清水寺
まず最初に、バスが止まったのは、清水寺の近くだった。
「しみずでら?」
しおりを見て、首を捻った夏希に、横を通った蘭花が言った。
「きょみずでらよ」
バスの停留所を出ると、清水寺までの石畳の階段が続く。
ご当地○ティちゃん人形を売る店や、抹茶アイス専門店などが並んでいる。陶器でつくったビアカップや、猫の陶器。
いろんな店が並んでいる中…清水寺の近くにあるお土産屋さんは、お茶がタダで飲め、八つ橋やアラレなどを試食できる。
せこい人は、そこで一服し、お腹いっぱい食べるらしい。
中は広くて、店の数も多いし、種類もいっぱいある。
「まじうま!」
いつのまにか、店内でコップを持って、試食している蒔絵がいた。
「こら!花町!勝手に、店に入るな!」
熊五郎が注意しょうと、店に入ろうとした時、後ろから巨大な影が現れた。
「え?」
妙な殺気を感じ、振り返った熊五郎は、絶叫した。
「ぎゃあああ!」
顔に似合わない甲高い声を上げた熊五郎の後ろに、巨大な八つ橋が立っていた。
「てめえら!タダ食いをやめろ!金払え!八つ橋を買え!」
京都のお土産を守る魔神八つ橋が、出現した。
「きゃあ!」
人で、ごった返していた店内が、一瞬でパニックになる。
「また怪人!?」
お茶を手にして、アラレに手を伸ばしていた夏希が、慌てて飲み干すと、
乙女ケースを手にした。
「で、出番が多いのはいいけど…」
乙女ブルーになった夏希が、八つ橋に飛びかかる。
「邪魔だ!」
魔神八つ橋のビンタで、ブルーはふっ飛んだ。
「あたし…やられ役じゃないの…今回?」
ブルーは石畳の階段を、転がり落ちていく。
「夏希!」
早奈英を背負っていた九鬼が、魔神八つ橋の前に立つ。
「生徒会長!」
早奈英を背負ったままでは、魔神と戦えない。
「まじうま!」
店員もいなくなった店内で、1人食べまくる蒔絵。
「チッ」
九鬼は、早奈英をおろす場所を探していたが、逃げ回る人々が多くって、安全な場所がない。
「あたしに構わず、戦って!」
早奈英の言葉も、九鬼は聞いていない。
魔神八つ橋と睨み合う。
「まったく…騒がしいことだぜ」
九鬼と魔神八つ橋の間に、金髪の女生徒が割り込んだ。
「十夜さん?」
間に入ってきたのは、十夜小百合。
十夜は、魔神八つ橋の体を下から上まで、目で確認すると、苦笑した。
「こっちの魔神は、捻りがないな」
「貴様!」
魔神八つ橋が、十夜に襲いかかる。
十夜は笑いながら、魔神八つ橋に背を向けた。
そして、九鬼を見つめ、
「お前を倒すのは、俺だ。こんな雑魚に、怯むな」
「俺を無視するな!」
ビンタを喰らわそうとした八つ橋の体が、突然細切れになった。
「十夜…」
九鬼は、十夜を睨んだ。
「フン」
鼻を鳴らすと、十夜は階段を上がっていった。
九鬼はちらりと、魔神八つ橋の残骸を見た。
弾力のあるもちもちしている魔神八つ橋の体が、綺麗に切断されている。
「腕を上げたな」
九鬼は、遠ざかっていく十夜の背中を見つめた。
「おのれ!八つ橋!」
階段から駆け上ってきたブルーが、無惨な姿になった魔神八つ橋に、驚いた。
「え?終わり?」
呆気に取られているブルーを置いて、九鬼は石畳を上がっていった。
「ち、ちょっと!」
後を追おうとするブルーに、戻ってきた参拝客が、携帯を向けて、撮影を始めた。
仕方なく、魔神八つ橋の残骸の横で、ブルーはポーズを決めた。
「ここからは、自由行動だ!」
何とか気を取り直した熊五郎の言葉に、生徒達は清水寺内に散らばった。
ほとんどの生徒が、有名な縁結びに向かっていく。
本堂の横の階段の上にある2つの離れた石。
目をつぶって、石から石までたどり着くことができたら、恋が実るといわれていた。
「あたし…見てきます。生徒会長は、休んでいて下さい」
気を使ってか…早奈英は1人で縁結びに向かった。
「気をつけて!階段があるわよ」
「大丈夫です!」
笑顔でこたえた早奈英のもとに、出遅れた夏希が駆け寄った。
「す、すいません」
夏希は、早奈英に肩を貸した。
本当は、つねにそばにいなければいけないのだが、
九鬼は少しだけ1人になりたかった。
清水寺の舞台の一番端で、手摺にもたれた九鬼は、深いため息をついた。
「どうやら…変身できないようだな?」
九鬼の横で、十夜が手摺にもたれた。
「十夜さん…」
九鬼は十夜を見ずに、
「何度も言ってるけど…あなたの髪は、校則違反よ」
「フッ」
九鬼の言葉に、十夜は笑った。
「違反は…俺にとっては、誉め言葉だ」
十夜は、九鬼のそばから離れた。
九鬼は、大きく息を吐くと、体を反転させ、清水寺の舞台から、京都の町並みを眺めた。
「やってみるね!」
夏希ははしゃぎながら、石の前に立つと、目を瞑った。そして、ゆっくりと歩き出す。
「頑張って!」
早奈英の応援を受けて、夏希はバランスを取りながら、歩いていく。
「やった!」
夏希の爪先に、石が当たった。
目を開けて、向こう側の石にたどり着いた夏希が、振り返ると、
1人の男が立っていた。
「落としましたよ」
夏希に差し出されるハンカチ。それは、明らかに夏希のものだった。
どうやら、目をつぶって歩いている間に、ハンカチをポケットから落としたようだ。
真面目そうで、高校生だと思われる男は、夏希に微笑みかけていた。
「す、すいません!」
夏希は慌てて、男の手から、ハンカチを奪い取った。
どうしてか、顔が真っ赤になっているのが、自分でもわかった。
「ご、ごめんなさい!」
夏希は恥ずかしさから、頭を下げた。
「そ、そんなに謝らなくても」
困ったような男の前から、夏希は逃げるように離れ、早奈英に駆け寄ると、縁結びの境内から出ていった。
その夏希の後ろ姿を、男はじっと見送っていた。
「九鬼!よろしくね」
まだ緊張している夏希は、早奈英を九鬼の前まで連れて来ると、どこかへ消えていった。
その頃、蘭花は清水寺の出入り口にある三本の滝の前で、如雨露を突き出していた。
民間伝承であるが、三本はそれぞれ…頭が良くなる。病気が治る。綺麗になると、効果が違っていた。
蘭花は迷わず、真ん中の滝の水を飲んだ。
それは、綺麗になるだ 。
一方、蒔絵は…。
「まじうま!」
まだ試食を続けていた。
店員の冷めた視線を、気にもせずに。