第1話 乙女レッド誕生!
「ふあ〜!」
窓から零れる朝の日射しを受けて、あたしはベッドの中で背を伸ばすと、ゆっくりと上半身を起こした。
乙女は朝からも、優雅でなければならない。
気品溢れる乙女。
あたしは、そんな乙女を目指していた。
何事にも動じない。
そう何事にも動じない。
あたしは、優雅にベットから起き上がった。
ハート柄のパジャマは、優雅とは程遠いけど、ネグリジェはまだ早い。
兄と二人暮らしのあたしは、たまに起こしに無断で部屋に入ってくる兄に、思春期の体を見せるわけにはいかなかった。
ゆっくりと、あたしは学生服に着替えようとして、絶句した。
目の前にある時計は、完全なる遅刻を告げていたからだ。
あたしは破るかのように、パジャマを脱ぐと、学生服に掴み、部屋のドアを蹴り開けた。
「お兄ちゃん!」
学生服に手を通す途中の段階で、廊下に飛び出したあたしの視線の向こうに、出掛ける寸前の兄を睨んだ。
兄はもうスーツに着替え、鉄製のドアを開けようとしていた。
「おはよう」
冷静に言った兄は、ノブを回した。
「どうして、起こしてくれなかったのよ」
「起こすなと言っただろ」
確かに、昨日言った。
「だけど!」
「遅刻するなよ」
兄は無情にも、外に出ると、ドアを閉めた。
兄である――結城哲也は、あたしの通う大月学園の教師である。
「お兄ちゃん…」
あたしは、まだスカートもはいていない状況で、閉まったドアを見つめた。
その結果。
「結城?お前…何度目だ」
校門の前で仁王立ちする体育教師熊五郎は、あたしを睨み付けた。
あたしはにっと笑い、指を三本示した。
「三回?」
「はあ?」
熊五郎は眉を寄せ、
「五、足りんだろ?」
「はは…8ですか」
あたしは、頭をかいた。
熊五郎は眉を寄せながら、少し顔を近付け、
「×5だ」
「そ、そうでしたけ?」
あたしは、熊五郎から目をそらした。
「あと二回で、落第だ!」
「え?」
熊五郎の警告に、あたしは耳を疑った。
一年の一学期である。
こんな早い時期の落第は、勘弁である。
あたしの名は、結城里奈。
落第に怯える大月学園の一年。
そんなあたしが今日、落第よりもショックな事件に巻き込まれることになる。
しょんぼりしながら、校門を通ったあたしは、学校中が騒ついていることに気付いた。
「?」
教室に着き、扉をガラガラと開けると、教室内の生徒が一歩離れて、黒板を見つめていた。
「何?」
教室に入ったあたしは、黒板の方に振り向いた。
そこには、黒板いっぱいに殴り書きがしてあった。
「学園は狙われている…。目覚めよ!乙女ソルジャー達よ」
その文を読んだ後、あたしは首を傾げた。
「何のこっちゃ?」
(この物語は、うら若き乙女の学園生活と世界を守る…若き乙女達の物語であ〜る。チャカチャカチャカン!チャカチャカチャカンカン!)
と、変なアナウンスと効果音がどこからか流れてきて、あたしは耳を押えた。
「何?これ!」
あたしは、黒板の前でもがき苦しんでいたが、他の生徒に変化はない。
「あ、あたしだけ?」
効果音はすぐに消えたが、黒板の文字は中々消えなかった。
「これ…油性マーカーで書かれてる!」
黒板消しで、文字を消そうとした生徒が唖然とした。
黒板に落書きされていたのは、全クラスである。
文字を消す為に、各授業が遅れることになった。
「はい…」
頭を下げ、職員室を出た男は先程から、カバンの奥で鳴り続けていた携帯を手に取った。
マナーモードの為、音は出ていなかった。
「はい」
携帯に出た男は目を細めながら、話を聞いていた。
やがて、口を開き、
「その話なら、職員室でも話していましたよ」
またしばらく相手の声に、耳を傾けてから、
「わかっております。マイロードよ…」
男は、足を止めた。
その横を、授業を終えた哲也が通り過ぎた。
男は、哲也が職員室に入るのを確認した後、再び歩き始めた。
「乙女ソルジャーを、覚醒はさせません」
男は口元を緩め、
「まだ普通の乙女であるうちに…始末致します」
携帯をカバンにいれた後、男は廊下の窓から、外を見た。
「まだ…時間はあるな。表の仕事を頑張るか」
男は不適な笑みを浮かべながら、大月学園をひとまず後にした。
「乙女ソルジャーにならないかい?」
放課後、授業を終えたけど、教室に恥ずかしいものを忘れ物したあたしが取りに戻る為、自分の教室を目指していた。
部活に使わない一般校舎は、日が沈みかける頃には、殆んど人がいない。
そんな校舎で、まだ残っていた生徒に片っ端から、声をかけている…
怪しいおっさん。
怪しいおっさん。
ぴちぴちのコスチュームを着た怪しいおっさん。
(ーっていうより!おっさんがいたら駄目だろ!)
