最強の敵
慌てて、家を飛び出したあたしは、駅へとダッシュしょうとして、足を止めた。
「新幹線の切符がない!」
あたしは、頭を抱えた。
携帯代金も払っていないのに、新幹線の切符を買えるはずがない。
「そ、そうだ!」
あたしははっとして、思い出した。
「あれが、使える!」
乙女戦隊月影が、普段戦うところは、学校やその周辺が多い。
その為、戦隊ものによくあるメカが出てこないのだ。
それは、スポンサーにとっても悩みの種だった。
「スポンサーのテコ入れじゃなくて…乙女マシーンを使う時が来たのよ」
あたしは、乙女ケースを突きだし…乙女レッドに変身すると、あるものを天に向けた。
「来い!月影号!」
それは、携帯である。
月影号は、携帯からの発信音を得て、大月学園の体育倉庫の奥から発進するのだ。
ワンタッチ機能にしておくと、ボタン一つで呼べるぞ。
しかし、レッドが何度押しても、月影号は来ない。
あたしは思い出した。
「携帯が止まってた」
仕方なく、常に常備している…今時珍しいテレホンカードを財布から、取りだし、
あたしは公衆電話を探した。
数分後、やっと見つめた公衆電話に駆け寄ると、あたしはテレホンカードを差し込んだ。
「もしもし!兜博士?」
「どうした?結城!今は、京都か?」
受話器の向こうにいるのは、大月学園化学の教師…兜又三郎である。
別名 マッドキャベツ。
髪の毛が、キャベツみたいな為、あだ名がついた。
「…って!博士の説明はいいって!」
苛つくあたしに、兜は笑いながら、
「もしかして、相変わらずの遅刻か?」
「あ、あのさ!もう尺が残ってないのよね!」
「それに、この着信は、公衆電話!携帯も止まってるか!お約束だな〜」
楽しそうな兜の口調に、あたしはキレた。それに、携帯にかけると、異常に残高が減っていく。
「もう時間がないだよ!早く京都に行かないと、あたしの出番が!」
「ハハハ!」
一通り笑ってから、兜は言った。
「心配するな。今、送ったから」
「ぎゃあああ!」
兜とレッドの声が、重なった。
電話をかけていたレッドに向かって、天から何かが突っ込んで来たと思ったら、
月影号だった。
月影号は、右翼でレッドのスカートを引っ掻けると、そのまま…また、天へと舞い上がった。
「ま、またかい!」
いつもの如く、パンツを見せながら、あたしは空を飛んでいく。
公衆電話から、残高がゼロになったテレホンカードが、差し込み口から、虚しく飛び出していた。
「ど、どうして!」
あたしはムーンエナジーで、体を覆うと、右翼に引っ掛かっていたスカートを、風の抵抗を受けながらも、何とか外した。
すると、月影号は、あたしを残して、前方に飛んでいった。
中に浮かぶあたしの眼下に、広がる地元の町並み。
猛スピードで落下して行くあたしの下に、Uターンして来た月影号が静止した。
空中で、ちゃんと運転席に乗り込むことができた。
月影号は、ロケットに羽をつけたような形をしている。
「行くわよ!」
あたしは、オートマ車と同じような仕組みをした月影号のシートに座ると、ハンドルを握った。
月影号に、行き先をプログラムする必要はない。
まるで、磁石のように乙女ソルジャーの発しているムーンエナジーに吸い寄せられ、
勝手に、乙女ソルジャーのもとへ飛んでいくのだ。
「これなら…安心」
あたしは慣れないハンドルを握りながら、ほおっと一息をついたのも束の間!
いきなり加速する月影号。
空を飛びながら、新幹線よりも速く…リニアモーター並みのスピードで飛んでいく。
「変身いてなかったら…死んでる!」
風よけがないから、もろに風圧が顔に当たった。
だけど、ムーンエナジーで顔をおおったから、もう余裕!
