83.春銭太夫の精神世界
死の淵から舞い戻った春銭太夫、その実力は……
(五知院 綾香視点)
「ふぅ……で、何の用や?」
「何の用って……そんなの1つしかないのはあんただって分かってる筈さね」
……ウチは今、精神世界とでも言うべき場所で、春銭太夫と対面しとった。
「……春銭太夫……念のため確認するんやけど、ウチの体を狙っとるんか?」
「ふん……あちきにそれ以外の目的があると思ってんのかい?」
やっぱりかいな……
いや、今更か……
「……あんたの記憶を見て、前の保持者の人格が残り続けるんは知っとったけど……まさか、こない世界を作り出すとは思わへんかったわ……」
「ふふ、そうだろうそうだろう?……何せ、あちきの自信作だからねぇ!」
……春銭太夫がそう語る精神世界は、何とも言えへん出来やった。
ウチと春銭太夫が佇む中央を囲う様に数え切れへん程の座敷牢が並び、当の中央には大きな桜が鎮座して花びらを落としとった。
そして、耳をすますと……
「ここから出せぇぇぇぇぇ!」
「どうして私がぁぁぁぁぁ!」
「許さない……許してなるものかぁぁぁぁぁ!」
「出たら殺してやるぅぅぅぅぅ!」
「糞がぁぁぁぁぁ!」
……座敷牢の中で囚われている、愚かな女性達の叫び声が反響しとった。
「この声は……」
「おっと、あまり聞かない方が良いさ。……アレ等はあちきより前の呪い保持者の声だからねぇ……」
「……春銭太夫が閉じ込めたんか?」
「当たり前だろ?……あちきは常に、前の人格を抑え込んでた。……でも、自分も抑え込まれる側になった時、初めて起こったのは……誰が主導権を取るかの争いだった……」
……これまでの秩序は壊れ、ウチに抑え込まれた人格同士で争いを始めたって事かいな……
しかも、春銭太夫が勝ったってのも最悪や……
「……ウチも、閉じ込めるつもりなんか?」
「当然さ。……あちきはまた、肉体を得て好き勝手やるって決めてんだからね。……人間だった時に、吉原の遊郭って檻から逃げられなかった分……」
「……っ!」
ウチは、春銭太夫を殺した時にその記憶を見とる。
幼い時に遊郭の店に売られて、子供の身で過酷な目にも遭って、それでも何とか持ち前の美貌を活かして出世街道に乗って、なのに花魁にはなれず太夫止まりで老い始めた……
勿論、吉原で太夫になれただけ充分勝ち組や。
せやけど、プライドの高い春銭太夫には耐えられへんかったんやろ。
……自分が1番やないって事実に……
そんで、太夫になっても自由にはなれないって事実にも……
「……ま、今更あちきに出来る事もないけどねぇ」
「ん?」
「だってそうだろ?……仮にあんたを乗っ取っても、その肉体じゃ出来る事も限られちまう……さっき乗っ取ろうとして実感したよ……あんたの肉体が生前のあちきに遠く及ばない事実をねぇ」
「好き勝手言ってくれるやん……ウチじゃ、春銭太夫に勝てないとでも言うつもりかいな?」
……いや、分かっとる……
完全に図星……ウチは天道はんが居らんと春銭太夫にも勝てん弱者や……
現に……ウチはあの時に春銭太夫が見せた異形の形態になんかなれへんもん……
「ふふ……分かってるなら何よりさ」
「なっ!?」
「忘れたのかい?……ここはあちきが作り上げた精神世界……あんた程度の考えなんて手に取る様に分かるのさ!」
「……そんなんアリかいな……」
……ほな、どないしたらええねん……
「くくっ……困ってるねぇ……」
「笑い方が安定せんなぁ……もう死んで単独人格の筈やろ?」
「煩い!……長く使ってた結果、未だに口調が安定しないんだよ!」
「……難儀やなぁ……」
……雑談による足止めもこの辺りが限界そうやなぁ……
そろそろ、勝負に挑むか……
「ふ~ん、戦う気になってくれたか……」
「せやな。……それはそうと、何で戦うん?」
「そうさねぇ……これならどうだい?」
ーカラン……
「これは……ドスかいな!?」
春銭太夫は、よく極道なんかが使う様なドスをウチの足元に投げ捨てて来た。
「あちきも同じ物を持っているからねぇ……」
「……殺し合いって事かいな?」
「ま、そう思って貰って構わないさ。……あ、そうそう……今はどちらも百々目鬼の力は使えないからそのつもりで頼むよ?」
「……何なんや……」
律儀に状況説明までするって……
確かに前々からプライドが高い場面はあったけど、何か違和感を感じるんやよなぁ……
「じゃ、始めるか……」
「望むところや……」
ース~ッ……
そうして、ウチと春銭太夫は共にドスを鞘から抜いたんやった。
その次の瞬間やった。
「先手必勝さね!」
ーシュッ!
