水が流れる空間で
「生徒会長!だめ!」
早奈英の制止をきかずに、九鬼はカウンターを狙う。
乙女ソルジャーになれないならば、相手の力を利用するしかない。
「九鬼真弓!お前がここに来るのは、わかっていた。なぜなら、昔!お前は、あたしにここをススメていたからな!」
まだ一年生だった頃、九鬼は加奈子に語っていた。
短い異空間である…この場所が好きだと。
「この前は、邪魔が入ったが!」
走り寄る乙女どどめ色を追走するように、無数の包丁が飛んでいた。
「お前の狙いは、わかっている!この多さには、カウンターはとれまいて!」
「クッ」
九鬼は奥歯を噛み締めた。
変身して、ムーンエナジーを使えたら、防ぐことは可能だが、今はできない。
左右に逃げようにも、狭い水路閣の上で避けることはできない。
「生徒会長!」
早奈英は不自由な足で、山肌にもたれながら、何とか立ち上がると、
あるものを突きだした。
それは、シルバーの乙女ケース。
「装着」
早奈英の体をシルバーの光が、包むと…銀の眼鏡と戦闘服を着た乙女ガーディアンが、出現した。
「何!?」
目を見開いた乙女どどめ色の目の前に、着地すると、
「乙女バリア!」
九鬼を庇うように、両手を広げた。すると、銀色の壁が出現した。
包丁は、壁に突き刺さると、塵と化した。
そのまま、シルバーは自分がつくった壁を拳で突き破ると、乙女どどめ色に襲いかかる。
「また貴様か!」
どどめ色は、拳を握り締めると、
「どどめパンチ!」
「シルバーパンチ」
二つの拳が交差し、腕が絡まった。
クロスカウンターのような体勢に、なった2人。
互いの拳は、互いの頬にヒットしていた。
「な…」
よろけるどどめ色と違い、シルバーは完全に、膝を地面についていた。
カウンターのダメージは、明らかに、どどめ色の方にあったはずだが、見た感じはシルバーの方がダメージが大きそうに見えた。
「早奈英さん!」
九鬼は、乙女ケースを握りしめ、
「装着」
と叫んだが、ケースは開かない。
「こ、こいつは…」
どどめ色は肩で息をしているシルバーを見下ろし、
「面白い」
口許を緩めた。
そして、膝をついているシルバーを蹴りあげた。
「まさか、そんなところで乙女ガーディアンの力が、手に入るとはな!」
大笑いすると、倒れたシルバーに向かって、手を伸ばした。
「早奈英さん!」
変身をあきらめた九鬼はジャンプすると、シルバーを飛び越え、どどめ色に膝をいれようとした。
「邪魔だ!」
どどめ色が右手を払っただけで、九鬼は吹っ飛び、水路をこえて山肌に、肩から激突した。
「お前の相手は、後でしてやる」
どどめ色は、ゆっくりとシルバーの眼鏡に手を伸ばす。
「今は、ガーディアンの力を手に入れるのが、先」
「さ、早奈英さん…」
九鬼は何とか、もう一度攻撃しょうとしたが、体が動かない。
「早奈英さん!逃げて!」
九鬼の叫びは、突然上がった水飛沫によって、かき消された。
九鬼とどどめ色達の間に流れる水路の疎水から、突然現れた二つの腕は、
一つは、どどめ色の顔面を強打し、
もう一つは、どどめ色の足首を掴むと、バランスを崩させ、水路閣の上から、どどめ色を落とさせた。
「なに!」
突然のことで、数メートル下に落下していくどどめ色。
「あれくらいで、死ぬとは思えんが…まずは、逃げるぞ」
二つの腕は、どどめ色を落とした後、九鬼が来た方へ戻っていった。
そこに立つものは!
「十夜さん」
九鬼は何とか、立ち上がると、水路を飛び越え、シルバーを抱き上げた。
十夜は、肘に戻った腕の感触を確かめてから、九鬼に向かって、笑った。
変身を解いて、早奈英に戻ったシルバーを背負うと、九鬼は十夜とともに、水路閣の上を走り抜け、
水道局の施設を抜けると、トコッロの線路跡地を飛び越え、国道へと出た。
そして、信号を渡ると、河原町へ向かう道を曲がった。
「十夜さん…ありがとう」
後ろにいる十夜に、振り向こうとした九鬼の視線の端に、太陽の光が照り返すのが映った。
九鬼は反射的に、乙女ケースを突きだした。
「勘違いするな」
十夜が横凪に振るった日本刀の研ぎ澄まされた刃が、九鬼の顔…数センチ向こうで、妖しく輝いていた。
「俺は…ただ、貴様が他のやつにやられるのが、許せないだけだ」
「十夜さん」
日本刀と乙女ケースがせめぎ合う。
「お前を倒すのは、この俺だ」
十夜は日本刀を引くと、一回転させた。
すると、日本刀は消えた。
「フン」
鼻を鳴らすと、十夜は九鬼の瞳を見つめ、
「俺の中にいるあいつが、疼いただけだ。今度は助けんし、斬る!例え、変身できなくてもな」
強い意思を示した。
「十夜さん…」
九鬼も十夜を見つめた後、頷いた。
「フッ」
十夜は視線を九鬼から外し、背中にいる早奈英に向けた。
まだ顔色が悪い早奈英を、目を細めてみつめ、
「人間とは、不憫だな…。我々ならば、悪くなったパーツを取り換えればいいだけだが…」
「人は、あなた達と違うわ!」
九鬼は、十夜を睨んだ。
十夜は肩をすくめ、
「まあ…どうでもいい。こいつが、シルバーでもな」
苦笑しながら、九鬼に背を向けると、歩きだした。
「俺は、お前と…結城里奈さえいれば…それでいい」
九鬼は、去っていく十夜の背中を見送った。
その背中に、戦士の哀愁を感じながら…。
「九鬼さん…あ、あたし」
やっと落ち着いて、顔色がよくなった早奈英に、九鬼は微笑んだ。
「いいのよ…心配しないで」
九鬼は、手に持つ…黒い乙女ケースに目を落とした。