第26話_暴走
~ハデスside~
ここまで強力な魔法を行使したのはいつ以来だろうか
だが、マギを扱えるのだ
いくら子供であろうとこれくらいしないと仕留められ
ないのはわかっている
ゴウゴウと立ち込める煙を空中から見つめる
ソーラーレイは周囲の光を全て一か所にまとめて放つ
魔法だ
その熱量は普通の火魔法とは桁違いであり、あらゆる
物質を溶かしつくす
それはマギをもった者でも例外では無い
「フッ、そういえば例外もありましたね」
少し昔のことを思い出す
あれは紅龍-イドラと戦った時であろうか
同じ魔法を打って、全て防がれた苦い思い出があった
「あの龍には私の魔法など一つも通用しません
でしたね」
だが相手は龍族だ
そもそも人間とは桁違いの魔力量をもち生まれつき
体のできも違う
比べては行けない
やがて煙が風でどんどん流れていき、魔法が放たれた
場所が映し出された
そこには大きな穴が空き、周りの地面や岩は溶かされ
溶岩がドロドロと生成されている
だが、そんな溶岩の真ん中だけ溶かされず岩の柱と
なって残っている場所があった
「流石と言うべきでしょうか」
その柱の上には一人の少女が転がっていた
服は半分無くなり、皮膚はところどころ溶けていて
肌のほとんどが焦げている
そんな少女はもうピクリとも動かない
「あれだけの魔法を受けてもなお体が残っているとは
でも残ったのは体だけでしょうね」
上空から地面へと着地する
もともと森だったそこには草木など残ってはおらず、
ドロドロと流れる溶岩地帯だけが残った
ゴウッと激しい熱風が押し寄せる
「死んではいると思いますが
念のためです、留目だけは刺しておきますか」
私に抜かりなどはない
今まで多くの敵と戦い、ここから立ち上がった奴らを
幾度となく見てきた
だいたい強者とはなぜか死なない生き物なのだ
そんな経験則から一本の鋼鉄の槍を少女の真上に
作り出す
「さようなら、不思議な少女よ」
その槍を少女の体目掛けて打ち放った
ズドンッ!と少女のお腹を槍が貫通し、体が跳ねる
次第に大量の血が溢れ出てきた
「さて、聖獣様をお迎えに行きましょうか
ハマスはやられてしまったようですね、少し残念
です」
魔力の繋がりがあったハマスからはそれが今では
感じ取れない
魔石も砕かれてしまったのだろう
死んでいるとはいえ、元々この森の守り神だった龍を
屠るとは聖獣様は中々に強いようだ
そんな聖獣様はバッと森の中から飛び出してきた
こちらと目が合うが、辺りをきょろきょろと見回
している
きっと主を探しているのだろう
顎でクイッと主の方向を指してやる
そうしてやると、もう一人の少女は膝を地面について
放心状態になってしまった
~ルナside~
私は必死に森の中を走った
主様が負けるはずは無い、だがなんだろうこの
胸騒ぎは
嫌な予感がどんどん立ち込める
そしてようやく森が開け、光の柱が立っていた場所へ
と出ることができた
そこはもう森などでは無く、大きな穴が空いているの
とドロドロと溶岩が流れる
火山地帯のように姿を変えていた
辺りを見回すが誰もいない、いや穴の反対側には
ハデスの姿があった
(あ、れ、ハデスは生きている?)
そんな彼は顎で穴の中央を指しているようだった
その穴の中央には一本の柱が立っていて、真ん中では
少女に槍が突き立てられていた
体は黒こげ、お腹からは大量の血が溢れかえっている
でも見間違えようは無かった
「あるじ、さ、ま」
目を見開きその少女が自分の主だと確信する
「主様!あるじさまぁあああああああ!」
いつしか私は膝をついていた
(そんな、主様が死ぬはずなんてない!