と、安心したあたしは、 突然月影号が進路を変えたことに気づいた。
「え!?うそお!」
ハンドルを切ろうにも、びくともしない。
車体が下へ向くと、そのまま…月影号は、着陸の体勢を取り始めた。
「ここじゃない!」
「来たか…」
月影号の波動を感じ、男は顔を上げた。
背中しか映っていないため、顔は見えなかった。
「どうなってるのよ!」
あたしは京都ではなく、見知らぬ山の中に降りることになってしまった。
月影号が降りていく場所は、巨大なダムである。
某有名な長○県のダムだ。某知事だった人が、揉めたことで有名だ。
「こんなとこ!乙女が、1人で来る場所じゃない!」
あたしの絶叫は、ダムの方から飛んできた光の玉に、かき消された。
「きゃあ!」
光の玉が当たった瞬間、緊急脱出システムが作動し、あたしはシートを突き破って飛び出してきたバネに弾かれ、空中へとほりだされた。
「パラシュートもないんかい!」
乙女ソルジャーであるからいいものの!
普通の人間なら、どっちにしても死んでいる。
「乙女ウィング!」
背中からムーンエナジーを噴射させ、翼のような形を取ると、あたしは青空を疾走した。
「ムーンエナジーを充電していて、よかった」
飛びながら、ほおっと胸を撫で下ろした。
九鬼から、ムーンエナジーの使い方を教えてもらい、使い方がわかってからは、結構楽になった。
しかし、今は昼間である。
あまりムーンエナジーを使う訳にいかない。
あたしは、ダムの近くに着地すると、学生服に戻った。
攻撃された月影号は、爆発しながら、ダムへと落ちていった。
「ああ…テコ入れがあ…」
あたしが、合掌していると、刺すような殺気が胸を射ぬいた。
「な!」
昔のあたしなら、それだけで怯んだはずだけど、今のあたしは違う。
乙女ケースを構え、殺気が飛んできた方を睨んだ。
ダムを挟んで、二百メートル程向こうに立つ人影。
「誰だ?」
表情もわからないが、なぜか笑ったように思えた。
その人物は、扇を描くように両手をゆっくりと広げると、足を動かさずに移動し、ダムに貯まった水の上で止まった。
そして、水の上を歩き出す。
「何!?」
あたしは、水の上を歩く行為よりも、足元から感じる波動に驚いていた。
「月の波動…ムーンエナジー!?」
少したじろいだあたしの裸眼で、表情を確認できるようになった時、
あたしは絶句した。
「お兄ちゃん…」
それは、紛れもなく…兄、結城哲也であった。
哲也はにやりと笑うと、
「結城里奈…いや、乙女レッドよ。大人しく、その乙女ケースを渡してもらおうか」
あたしの瞳を凝視した。
今だかつて、そんな冷たい哲也の目を、あたしは見たことがなかった。
肉親に向ける目じゃない。
「ど、どうして!わ、渡さなきゃならないのよ!」
強がってみたけど、足が震えていた。
今まで、敵と対峙した時にも感じなかった…恐怖。いや、異質の恐怖が、あたしを襲っていた。
なぜなら、その目には純粋な殺意しかないからだ。
怒りも憎しみもない。
肉食獣が、獲物を狩るのに、感情は必要ない。
「お兄ちゃん!」
そう呼ぶことで、あたしはその恐怖から逃れようとした。
「そうだったな…里奈。俺は、お前のお兄ちゃんだったな」
いつのまにか、哲也はあたしの後ろに移動していた。
「なっ!」
驚きと恐怖で、思わずあたしは、乙女ケースを握り締めた。
哲也は冷静に、乙女ケースを見つめると、無表情でこう言った。
「お前に、チャンスをやろう」
哲也は、あたしから離れると、指を鳴らした。
「敗北というチャンスを」
いつのまにか、哲也の後ろに、数十体の巨大なものが姿を現した。
「え!?」
あたしは、そのもの達を見ることで、少し我に返った。
「いけ!ご当地マスコットキャラクター軍団。」
哲也の号令に合わせて、体を動かす…マスコットキャラクター軍団。
あのネズミや…青いネズミ…ネズミ○輩!さらに、あの奈良三兄弟や、彦××や、バ○タン星人!白い悪魔や、宮崎のあれが、着ぐるみとなって勢揃いしていた。
「ご当地マスコットキャラクターじゃないのもいるって!と、言うより!」
あたしは後退り、
「著作権は大丈夫なの?」
映画の予算を心配した。
「著作権など!我々、ダークメイトに関係あるか!」
あの世界に一匹しかいないと、豪語する黒いネズミが、殴りかかってくる。
「うわっ!夢の国なのに!」