ここは、女子高だ。
「変質者か?」
あたしは、足を止めた。
逃げるように、ダッシュする女生徒達。
悲鳴をあげるよりも、避けている。
あたしも逃げたいけど…怪しいおっさんがいるのは、うちの教室の前だ。
どうしょう…。
と悩んでいるあたしと、おっさんの距離は、数メートル。
少しの戸惑いが、事態を急変させた。
おっさんはビラのようなものを、突き出しながら、こっちに向かってくる。
(ヤバイ!)
あたしが逃げようとしたが、動きが遅れた。
仕方なくビラを取ろうと手が出た。
「困ります!」
(え?)
あたしじゃない女の声がした。
おっさんは、あたしを通り過ぎ、なぜか後ろにいた学年でも有名な美人松川さんに、ビラを渡そうとしていた。
松川さんは顔を真っ赤にして、あたしの横を走り抜けた。
遠ざかる松川さんの後ろ姿を、見送るあたしのビラを受け取る形で固まった手に、何も言わずに、ビラが渡された。
その瞬間、ビラが光り輝き、天井から何かが落ちてきた。
「痛っ!」
それは、あたしの頭にぶつかり…廊下に転がった。
それは、赤い眼鏡ケースだった。
その転がるケースを見たおっさんは、目を丸くし、その場でブリッジをした。
「き、君が乙女レッドなのかあああ!」
興奮気味のおっさんはブリッジを成功させたのはいいが、起き上がることができなかった。
「乙女…レッドって何?」
頭の痛みで動けるようになったあたしは、廊下に転がる眼鏡ケースを見つめた。
「ほお〜。これは、これは」
あたしの教室の隣にある女子トイレから、ハンカチで手をふきながら、背広姿の男が出てきた。
「また変質者?」
あたしは思わず、一歩下がった。
「フッ」
男は笑うと、
「それも…レッドとはな。私には、ツキがあるようですよ」
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「何?」
男の全身から漂う異様な雰囲気に、あたしは身の危険を感じ取っていた。
「気を付けろ!乙女レッド!あいつは、怪人だ!」
ブリッジの体勢から動けないおっさんの胸筋の右だけが激しく、痙攣していた。
「わたしの胸筋レーザーが、激しく反応している!間違いない!乙女レッドよ!乙女ケースを取れ!」
「乙女レッドって、誰よ!」
あたしには、状況がわからない。
「フン」
背広の男は足を止め、左側にある窓から、空を眺めた。
「よかったですね。月が出てますよ。まだ明るくはないですけど…」
「月?」
あたしには、意味がわからない。
「本当ならば、乙女ソルジャーになる前に殺せと言われていましたが…どうせなら見てみたい!伝説の力を!」
男は、あたしの教室の前で止まり、じっとこちらを見つめている。
「レッド!チャンスだ!」
おっさんは起き上がるのを諦め、ブリッジを壊すと、背中を廊下に落とした。
そして、転がると、眼鏡ケースを素早く手で掴み、立ち上がった。
「レッド!変身だ!」
おっさんがケースを開けると、赤い眼鏡が飛び出し、あたしの顔に勝手にかかった。
すると、あたしの周りを赤い花びらが舞い、それが全身に張りつくと、戦闘服が変わった。
赤い戦闘服に身を包んで、眼鏡をかけたあたしが廊下に立っていた。
「な、なにが起こったの?」
あたしは突然の出来事に、ただ困惑するだけだった。
「戦え!行け!乙女レッド!」
あたしの後ろに素早く隠れたおっさんは、背広の男を、あたしの肩越しに睨んでいた。
「な、何?」
もお〜すべてが理解できない。
「乙女レッド!その力見せて貰おうか!」
背広の男は、持っていた鞄からある物を取り出した。
「表は、普通のセールスマン!しかし、その実体は!怪人セールスマン!」
「いっしょかい!」
思わず、突っ込んでしまった。
「いっしょではない!表と裏の違い!思い知らせてやろう」
セールスマンが取り出したのは、ある教材だった。
その教材に、セールスマンが瓶から粉を振り掛けた。
すると、教材から黒い文字の大群が飛び出し、あたしの全身に絡みついた。
「え!」
あたしの目に、数列が並ぶ。
