし、俺は魔神!月影を斬る!それは、組織の為でなく、俺の中にある悪の為!」
十夜は日本刀を、立てに構えると、唸るように声を出した。
「い〜」
そして、日本刀を横にすると、叫んだ。
「ハンダー!」
十夜の姿が変わる。
メタリックなボディに、単眼の血のような赤い瞳を、魔神軍団に向けた。
日本刀を一振りすると、右足を前に出し、
「シャドウイハンダー…見参!」
「く!」
魔神軍団は、シャドウイハンダーの全身から漂う殺気にたじろいだ。
それは、乙女ソルジャーにはない…悪の殺意だった。
シャドウイハンダー…十夜小百合は、
破棄された魔神ジュウトウホウイハンダーと、月影ロボを合体させ、作られたアンドロイドである。
月影ロボと合体している為、シャドウイハンダーはムーンエナジーを使うことができた。
日本刀が、月の光を受けて輝いた。
「参るぞ!」
シャドウイハンダーは、魔神軍団に斬りかかった。