あたしは、黒いネズミのパンチをかわした。
青いネズミは、ポケットに手を入れた。
「じゃじゃじゃん!どこでもチェンソー!」
鋭い目付きで、斬りかかってきた。
「ほおほおほほ」
後ろに回ったバ○タン星人が、あたしのスカートをハサミでめくって、笑い声を上げた。
単なる変態のあえぎ声にしか聞こえない。
「舐めるな!」
あたしは、バ○タンの顔面に、後ろ蹴りを入れると、マスコットキャラクター軍団から離れた。
「着ぐるみの癖に!」
あたしは、乙女ケースを突きだした。
「装着!」
眼鏡が飛び出し、あたしは乙女レッドに変身した。
と同時に、鹿の角を生やした三兄弟の1人が突進してきて、あたしの胸を触った。
至近距離で見ると、あの顔は変態にしか見えない。
「は、は、は、恥じらいの膝!」
あたしは、膝で鹿の角のやつの顎を突き上げた。
気絶したようだが、着ぐるみの為わからない。
「乙女の胸に…」
あたしが一息ついていると、またスカートがめくられ、バ○タンが笑っていた。
「て、てめえは死ね!」
あたしのかかと落としが、バ○タンの頭をかち割った。
(パワーが上がった!?)
マスコットキャラクター軍団との戦いを、観察していた哲也は、乙女レッドの変化に気づいた。
(恥じらいの…乙女レッドか)
そして、フッと笑った。
「著作権違反野郎どもが、かかってこいや!」
キレたあたしに向かって、白い悪魔がサーベルを抜いた。ビームでは、できていない。
彦○○んも、剣を抜いて向かってくる。
青いネズミはチェンソー!
他に詳しく書いたら、問題になる。
「しゃらくさい!」
あたしは、乙女ケースを突きだした。
「兵装!」
あたしの声に呼応して、乙女ケースが剣になった。
「乙女ソード!」
「うりゃあ!」
乙女ソードで、白い悪魔のサーベルをへし折ると、彦○○んの額に突き刺した。
リアルに開いた穴から、血が吹き出した。
あたしは、後方にジャンプすると、日本刀に似た乙女の刀身を、マスコットキャラクター軍団に向けた。
研ぎ澄まされた刀身に、マスコットキャラクター軍団の姿が映る。
あたしは、左手の人差し指と薬指を剣先に添えると、叫んだ。
「乙女のたしなみ!三日月の型」
一斉に、襲いかかってくるマスコットキャラクター軍団に向かって、あたしは一回転し、乙女ソードを一振りした。
「舞え!斬撃!乱舞」
刀身から飛び出した三日月の形をした手裏剣のような光が、マスコットキャラクター軍団の体に炸裂し、三日月の傷をつけた。
あたしは、マスコットキャラクター軍団に背を向けると、二本の指を刀身に添いながら、鍔まで落とした。
「爆撃…」
あたしの言葉に呼応したかのように、三日月の傷が輝きを増すと、爆発した。
「お、おやじにも、斬られたことがないのにい!」
白い悪魔の断末魔だった。
黒焦げになったマスコットキャラクター軍団を足で退かしながら、あたしは哲也に近づいた。
「お兄ちゃん!」
乙女ソードを前に突きだすと、あたしはきりっと哲也を睨んだ。
「これで、著作権は大丈夫…じゃなくて!そこを退いて!あたしは、京都にいくんだから!」
「ほお〜なるほど」
馬鹿にしたような哲也の言い方に、あたしはカチンときた。
「お、お、お兄ちゃんだって!」
声が上ずる。
「京都にい、かなくちゃいけないんでしょ!」
その言葉に、哲也は苦笑した。
「お前は、何も知らないな…」
「な、何を!」
「俺は、今回の修学旅行には参加しない!代わりに、教頭が参加している」
「え!?」
目を丸くしているあたしに向けて、哲也は右手を広げた。
「俺は、お前と戦う為に、ここにいる!」
「き、きいてないよお〜」
あたしは、家に帰りたくなった。
「敗北が嫌ならば、死あるのみ」
哲也の右手に、光の粒子が集まってくる。
「ムーンエナジー!?」
あたしは、その光を知っていた。
広げた手のひらをゆっくりと閉じると、光は圧縮され…光輝く乙女ケースとなった。
あまりの輝きに、あたしは一瞬目を瞑った。
眼鏡をかけてなかったら、危なかった。
「変身…するわよ」
哲也の声に、呼応して、光の眼鏡が飛び出すと、
哲也は乙女ソルジャー…いや、乙女ガーディアンに変身した。
「ま、まさか…お兄ちゃんが!」
それは、あたし達のように戦闘服を着るとかのレベルではなかった。
豊満なバスト!引き締まったウエスト!桃のようなヒップ!
