恋しくて
「中島さん!」
中島に腕を引かれ、逃げる夏希の後ろを下っぱ達が、追いかけてくる。
その下っぱ達は、乙女ピンクに追いかけられているのだが…それに、夏希は気付いていない。
そばに、中島がいる為、夏希は乙女ブルーに変身できなかった。
大仏殿の右手から、坂を登っていく夏希達の前から、別の下っぱ達がかけ降りていく。
「こっちだ!」
中島に手を引かれ、入ったところは、巨大な鐘がある場所だった。
鐘は大きく、中に3人は余裕で入る。もし落ちて、閉じ込められたら、脱出はできないだろう。
鐘の前で、夏希を庇うように立つ中島。
「心配しないで、僕が守るから」
中島は安心させようと、優しく話しかけた。
「中島さん!あたし!」
夏希は悩んでいた。ここで、変身していいのか。
「きい!」
下っぱの1人が、黒タイツに石を入れた武器を振るい、襲いかかってきた。
「危ない!」
中島は、夏希を抱きしめ、背中を向けた。
石は、中島の肩を強打した。
「く!」
顔を歪め、痛がる中島を見た時、夏希は決意を決めた。
「よくも!中島さんを!」
夏希は中島から離れると、前に出た。
乙女ケースを突きだし、
「そうちゃ…」
変身しょうとした時、後ろから乙女ケースをひったくられた。
「え!?」
戸惑う夏希の前に、乙女ケースを持った中島がいた。
「中島さん?」
夏希はまだ…状況が理解できなかった。
「よくやった!中島よ」
上から、出現した下っぱの群れから、半田が現れた。
「半田先生!」
夏希は、半田の姿を見て、理解した。
「も、もしかして…中島さん…?」
「…」
中島は答えない。突然、目が虚ろになり…無表情になる。
「こいつは、我々の僕だ!」
半田の言葉を、
「うそ…」
夏希は信用できない。
「中島さん!」
「馬鹿か!あんたのような貧乳が、モテると思ったのか!」
半田は笑った。
「うそよ!」
夏希の叫びにも、中島は答えない。
「中島さん…騙したの?」
夏希の瞳から、涙が流れた。
「オホホホ!騙される方が悪いんだよ!」
半田の言葉に、夏希は鐘の前で崩れ落ちた。
「ひ、ひどい…」
そんな夏希の姿を、楽しそうに見ていた半田は、中島に近づき、
「さあ!乙女ケースを、こちらに」
しかし、中島は乙女ケースを離さなかった。
「どうした?中島!こちらに…」
半田が力ずくで、乙女ケースを奪おうとした時、
凄まじい銃声が辺りを切り裂いた。
「うりやあ!」
興奮状態となっている乙女ピンクが、マシンガンを乱射して、広場に現れた。
「チッ!」
銃弾の一発が、肩をかすった為、半田は中島から離れた。
「あたしと、姫の時間を邪魔するなあ!」
乱射しながら、走ってくる乙女ピンクから、半田と下っぱは逃げるように、周りに散らばった。
「待ちやがれ!」
ピンクは、逃げる下っぱ達を追いかけていく。
鐘の前には、崩れ落ちた夏希と、中島しかいない。
まだ中島の手には、乙女ケースがあった。
そこだけ静かになった空間に、
ピンクの後ろを追いかけて来た理香子と、楓が姿を見せた。
「中島?」
理香子は、中島と…そのそばで泣き崩れる夏希を見て、息が止まった。
「あたしの…乙女ケースだけが、目当てだったんですか?」
夏希の言葉に、こたえない。
夏希は立ち上がると、中島の手にある乙女ケースを、取り返そうとする。
「返して!あたしの乙女ケースを返して!」
しかし、中島は強く握り締め、離すことはない。
「返して!返してよ!」
無表情の中島は、まるで手だけが別の人格があるかのように、離すことはない。
その時、パチンと激しい音が、鐘を鳴らしたかの如く、広場に響き渡った。
「女の子に、涙を流させるなんて…最低だよ」
2人の間に入った理香子は、平手打ちを中島にした。
「理香子…」
楓は少し離れた場所から、理香子達を見ていた。
「最低だよ」
理香子は中島の手から、乙女ケースを奪い取ると、夏希に返した。
夏希は、中島と理香子を交互に見ると、
理香子に頭を下げ、走り出した。
涙を拭うことなく、夏希は乙女ケースを突きだした。
飛び出した眼鏡が、涙を隠し…乙女ブルーに変身した夏希は、観光客を襲う下っぱ達に向かって走り出した。
「乙女スタンガン!」
「中島…何やってるの?こんなところで」
冷静な口調できく理香子に、中島は無言でこたえた。
「あたし…こんな中島見たくなかった…」
その言葉に、中島は理香子の顔を見た。
そして、信じられない言葉を口にした。
「お前なんか…知らない」
その他愛ない言葉は、理香子の心を簡単に破壊した。
「な…」
言い返す言葉が出ない理香子を残して、中島は歩き出した。
楓の横を通り過ぎる中島の顔を、
楓は見つめた。
声をかけようとしたが、その光なき瞳に、楓は絶句した。
理香子はその場で、動けなくなった。
涙も出なかった。
女の子を泣かす中島。
自分を知らないという中島。
それは、自分の知ってる中島とは思えなかった。
だから、涙が流れないんじゃない。
涙が流れない程…傷は深いのだ。
涙が流れる方が…外に出る方が楽なんだ。
流れない悲しみは、心の底に残り続けるから。