「チッ!」
ーギィィィィィ~ン!
春銭太夫は即座にドスを真っ直ぐ突いて来たんや。
対するウチは、何とか自分のドスで春銭太夫の突きを防いだんやけど……
「注意が疎かになってるよ!」
ーブンッ!
「何やて!?」
春銭太夫は、何と膝蹴りをウチの腹めがけて繰り出して来たんや。
……当然、ウチが瞬時に防げる訳もなく……
「遅いねぇ!」
ードンッ!
「くはっ!」
……良い一撃を、腹に食らってしもたんやった……
いやいや、何やこれ……
前の春銭太夫からは考えられへん……
「……あの時、あちきは慢心し切っていた。……でも、あんたのお陰でまた強くなれたのさ……」
「ハァ……ハァ……ど、どういう事や……」
ウチのお陰で強うなった?
何が言いたいんや……
「さっきも言っただろ?……お前が呪いを継承した結果、抑え込まれた人格同士で争いが起こったって……そこであちきは、何度も地獄を見て……それを何度も乗り越えたのさ!」
「ハァ……ハァ……なるほどなぁ……擬似的な……蟲毒で……勝ち残ったって……訳かいな……」
……人格同士の蟲毒で、最後まで勝ち残ったらこうもなるかぁ……
「……蟲毒と言っても、"銭目の呪い"に組み込まれたあちき達の魂が消滅する事はない……だから、あちきも最終的には幽閉するに留めたんだからね!」
「ハァ……ハァ……せやけど……成長しとらんなぁ……」
「んん~?……何を言ってるんだい?」
「……ここでさっさとウチにトドメを刺しとらんのやからな!」
ーブンッ!
ウチは近付いて来た春銭太夫の足に、ドスを突き刺そうとして……
「想定内さ」
ースッ……ダンッ!
「ハァ!?」
……すんなり避けられてしもた……
しかも、木製の床にドスが刺さってしもた。
「まだまだだねぇ……あの地獄に比べたら、こんなものはぬるま湯ですらない……いい加減、あちきを下してみろってもんだ……」
「そ、それなら……まだや!」
ースッ!……ブンッ!
「遅く見えるねぇ!」
ースカッ……
ウチはすぐに床からドスを引き抜いて切りかかったけど、簡単に避けられてしもた。
「まだまだや!」
ーブンッ!
「遅い遅い!」
ースカッ……
「何でやよ!」
ーブンッ!
「経験の差さ!」
ースカッ……
ウチの攻撃は、春銭太夫に対して全く意味を為してなかった。
春銭太夫は生前と同じ、豪華絢爛な和装をしとるっちゅうのに……体はおろか、あのゴテゴテした服にすら掠りもせんなんて……
「……あかん……当たらん……こんなん……ありえへんやろ……」
「……一目連なんて土地神クラスの妖を頼ってあちきに勝てた前回とは訳が違う……今回のお前は、ただのひ弱な小娘に過ぎないんだからねぇ!」
……何も言い返せん……
あちきは桜はんや夏芽はん、麻里はんなんかとは違って、運動能力は壊滅的や……
せやからこそ、今の状況になっとる訳で……
「それでも……負けられん……ウチは……ウチを受け入れてくれた……皆のためにも……こんな所で……で負けられんのや!」
……ウチを受け入れてくれた皆……特に宗雪はんのためにも……ウチは……生きて現実世界に帰るんや!
そう……叫んだ瞬間やった。
「ハァ……やっぱり眩しいねぇ……」
「ん?」
「あちきは改心しない……悪行を反省もしない……でもねぇ……あんたの事……気に入っちまったんだよ……」
「は?」
春銭太夫が……訳の分からへん……事を言いはった……
その……直後やった。
「だから、今回はオマケさ」
ーブスッ!
「なっ……」
……勝負は決した……
春銭太夫が……自分の首を貫くという……予想外の結末で……
ご読了ありがとうございます。
春銭太夫の心変わりについては、次回……
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