死ぬはずなんて・・・)
そんな彼女は今ぴくりとも動かない
目からは涙が止まらなかった
私は叫び続ける
こんなのはおかしい、ありえないと
~ステラside~
私は真っ暗闇の中にいた
あれ?さっきまで私は誰かと戦っていたのでは
無かっただろうか
その暗闇の中をぷかぷかと浮かぶ
体は軽く気持ちが良い浮遊間が漂う
少し前までのことが思い出せない
だが思いだせないのなら大したことでは無いのだろう
「真っ暗だけど、出口はどこなんだろう」
私はその暗闇の中を進む
ジャラッ
進むに連れて何か音が聞こえてきた
ジャラッ
金属が擦れるような音が辺りに響き渡る
「誰かー、いるのー?」
私は少し大きな声で叫んでみる
だが反応は無い
ジャラ、ジャラ
その音は次第に大きくなってきた
音の方へとまっすぐに進む
するとそこには鎖に繋がれた金髪の少女が現れた
繋がれた鎖は裸の体に食い込んでとても痛そうだ
この光景をどこかで見たような気もするが、
いまいち思い出せない
「あなたわ?」
ガシャンッ、ガシャンッと大きく鎖が揺れる
その少女は一生懸命出ようとするがどこかに繋がれて
いるためそこからは前に進めないようだ
金髪の少女は泣いていた
私はその少女の頭を撫でてあげた
なんとなくそうすることが正解なんじゃないかなと
「ああ、あなたは・・・・また会いましたね」
少女はそんなことを悲しげに言う
(また?一体いつあったのだろうか」
「あなたにはまだやるべきことがあります
でも、いつか私を助けてください、お願いです」
その少女は泣きながらそんなことを言ってきた
何だろう、前も誰かにそんなことを言われたような
気がする
すると、今度は遠くの方から誰かに呼ばれた気がした
・・・・じさま!
・・るじさま!
凄く懐かしい声が聞こえてくる、誰だろう、なんで
何も思い出せないのか
あるじさま!!
その声は次第に大きくなっていく
声のする方向からは一筋の光が見え始めた
「行ってください、私は待っていますから」
その少女は泣きながらも笑顔で私を送り出してくれた
私はわけもわからずその光の方へと体を動かす
タッタッタッと何時しか全力で駆け出していた
~ルナside~
私は叫び続けた
きっとこれは夢だ、何かの間違いだ!
夢なら覚めて欲しい
心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる
「ルナはどんなことでも、なんでもしますから!
あるじさまぁああ」
そんな時だった、横たわっている主様の体から大量
のマギが溢れたのは
「ぐすっ、ぐすっ、あるじ、さま?」
そのマギはどんどん大きくなり、森中に広がっていく
凄く暖かい力がルナの体にも伝わり、体全体が主様に
包まれたような感覚になった
いつも、マギを流されている感覚に近いだろうか
主様は次第に起き上がり、柱の上に立った
黒い槍はずるりとお腹から抜け落ち、カランッと音を
立てながら溶岩の中へと落ちていく
「主様!」
まだ生きてる!
絶望していた感情が一つの希望へと書き変わっていく
私は呼びかける、呼びかけ続ける・・・・
だが反応は無い
いつもだったら、ルナー!と飛びついてくるはずなの
に今はこちらを見向きもしない
主様からのマギ放出は止まらない
もはや森全体を埋め尽くすのでは無いだろうかという
量が漂っている
なにかおかしい
そう思っていると、主様から次第に白い蒸気が立ち
込め始めた
その蒸気は体へとまとわり付き、黒こげになっていた
肌を修復していく
尋常じゃない回復速度だ
爛れた肌も、焼ききれた髪の毛も、溶けてしまった
服さえも
全てが元の状態に戻っていく
森を包む程の大量のマギ、それに加え服さえも治す
程の回復能力、
どれをとっても異常事態だった
~ハデスside~
私は目の前で起こっている光景に驚愕した
森中に広がるマギを今度はしっかりと見ることが
できる
自分にさえ見えるほど密度が高い
それを放っているのが先ほど息の根を完全に留めた
はずの少女なのだ
しかもその少女は今まで与えた傷をことごとく回復
している
これまでどんな敵でも心臓を貫いて生きていたものは
見たことが無い
(どうして少女は生きている)
わけがわからなかった
だが、生きているのならまた殺せばいいだけのこと
再び何十本もの槍を作り、少女へと放つ
だが、少女に届く前に槍は霧散してしまった
弾かれたとかではない、綺麗に粉々になって消えて
無くなった
(なんだ、今のは?)