「乙女レッドよ!この計算を解かなければ、お前はこの攻撃から逃れることはできないぞ」
数字の束が、あたしの全身を締め付ける。
「きゃ…」
と悲鳴を上げようとした瞬間、数字の大群は消滅した。
「あれ?」
消滅した数字達に、あたしは驚いた。
「ま、まさか!解いたのか!」
セールスマンも驚いていた。
「あり得ない!」
攻撃を受けた瞬間、あたしから離れたおっさんも驚いていた。
「乙女ソルジャーが、数学をできるはずがない!」
「どういう意味よ!」
あたしは振り返り、おっさんを睨んだ。
「解けたとしても、早すぎる」
男は、手にしていた教材を確認した。
「あれくらい!何とか解けるわよ!ちょっとだけ焦ったけど…」
冷や汗を脱ぐおうとするあたしに、セールスマンの叫びが届いた。
「間違った!こ、これは…小学五年生のドリル!」
「え?」
セールスマンが持っていたのは、小学生の教材だったのだ。
「こ、これではない!」
セールスマンはドリルを投げ捨てると、鞄の中を漁った。
「ない!ない!ないいい!.....はっ!そ、そうか!」
セールスマンは思い出した。
「サンプルとして、配り終えたんだった」
ポンと手を叩くと、もう一度鞄の中をチェックした。
「おっ!」
と、一番奥にあった教材を取り出した。
その教材には、大学受験の為〜と書かれてあった。
セールスマンはあたしの顔を、ちらっと見ると、
「これは…かわいそうだ」
教材をしまった。
「ち、ちょっと!どういう意味よ!」
少し憐れんだように、あたしを見たセールスマンの視線が許せない。
「助かったな!レッド!」
あたしの後ろで、おっさんがガッツポーズを取った。
「あのねえ!あたしは、比較的数学はいけるの!駄目なのは、英語!」
馬鹿にされてるのがムカッとして、あたしは思わず口走ってしまった。
「英語かあ!」
セールスマンはにやりと笑うと、中学二年の英語の教材を取り出した。
「しまったあ!」
あ逃げようとしたが、英単語が絡み付き、あたしの視界にこの英単語を訳せの文字が踊る。
「アルファベット嫌い!日本語がいい!」
英単語が、全身を締め付ける。
Jの文字が、変な感じでスカートを前から捲くし上げた。
「きゃ!見えてる!見えてる!」
パニックになるあたしと、
「お!」
パンツを見て、動きが止まるセールスマン。
そして、前まで見に来たおっさん。
「きゃあ!見るな!変態!」
「わたしは、変態ではない!月の使者!半月ソルジャーだ!」
あたしのパンツをガン見しながら、ポーズを決める半月ソルジャーに、
「見るな!変態!」
あたしは何とか、スカートの捲れをなおそうともがいた。
だけど、もがけばもがく程…なぜかスカートが釣り上がる。
「レッドよ!これは、変態行為ではない!」
視線を真っすぐに外さない半月ソルジャーは、あたしと目を合わさずに言った。
「乙女レッドは恥じらいの戦士!恥じらえば、恥じらう程!パワーが上がるのだ!」
半月ソルジャーは、あたしのパンツに向かって、ガッツポーズを取り、
「ファイトだ!レッド!」
「こ、こいつらあああ!乙女のパンツを見やがってえ!」
あたしのパワーが上がる。
だけど、英単語の鎖は外れない。
「ハハハ!馬鹿目!問題を解かなければ、外れるか!」
半月ソルジャーの隣で、あたしのパンツを見ているセールスマンが、高笑いをした。
そりゃあ…そうだ。
パワーは上がっても、学力は上がらない。
「ううう…レッド!」
半月ソルジャーは、拳を握り締めると、
「仕方がない!緊急事態だ!月影ロボを発進させるぞ!」
「何!?」
セールスマンが隣で驚いた。
「乙女ソルジャーが戦えないとき、月影ロボが現れるのだ!……もう君のパンツ飽きたし…」
最後は小声で言った半月ソルジャーは、廊下の外…空を指差して叫んだ。
「月影ロボ発進!」
「え?」
「何だと!等身大の戦いで、ロボットだと!卑怯な!」
半月ソルジャーの指差す方を反射的に、あたしとセールスマンは見た。
「見よ!この雄姿!全長135…」
「どこにいるのよ!」
