95.金太と秋楽の再出発
これより、秋楽sideの話も挟んで行きます。
(八笑院家の騒動から3日後、宝造路 金太視点)
「厳重な精密検査の結果、金太さんの怪我は取り調べに影響はないと判断して良いものでした」
「それは良かった。……では、先輩」
「ああ……おい坊主、自業自得とはいえ家族にすら見捨てられるのはさぞ辛いだろうな……」
病室のベットに寝かされた僕ちんの前で繰り広げられる、医者と警察2人による馬鹿馬鹿しい会話。
僕ちんが見捨てられた?
そんなの、僕ちんが1番分かっている。
お祖父ちゃんは普段なら力になってくれるが、襲撃が失敗して宝造路財閥の名を汚す結果になった僕ちんを守ってくれる程の孫馬鹿じゃない。
……ったく、会社は汚職まみれだってのに呑気なもんだな。
「ハァ……僕ちんを逮捕するんだろ?……さっさとやれよ」
どうせ泣いても笑っても終わりは終わりだ。
……秋楽の奴、肝心なところでミスった上に最後はそそくさと逃げ出したって聞いてるし、絶対に許さないからな!
そんな文句を吐き出していると……
「いや~、ここで坊っちゃんを連れて行かれると困るんでヤンスよ~」
「「「「っ!?」」」」
突然、僕ちん達の近くから聞き覚えのある声が聞こえて来た。
……ふん、助けに来るのが遅いぞ!
「さ~てさて、この後は宝造路財閥の方で厄介になるとして……ひとまず坊っちゃんを助けるでヤンスかね~」
「なっ!」
「させるか!」
「遅いでヤンス!……【逆転】でヤンス!」
ーギュイン!
そうして僕ちんは秋楽……いや、楽邪によって病室から転移させられた。
にしても、僕ちんに説明の1つや2つしてから転移するのが普通じゃないか?
本っ当にこいつは僕ちん相手に配慮ってものが出来ないんだなぁ!
とか何とか思っていたが……
「……ところで、ここは何処だ?」
僕ちんはふと、自分が立っている場所が薄暗い路地裏だって事に気付いた。
何でだ?
宝造路財閥に行くんじゃなかったのか?
「あれ、その顔……もしかして本気で宝造路財閥に戻れるとか思ってたんでヤンスか!?」
「そ、それは……僕ちんだってさっきまではそんな事欠片も思ってなかったが……これに関しては楽邪が先に言い出した事だぞ!?」
「あんなの、ただの嘘でヤンスよ?」
「えっ……こ、こほん!……いやまあ、僕ちんも薄々そうじゃないかとは思ってたが……」
……思ってたがなぁ!
こんなの、僕ちんからしたら期待させてから絶望に落とされたとしか言い様がないんだよ!
「ま、これであの人達は宝造路財閥に捜査の目を向けるでヤンスよ。……となれば、坊っちゃんを見捨てた宝造路財閥に対する良い復讐に……」
「ハァ……今頃お祖父ちゃん達は大急ぎで汚職の証拠を消そうとしてるだろうな~……」
僕ちんだって、現実は見れる。
やらかして、捕まって、見捨てられて……
こんな状況で助かる道なんてないんだろ?
「ん~?……坊っちゃん、捕まってた影響で性根が少しマシになったでヤンスか?」
「かもな。……というか、寧ろ楽邪が僕ちんを助けてくれた理由すら分かってないが……僕ちんを何に利用するつもりだ?」
お祖父ちゃんですら見捨てて切り捨てた僕ちんを助けるとか、絶対に何か裏があるだろ!
まあ、そもそも僕ちんにはそんな道しか残されてない訳なんだが……
「お~、なんか前より冷静でヤンスね~。……坊っちゃんの事だから、てっきり捕まったのを受け入れられずぎゃ~ぎゃ~大騒ぎしてるもんだと……」
「勿論、捕まってから丸1日は喚きまくった。……だが、2日目にもなれば現実を受け入れたし、3日経った今日にはこのザマだ……」
「へぇ~、鼻っ柱をへし折られた人間は急成長するって聞いた事があったでヤンスが、事実だったでヤンスか……」
「……勝手に言ってろ……」
鼻っ柱をへし折られた、か……
確かに、僕ちんは前に比べて冷静になった。
幻術使いにボコられて、お祖父ちゃんに見捨てられたらそうなるのも仕方ないが。
「あ、それはそうとそろそろあっし等の協力者が来るでヤンスよ~?」
「協力者?……確か、楽邪も自分の組織を離反したって聞いてたんだが?」
「そうでヤンスよ。……だから今後はあっしと坊っちゃんと協力者、この3人で成り上がって行くんでヤンス!」
「……あ~、なるほど……それが楽邪の目的、僕ちんにやらせたい事か……」
成り上がりとはまあ、大きく出たな。
にしても、だ。
楽邪の事をそこまで知らないとはいえ、この顔を見ればこいつが楽しんでるのは嫌でも分かる。
そう、分かってしまう……
「あ、苦虫を潰した様な顔を浮かべないで欲しいんでヤンスが……」
「聞いておきたい事がある。……これから僕ちん達が成り上がる場所ってのはどんな場所だ?」
少なくとも、表社会では生きていけない。
……常に警察から追われる日々になるのは目に見えているからな。
「ふっふっふ……あっし等がこれから成り上がるのは、"裏"でヤンス!」
「裏?……裏社会、か?」
「ちょっと違うでヤンス。……"裏"ってのは文字通りこの世界の裏面で、死と金と泥が全てを支配するディストピアって聞いてるでヤンス!」
「……僕ちんの命の保証は?」
「ないに等しいでヤンス!」
なるほどなるほど……
うん。
「すぅ~……楽邪、今からでも良いから警察に連れて行ってくれ。……僕ちんは自分の犯した罪に向き合わなくちゃならないみたいだ……」
「あ、自分の命が惜しくなって自首するつもりでヤンスか?」
「当たり前だろ!……楽邪は僕ちんに死ねって言ってるのか!?」
「いやいや、あっしだって出来る限りは坊っちゃんを守るつもりが……」
「出来る限りじゃ駄目なんだよ!」
駄目だこりゃ……
今からでも警察のお世話になった方が良いのか?
