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エッセイ的な

鵼の碑を買ったのです

作者: イトー


 読みは『ぬえのいしぶみ』と当てるのです。


 かの京極夏彦先生の代表作、百鬼夜行シリーズの17年ぶりの新作。


 17年──そんなにも経つのか。

 感慨にひたるのも至極当然の時間。

 薔薇十字探偵シリーズ、サイドストーリー、スピンオフ、コミカライズなどを挟みながら17年。


 その間、今か今かとファンの間で囁かれ続けていた発刊の噂は、すでに幻や都市伝説、フォークロアの類いにまで及んでいた。

 それこそ、存在自体が妖怪のような正体のない気配を醸し出していた中で──。


 発売日が発表されたのだ。

 作者の30周年キャンペーンの動画で唐突に。


 ふわふわとした噂だけだったものが、いざ詳細な発売日や表紙といった「形」を与えられたときの力はこの上なく強い。


 もう上を下への大騒ぎである。

 コメント欄から黄色く色付いた悲鳴が聞こえてくるかのようだった。

 ネットではあの状況を祭りと呼ぶのだろう。

 しかしあれは奉り、祀り、と当てたほうがしっくりくる空気ではなかったかとも思う。


 情報が出るやいなやSNSのトレンド、ニューストピックスの上位を飾ったのは記憶に新しい。


 それほどまでに待っていた。

 発表のときを待望されていた。

 多くの者が待ち焦がれていたのだ。

 その発刊(とき)を。


 旧作を読んで待つか。

 読みそびれていた作品をチェックしよう。

 当日は有休を取るしかねえ。

 そういった期待の声が聞こえてくるなか、いよいよ発売日となった。



 本屋で最新刊の棚を遠目に見たとき、我が目を疑った。


 なぜなら──

 求めるそれが、(すす)と灰の色で塗り分けられた箱のようであったからだ。


 これは本なのだろうか。

 いや、(つづ)られて帯をつけられ、本屋で売られているのだから紛れもなく本なのだろうが。


 シリーズ既刊と比べてもかなり厚い。

 京極夏彦といえば厚い本、あるいは指貫グローブ、と云われるだけあって厚いのは解っていたが。


 1200ページ超え、重量1200グラム。


 いざ手に取って、特異といえる厚さと重さに、妙な笑いが込み上げてきた。

 本を開かずとも、そのビジュアルの時点でインパクトがものすごい。

 目を引くタイトルで客を呼べ、などというどこぞで見聞きしたアドバイスが欠片も残らず消し飛ぶかのような凄味である。


 こんなの見せられたら笑うしかあるまい。

 本屋だから腹を抱えるわけにはいかないが、みるみるうちに自然と口角が上がった。

 この笑みには当然、期待も含まれているが。


 これを仰向けに寝転がって読んで、顔に落としたら鼻くらい折れるかもしれない。

 下手すれば顔面の平面骨折すらありうるのではないか。

 まあ、そんな行儀の悪い読み方をしてはいけないのだが──。

 冗談でも、凶器になる、とはよく云われたものだ。

 重さだけなら、持って読むだけでウエイトトレーニングにもなるであろう代物だろう。


 しかしブックエンドも無しに机に独立するほどの、このどっしりとした厚さと重さが頼もしい。

 裏を返せば、これだけの新たなる文章とストーリーが読めるということなのだから。


 こちらの単行本版と講談社ノベルス版を購入し、えっちらおっちらと運びながら家路についたのでありました。

 だいぶ古びていたとはいえ、トートバッグの底が重さで少し切れていたぞ。


 それから時間を見つけては読み続け、読むことが日課になりかけた辺りでようやく読了した。


「ああ、ついに17年ぶりの新作を」

 読み終えたのだなあと私は思った。

 その余韻にさらなる重みを与えるように、

 ずっしり重い本はぱたりと閉じられた。



 ああ、良かった。



 感想はここでは言えません。

 どこから触れてもネタバレになってしまうので。

 逆にエピソードをかいつまんで取り上げたとしても、すべて読まなければオチにはたどり着けないのです。

 

 ただ言えるのは、読むことに没頭しました。

 ひさびさの、あの世界観とお馴染みの登場人物を懐かしんだり、また新鮮味を覚えたり。


 幾重にも紡がれたストーリーに入り込める。

 そういう読書体験は心を振るわせ、お気に入りのシリーズとあらば、なおのこと心の琴線に触れる。


 どんな話なのか、知りたい方は読んでください。

 帯の文や公式にあるあらすじを書いただけでも、公の場でネタバレしやがって、と言われてしまう時代ですので、ぜひぜひ本屋でお手に取ってみてください。

 重さで手首を痛めないように、と注意は促します。


 読まれた方は既刊『百鬼夜行 陽』に前日譚になるであろうエピソードが2作載っているので、そちらも良ければ。


 もう次作予定のタイトルは発表されているので、今度はそれを待つといたしましょう。

 その間にこの『鵼の碑』も志水アキ先生画でコミカライズされるんじゃないかな。


 さて京極夏彦先生といえばもう1つの代表作、巷説百物語シリーズも、最終章的な(おわりの)巷説百物語が雑誌『怪と幽』で始まっています。


 巷説百物語は百鬼夜行とも繋がりのあるシリーズ。

 こちらもクライマックスから目が離せません。

 いやあ、どうなるか、気になる気になる。



 ところで変化球で『ルー=ガルー』の新作が突然出ちゃったりしてもいいぞ。

 京極夏彦の書く女学生のやり取りは、時代を問わず、いいのだ。

『魍魎の匣』アニメ版とかね、色々といい。

 1話だけでいいから見れ。

 叶うならば『絡新婦の理』もアニメで見たい。



 話題が脱線しはじめそうなので、今回はこの辺で。

 体調不良の療養や別の仕事などが重なって刊行が延びただけで、なんでも3ヶ月ほどで書き上げてしまったとか。


 昨今のWeb小説の人気ジャンルとは違ってしまうだろうが、京極作品のような、謎が絡み合って最後にドンとオチがくる長編を書いてみたいものだなあ。

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