もう暗くなった夜空には、月以外…何もない。
「ぐえ!」
あたしが縛られながら、巨大ロボを探していると、そばで蛙の鳴いたような声が聞こえた。
前を向くと、セールスマンの体、くの時に曲がっていた。
「センチ!」
半月ソルジャーは夜空から、セールスマンの方へ指先を移動した。
そこには、全長135センチの小さなロボットが、セールスマンの股間に正拳突きをたたき込んでいた。
「ちいちゃ!」
あたしはパンツを晒しながら、月影ロボを見つめた。
その場で崩れ落ちていくセールスマンに向かって、半月ソルジャーが叫ぶ。
「月影ボイス!」
いつのまにか、テレビのリモコンのようなものを持っている半月ソルジャーは、あるボタンを押した。
すると、月影ロボから声がした。それも、半月ソルジャーの声だ。
「この粗チンが!潰すまでもないわ!×××して、××で、それでもって×××だ!」
とても、ヒーローロボとは思えない暴言を吐いた。
だけど、その暴言はセールスマンには届いていなかった。
股間に鉄拳を食らわされるという微妙な攻撃に、気を失っていたのだ。
すると、あたしを縛っていた英単語も消えた。
「お、恐ろしい相手だった」
半月ソルジャーは冷や汗を拭うと、あたしの方に体を向け、握手を求めた。
「ナイス!パンツ!じゃない…ナイス、ファイト!」
「ふざけるな!」
あたしは飛び蹴りを、半月ソルジャーに食らわした。
足が、半月ソルジャーの顔面に食い込んだ。
「……ま、また見えてるぞ!」
倒れながらも、パンツを見る半月ソルジャー。
「きゃ!」
あたしは慌てて、スカートを押さえた。
「フッ」
なぜか…鼻血を流しながらも、不敵に笑う半月ソルジャー。
リモコンを操作すると、月影ロボは廊下を歩いて、消えていく。
「月影ロボは、君のピンチのときには、どこからともなく現れる!」
「そんなことより!こいつと、あんた!そして、この姿は何なのよ!」
「それはな!」
半月ソルジャーは鼻血を拭わずに、あたしに背を向けて、話しだす。
「いかがでしたか?乙女戦隊月影!楽しんでくれたかな?まだまだ謎はつきないけど!お兄さん、次回も頑張るぞ」
ガッツポーズをとる半月ソルジャー。
「誰と話してるのよ!」
「次回!乙女戦隊月影!第二話!【新たなる戦士】!!」
「ちょっと!あたしを無視するな!」
「お楽しみに!」
そして、またポーズを決めると、
「月の裁きを、心して見やがれええ!」
と言いながら、ダッシュで廊下を走り抜けていく。
「ちょっと!おい!」
恥ずかしい格好のあたしを一人残して。
何とか眼鏡を外すことで、普通の学生に戻ったあたしは、セールスマンを残して、教室から恥ずかしいものを回収すると、そそくさと学校を後にした。
次の日。
セールスマンはいなくなっていた。
当たり前か。
そして、放課後になり、掃除当番のあたしが教室内の用具箱を開けた時…そいつはいた。
掃除道具の奥に、月影ロボ。
視線を下に向けると、コードがのびていて、目で辿ると、教室のコンセントに繋がっていた。
あたしは、無言で用具箱を閉めると、コンセントまでいき、線を引き抜いた。
つづく。
《月影通信》
はあ〜い!よい子のみんな!元気かな?
月影通信のお時間だよ。
このコーナーを担当する、みんなのお姉さんこと、大月学園一年生!黒谷蘭花だよ。
これから、よろしくね(^_-)
今回始まった乙女戦隊月影!どうでしたか?
え?
戦隊な・の・に…
一人だったってえ。
ごめんなさい!
次は増えるからね。
許して(^.^)b
さて、月影通信では、毎回出てきた技や、武器を紹介しま〜す!
今回は月影ロボ!
全長135センチ!
小さな体を利用して、死角からのパンチ!
あと、月影ボイスは、五つの言葉を録音できて、相手に精神的ダメージを与えるらしいの。
動力は、電気!六時間の充電でOK!
単3でも動くみたいよ!
きゃ!エコロジー!
じゃあ、次回の乙女戦隊月影も見てね!
みんなのアイドル!蘭花でした。
では、みんなさあん〜またね(^ε^)-☆Chu!!