第23話_ハデス
私達は順調に森の中を進んでいる
目的地まで残り半分というところまでは来ただろうか
「主様、お腹がすきました」
ぐぅうう
とルナは可愛らしくお腹を鳴らしている
「そうね、ここまで休憩もしていないし
お昼にしましょうか」
私はいつも通り、調理器具の準備を始める
「何か取ってきますね」
そういうとルナは駆け出して行ってしまった
(そろそろ、違う者が食べたいなぁ、焼いた肉にも
飽きたし、せめて味付けできれば良いんだけど
町についたらおいしい料理あるかな)
町に近づく度にあれをしよう、これをしようと期待が
膨らむ
私にとってはお師匠様以外の初めての人、初めての
町や家だ
考えれば考える程わくわくが止まらなかった
しばらくするとルナが2匹の食料を担いで帰ってきた
片方の手には鹿のような魔物
もう片方には人間を担いでいた
「ルナ、そっちは食べれないよ?」
人間の方を指さしてそういうと
「主様、いくら何でもそれは酷いです」
ぷくぅーっと頬膨らませ抗議の目をしてくる
(可愛いなぁ)
「ごめんごめん、それでその人は」
担がれているのは真っ黒な服に黒いハットを被った
おじさんだった
「近くで倒れていたので連れてきました」
私達はそのおじさんを横たえて、顔を覗き込んだ
片方にはモノクルを付けており、鼻の下には整えられ
た髭が生えている
初めて他の人の顔を見た
人間というのはどこか同じで全員違うものだなと改め
て感じる
「起きるまで様子を見ましょうか
私達はお昼にしましょう?」
「そうですね」
ルナが取ってきたお肉を処理して、今日もその肉を
焼いた
ジュージューと焼いては食べるを繰り返していた頃
拾ってきたおじさんは目を覚ました
「おやおや、これは凄くいい匂いがしますなぁ」
そこには綺麗に佇むおじさんの姿があった
「おっと、これは失礼お嬢様方、私は『ハデス』と
いうものです
以後お見知りおきを」
ぐぅうううう
とそのおじさんからは盛大に腹の音がなった
「あなたも、食べる?」
そういって串焼きを一本ハデスに渡す
「これは飛んだ失礼を、申し訳ありませんが頂けます
かな
何分食べていないもので」
そういうとハデスは私から串焼きを一本取り、一口で
ペロリと平らげてしまった
よほどお腹が減っていたらしい
「私はステラです、こっちはルナ
こちらにどうぞ」
私はハデス用のも含めて次々と串焼きを焼いていく
「おお、申し訳ありませんな」
私達は三角形になる位置取りで火を囲んだ
「ハデスさんはどうしてこんなところで倒れていたの
ですか
私達も森の中を通りましたが、魔物でいっぱいで
したよ」
「それがとても情けない話ですが、途中で魔力を
切らしてしまいまして
そのまま意識を無くしてしまったのです」
魔力欠乏症かなきっと、かなりの魔物が周りにいた
からそれの対処で魔力を使いすぎたのかもしれない
「そうですか、それは災難でしたね
ルナが見つけてきてくれて良かったです」
「ほう、そちらのお嬢さんが・・・
ありがとうございます」
ハデスはルナの顔をジーっと見つめるとお礼をいった
私たちは昼食を取りながら、いろいろ話をした
「ところでお嬢様方はどうしてこんな森へ?」
ハデスが最初に切り出してきた
今までの喋り方からしても育ちがよさそうなのは
なんとなくわかった
(ルージュのおかげかな、反面教師としてだけど)
「私達は旅をしている途中でして、ちょうど
イングラムフォートに向かっている途中なのです
ついでに修行をしながらですね」
私は少し濁すように話した
お師匠様からは知らない人と話す時は少しずつ喋る
のと自分の情報は余り与えない方が良いと学ばされ
ている
「ハデスさんはどうして森へ?」
「私も似たようなものですね
旅をしながら探し物をしている途中です」
そういうと少しハットを深く被り治した
なーんか怪しい雰囲気がする
今まで感じたことの無い違和感がステラの胸中を
ざわめかせている
「お嬢様方も旅をしているとのことでしたので、
もしかしたらと思うのですが『聖獣』と呼ばれる
生き物に出会ったことはありませんか?」
一瞬ルナの方を見ると、ルナの顔は少し険しい表情を
している
聖獣とはルナのこと
私が住んでいた森にいっぱいいたあれのことだ
「うーん、どうでしょう、見たことが無いので
わからないですね」
私は首を傾げながら嘘をついた
「そうですか
それで、そちらの聖獣様は何かご存じではない
ですか?」
その瞬間、ゾッとする何かが私達に襲いかかる
私とルナは急いで後ろに下がった
ドンッ!