そして、淡い栗色の髪。
「え!え!」
あたしは、困惑した。
剣で、指差し…、
「あ、あんた…誰よ」
「フッ」
乙女ガーディアンは、笑った。
「お、お兄ちゃんは!」
あたしは、お兄ちゃんを探した。
目の前にいる乙女ガーディアンは、明らかに女だ。
それも、ナイスバディの大人の女。
「お、お兄ちゃん!」
慌てるあたしを見て、乙女ガーディアンはため息をつき、
「相変わらず…理解力の乏しい妹だわ。だから、国語もあんな程度で…それから…」
しばらく、あたしの知られざる成績をせきだらに告白する乙女ガーディアンに、あたしは恐怖した。
「も、もしかして…女のストーカー!!」
あたしがまた剣で指差した瞬間、乙女ガーディアンは拳を突きだした。
その風圧で、あたしは数センチ後ろに下がった。
「え!」
乙女ガーディアンはわなわなと、全身を震わせると、拳を握りしめ、
「誰が、妹のストーカーになるか!」
と力んだ後、大きく肩を落とした。
「仕方がない。一から、説明してあげる!あたしの名は、乙女ダイヤモンド。人間名でいうなら、結城哲也。でも、今は女だから…結城徹子でいいかしら?」
「結城徹子!?」
あたしは思わず、口に出してしまった。
「乙女ガーディアンは、女神を直属で守る戦士。その力を、すぐに発揮できるように、男がかけたら、女になるのよ。身も心もね」
「結城徹子…」
あたしの背中に、悪寒が走った。言葉に出すだけで、気持ち悪い。
べ、べつに、世間にもしかしたら、いっしゃるかもしれない結城徹子さんがキモいわけでなく…
前にいる相手が気持ち悪いのだ。
まるで、兄がオカマバーで働いてる時の…源氏名みたいじゃない。
でも、徹子はないわ!捻りがないわ!
あたしは乙女ソードを握り締めると、上段に構え、
「名前に!捻りがないだろ!」
そのまま、渾身の力を込めて、乙女ソードを振り落とした。
「そうね」
乙女ダイヤモンドは、避けることもなく、乙女ソードを肩に受けた。
「徹子は…かわいくないわね」
乙女ダイヤモンドは顎に手を当てて、考え込んだ。
「え」
乙女ソードを振り抜くことなく、刀身が真っ二つに折れた。
「じゃあ…里香にしましょう!あんたが、里奈だから」
乙女ダイヤモンドは微笑みながら、斬りかかってきたあたしの鳩尾に拳を叩き込んだ。
「な」
全身に痺れが走った。
「里奈…知ってた?あんたの名前…あたしがつけたのよ」
「ああ…」
あたしの耳に、その言葉は聞こえていたが、脳には達しなかった。
あたしは、一撃で意識をかられた。
変身が解け、膝から崩れ落ちていくあたしを、左腕で受け止めると、
乙女ダイヤモンドは眼鏡を外した。
「里奈…」
哲也は気を失ったあたしの顔を、覗き込んだ。
乙女ガーディアンに長時間…変身していると、哲也は本当の女になってしまう。
そうなると、変身を解いても、男には戻れない。
男の哲也が、乙女の力を使うには、そのくらいのリスクが必要であった。