「まぁまぁ……あっしは坊っちゃんを"裏"のトップにまで成り上がらせるって決めたんでヤンスから、ちゃんと守り切るでヤンスよ」
「僕ちん、そんな場所のトップなんて望んだ覚えないんだが?」
「当然でヤンス。……あっしが勝手に決めたでヤンスからね」
「……僕ちんという馬鹿を神輿にして"裏"でトップまで成り上がる……それが楽邪の新しい目的か?」
何となく、楽邪の目的が分かって来た。
僕ちんという馬鹿な神輿を"裏"とかいう頭のおかしい場所のトップにまで成り上がらせる……
ある意味、僕ちんに課せられた罰とも言え……やっぱり警察で然るべき法の下に刑罰を受けた方が生易しい気がするな……
「ま、それはそうと今の坊っちゃんじゃ"裏"は厳しそうでヤンスね……まずはダイエットから頑張るでヤンスよ!」
「……もう永遠にダイエットしてて良いか?」
「良くないでヤンスよ~!」
ダイエット、か……
ここでどれだけ時間を稼げるかだな……
そう現実逃避をしていると……
「おやおや~、無事に金太様を回収出来たので~すね!」
「ん?……お前は確か……」
「よく金太様と性的なアレコレをしては、金を貰っていた三村坂 鈴虫という者で~すよ!」
「……ああ、カスの鈴虫か……」
三村坂 鈴虫……
僕ちんが売春紛いな手段で金を払っては性的なアレコレをしていた女の中で、最もその頻度が多かった女だ。
一応美人ではあるが、手入れもされずボサボサになった桃色の長髪と、目の下で色濃く残る隈のせいでイマイチ美人感がない。
そんな鈴虫が僕ちんの相手をしてまで金を欲した理由は酒、タバコ、パチスロに公営ギャンブル等への浪費で無一文になりがちなため。
結果、しょっちゅう僕ちんの性的な相手をしに来ては大金を貰ってホクホク顔で帰るという行動を繰り返し、流石の僕ちんですらこいつの名前と浪費癖を覚える程になったヤバいカス女だ。
「覚え方に悪意ないで~すか?」
悪意?
事実の間違いだろ……って、ちょっと待て!
「……楽邪、まさかこいつが僕ちん達の……」
「協力者でヤンス。……というか、今のあっし等に鈴虫さん以外の人脈は無いでヤンス!」
「そ、そうか……」
僕ちんが言うのも何だが、これなら誰も居ない方がまだマシだったぞ!
「ま、この初期パーティーからどう変化するかはこの成り上がり物語の主人公ポジションにあたる坊っちゃん次第でヤンスよ」
「……僕ちんが主人公ポジション?……馬鹿馬鹿しい話も大概にしろ!」
「あれま、お気に召さなかったでヤンスか?」
「……僕ちん視点じゃ、楽邪が主人公で僕ちんを傀儡にしつつトップに立てようとしている物語にしか見えないんだが?」
「も~、酷いでヤンスよ~!」
どうだかな。
取り敢えず、この3人の中に主人公ポジションが居るとすれば間違いなく楽邪だ。
異論は認めない。
「ハァ……どうして僕ちんはこんな目に……」
「う~ん、坊っちゃんが鼻っ柱へし折られて冷静になってたのは嬉しい誤算でヤンスが、叩いても良い音が鳴らなくなった気もして複雑でヤンス……」
「私が君達に協力する理由は、金太様を成り上がらせるという壮大な賭け事に惹かれたからで~して……」
「あ~もう、どいつもこいつも勝手な事を言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんなこんなで、僕ちん達の成り上がり物語は幕を開けてしまった。
僕ちんだけが、最後まで納得出来ないままに……
ご読了ありがとうございます。
金太はボコられて切り捨てられた事で鼻っ柱がへし折られ、性格が少しマシになりましたが……そのせいで他2人の手綱を握る苦労人ポジションを務める事になりました。
気が向いたらいいね、ブックマーク登録してくれるとありがたいですが、あくまでも気が向いたらで大丈夫です。
後、皆様がどんな事を思ってこの小説を読んでいるのか気になるので、感想くださるとありがたいです。