っと元いた場所が地面事へしゃげ、そこにあったもの
が押しつぶされる
「いい反応です、まさか躱されるとは思いません
でした」
ハデスのモノクルがきらりと光る
「まさか、あなた最初から知っていて近づいたの?」
「いいえ、たまたまの偶然ですよ
これも何かの巡り合わせなのでしょうね」
そういうとハデスは立ち上がり、ハットを取って
お辞儀をしてきた
「それでは改めまして自己紹介を
私は元魔王直属護衛軍第7位『冥王-ハデス』と
申します
以後お見知りおきを」
魔王?
おとぎ話に出てくる紅龍と同列の存在
でも今魔王は人々や多くの種族と仲良く交流を深めて
いるってお師匠様は言っていた
それに魔王と言ったって無知な私ではどういう存在
なのかよくわからない
「どうして聖獣を探してるの?」
「それは言えません
ただ、そうですね、戦いにはなるでしょうね
何せ、そちらのお嬢様は頂いていくつもりですから」
ハデスはそう答えると右手にポンッとステッキを取り
出した
「ルナ、行ける?
一応人間よ、殺さないように、気を付、け、て」
「主様?」
ハデスに意識を配りつつ距離を取る最中、彼の足元に
散らばる料理が目に入ってしまった
見ると先ほどまで食べていた料理がバラバラと散乱し、
またしても私の調理器具はぺじゃんこにされている
私達がせっかく用意した料理
せっかく治した調理器具
ルナを頂いくですって
目の前の光景に私はふつふつと怒りが込み上げてきた
いや、よくよく考えればなんなんだこいつわ
人様が用意した料理を台無しにして
プツンッ!っと何かが切れたような気がした
体からは隠していたマギがどんどん溢れ出てくる
いつものように髪の色が変わり、目が金色に輝き出し
ていた
そんな姿を見たルナは
(あ、まずいですね)
以前にもルージュが料理に対してあれやこれやと手を
出した時にステラが切れた時があった
あの時は酷いものだった
ルージュは貼り付けにされた挙句、しばらくの間ご飯
を抜きにされ、目の前で何度もおいしそうにご飯を
食べられたのだ
もはや拷問であろう
そんなルージュは何度も謝ったが、中々許して貰えず、
本気で泣いてしまったくらいだ
今回はその時以上であろう、なにせ全部吹き飛んで
いるのだ
ルナは空気を読める子だった
今の置かれた状況を見て、さらにバックステップで
後ろに下がる
ハデスはステッキでトンッと地面を鳴らすと、地面に
大量の魔力が流れ込んでいった
「この森で何をしていたかと言っていましたか
これがその答えです」
その瞬間辺りからは大量の魔物が、地面からはもう
死んでいるであろう魔物が現れた
どうやらハデスは生きている魔物や、死んだ魔物さえ
も操ることができるらしい
「それじゃ、遠慮無く行かせて貰いますね」
そしてもう一度トンッと地面を鳴らすと現れた魔物が
一斉にステラとルナに襲いかかって・・・・
は来なかった
シュパンッ!っと全ての魔物が細切れにされドサドサ
ッと崩れ落ちる
ルナには見えていた
主様の指から幾本ものワイヤーが伸び、それが凄い
速度で振るわれていたのが
しかし、ハデスにはそれが見えていない様子
幾重にも隠されているワイヤーは慣れているルナか
ルージュぐらいにしか見ることはできないだろう
彼には一体何が起こったのかわからなかった
目の前に50体はいただろう魔物が一瞬で消え失せた
「???