私は全ての事象に焦りを感じている
先ほどまでの戦闘で少女はそんなことは一度もして
いなかった
何かで槍を叩き落とすことはあっても消すことなんて
できなかったはずだ
(今あそこに立っているのは別人だ
そう思って対処したほうがいいですね)
少女はちらりとこちらを向いた
その瞬間体にビリビリとした圧力が押し寄せる
それに押し負けて消して少女から目を離した分け
ではない
なのに目の前から少女の姿は消えていた
そして少女の身長が低いからか気づくのが遅れた、
それはいつの間にか
私のすぐ前に立っていたのだ
余りの一瞬の出来事に反射で鎌を思いっきり振るうが、
鎌も少女にたどり着く前に
粉々に霧散してしまう
なにが起こっているというのだ
そう思うのも束の間、私の体は吹き飛ばされた
体の神経が殴られたことについていっていない
だが、なぜか意識だけはその光景を走馬灯のように
スローモーションで捉えることができていた
吹き飛ばされた先にはすでに少女が立っている
そして今度は背中を思いっきり蹴られ、吹き飛ぶ
ベクトルが反対側へと変わる
だが不思議と体に痛みは無い
これだけの速度で攻撃されているのだから、体が
バラバラになってもおかしくは無いはずなのに
少女はことごとく吹き飛ぶ先に到着し、あらゆる方向
へと私を吹き飛ばした
前、後ろ、上、下と何発殴られ、蹴られたかわから
ない
そして最後は上空から地面へと一気に叩き付けられた
ドオォン!
地面はひび割れ、クレーターを作り上げる
そこで少女の攻撃はようやく止まった
それと同時に
「グハッ!」
体中からいろいろなものが飛び出た
攻撃の速度にようやく体の方がついてきたのだ、
全身に想像を絶する程の痛みがやってくる
口からは大量の血や胃が、腹からはどこかの臓器が、
背中からは背骨が・・・
腹はぐちゃぐちゃになり、背中もついているのか
わからない程だ
四肢は全て違う方向に向き、生きているのかさえ
怪しい
だが、意識はまだこの世界にあることはわかる
少女はスタッと舞い降り、そして黄金に輝く目は私
を見下ろしていた
酷く冷たい目にゾッとする
体に視線を変えると少女の体からはおびただしい量
の血が流れ出ていた
しかし、白い蒸気がそれを許さない
すぐさまに体は修復され、だが修復された直後に
また傷が入って血が出る
(なんだ、これは)
自分で自分を傷付けている
そんな風に私には見えた、だがこれは勝機だ
確かにこれほどの力だ、何の代償も払わずに使える
分けが無い
おそらくリミッターが外れたせいか、体の方がついて
行っていないのだ
意識も無いように思える、体が本能で戦っているに
違い無い
そう結論付け、相手が長くもたないことを確信する
こちらも頑張って回復を急ぐが、相手がどれだけ
待ってくれるかに賭けるしかない
(全部の臓器を治すのは不可能だ
せめて飛ぶことさえできれば・・・良い)
そして全力で回復魔法を構築するが、なぜか上手く
行かない
魔法が途中で霧散してしまっている
先ほども、同じようなことが槍や鎌で起こっていた
私は周囲に気を配る
そして、その正体に気が付いた
少女のマギがありとあらゆるものに干渉しているのだ
草、木、大地、私にも・・・
(ダメだ、このマギの中から出なければ)
言ってしまえばこの中は彼女の体の中にも等しい
だから、魔法も使えない、体もぐちゃぐちゃ、
回復もできない
もうほとんど詰んでいるかもしれない
少女はジーっと私を見つめたまま動かない
これは勝負だ、私が死ぬのが早いか、少女の体が
崩壊するのが先か
だが、その均衡をもう一人の少女が破ったのだった