今何をしたのですか?」
ハデスは驚きの表情とともに問いかける
彼女は一切動いて無かったように見えるし魔法が
使われたようにも見えなかった
「ふむふむ、何をしたかはわかりませんが
なかなかの強者ということですか」
ありえないですね、なにかからくりが?・・・
ステラはゆらゆらとハデスに近づいていく
「ならば、これならどうでしょう
『グラビティバインド!』」
ズンッ!とステラの周囲が歪み地面が割れる
周囲の空気を重くすることで対象を動けなくする魔法
のようだ
先ほど仕掛けてきた魔法もこれと同じだろう
だが、その程度の魔法ではステラの歩みを止めること
は許されなかった
「おかしいですね、普通の人間なら動けなくなるはず
ですが・・・
少し弱すぎましたか」
さらに魔力を込めると周囲はさらに重くなり、地面が
へこんだ
ドンッ!ドンッ!っと
ステラを中心として10m程度のクレーターが出来
上がっていく
しかし、どれだけ魔力を込めようとも彼女には傷一つ
つかず、進む早さも変わらない
「これでもダメですか、普通なら潰れてしまうん
ですがね
なかなか頑丈なお嬢さんだ」
ハデスの胸中は穏やかでは無かった
そもそも人間ならば等に死んでいてもおかしくは無い
程の魔力を込めている
しかし、目の前の少女は平然とした様子でこちらへ
向かってくるのだ
何かがおかしい
ハデスの頭の中ではだんだんと違和感が芽生え始めて
いた
ステラの頭の中ではぶちぎれている脳内と冷静な脳内
とで葛藤があった
一気にハデスに突っ込まなかったのもそのせいだ
天使(相手は一応話すことができる生物だ、殺さない
方がよいのでは、人間の姿してるし)
悪魔(でも相手は人間の形をした魔物、別によくない
か?先に仕掛けてきたのはあっちだぞ)
そんな天使と悪魔の駆け引きが脳内で繰り広げられて
いる
「『グランドランス!』」
ハデスは重力を操りながらでも他の魔法を作れる
ようだ
重力による足止めができないと思ったのだろう
周囲の地面からいくつもの巨大な岩が持ち上がり
槍の形へと姿を変え、こちらへと発射してきた
その槍を流し見しながら
(貫通するほどじゃないかな)
と私は避ける気にすらならなかった
ハデスの攻撃は直撃だった
だが、岩の槍はステラのマギにぶつかると同時に粉々
に砕け散っていく
彼にはどんどん焦りが生じる
「どうしてでしょう
全部直撃のはずだ、なのになぜ一発も攻撃が通ら
ないのか」
少女の歩みは遅いがもうすぐでこちらに到達して
しまう
ハデスの目から見てもその少女は異質だった
自分の意思ではなく本能が彼の足を一歩後ろへと
下げさせる
逃げた方が良いのではないかと
しかし、それが引き金となってしまった
さらにもう一歩後ろに下がろうとするが、足が
動かない
なぜか金縛りになったように動かないのだ
それもそのはず、すでにステラのワイヤーが足へと
巻きつき地面へと固定されていた
どうしてだ、なぜ動かない
と足元を見ても、そこには何もない
「ねぇ」
目の前から声が聞こえた
ドクンッ、ドクンッと自分の心臓の音がやけに大きく
聞こえる
恐る恐る顔を前に向ける
そこには、満面の笑みをした可愛らしい少女の姿が
あった
「歯、食いしばってね」
その瞬間、ステラの拳がハデスの顔面を直撃し、
木々をなぎ倒しながら森の中を吹っ飛ばされるの
だった