第2話_子育て
家は爆心地から少し離れたところにあったため、ある
程度は無事だった
しかし、爆風によるダメージが大きく、屋根や外側の
一部が無くなっている
自分の体の回復や、家の修理、さらには拾ってきた赤子
の世話に追われた
そんなこんなでマクスウェルが赤子を自分の家に連れ
帰って早1ヶ月が経過した
自称、唯一無二の大賢者ことマクスウェルといえども
できないことは多い
その一つが子育てであった
彼は人生で一度たりとも子育てをやったことがない
そういったことには無縁だと自分には言い聞かせ、
これまでそういった
知識の習得はしてこなかった
「おぎゃああああああ!!」
「おぉぉう、よーしよーし!」
赤子を抱き抱え、なんで泣くのかが彼にはわからない
だがそういった知識がないのであれば、自ら研究し
独自の理論を構築してしまえば良い!
赤子といえども研究対象としてしまえば良いのだ
マクスウェルは根っからの研究者体質だ
それぐらいの気概を持ってなくては過去に遡ろうとは
思わないだろう
過去に行くことと比較すれば赤子の育成など取るに
足らん!!
そう思っていた・・・・・が
現実は甘くなかった
人間には感情があり人知れない欲求がある、生きている
のだから
「トイレか!・・・いや、飯か!!・・・これも違うぅ、
ええぇい、厄介な!」
彼は子育てに翻弄され続けた
彼の研究は一旦保留となっている
右腕を失い、杖を失い、体中に大ダメージを追って
しまった彼には
しばらくの間療養期間が必要であった
その療養中、どうせ暇なのであれば赤子を研究するのは
ちょうど良いのでは?
と思い、赤子育成に勤しむことにした
誰か知人に預けても良かったのだが、あいにくここ数年
は誰ともあってはいない
久方ぶりにいきなり子供を連れてきて『後、よろしく!』
と言っても、誰も受け入れては
くれないだろう
(研究者とは孤独なものだ)
つまりマクスウェルはこの世界でただただ『ボッチ』
だった
それから1年の月日が流れた
赤ん坊はだいぶ大人しくなってきており泣くことも
減ってきていた
ちょうどお昼ご飯を終えた後でお昼寝タイムである
ここ1年の間で彼は様々な物を作った
その一つが移動式の赤子専用ベッドである
マクスウェルは家で一人のため、常に一緒に行動する
必要があった
これを作ってからはいつでもどこでも一緒である
また彼の赤子研究の成果は素晴らしかった
どのタイミングでトイレなのか、ご飯なのか、体力的
にいつ眠るのか
それら全てを数値化することで、赤子が満足行くような
生活をさせていた
その甲斐もあって、ようやく魔法研究に再度打ち込む
ことができそうだ
「そろそろ療養期間も終わりで良いじゃろう、
リハビリもかねてまずは再トレーニングからじゃな」
体の回復は順調に進み、右腕は無くなってしまった
ものの傷口は完全に塞がっている
体中にあったダメージも全て回復し、動き回っても問題
ないくらいの体力も戻った
彼は家の外へ出て庭の中央に立った
家の外には大きな庭がある
庭は芝生で綺麗に整えられており、端の方には農作物
が育てられているちょっと
した菜園も用意されている
「まずは基本的な魔力操作からやっていこうかのう」
彼は利き手ではない方の左手を掲げ、自らの魔力を
放出し始めた
手から放たれた魔力は空間を歪ませるほどである
だがしかし
(あれ、うまく放出を維持できない・・・・じゃと)
なんとか今までやっていた通りに魔力維持を試みるが、
自分の思った
通りに維持することができない
強くなったり弱くなったりしている
魔力が体全体を覆うよう膜を形成する防御魔法でさえ、
強くなったり弱くなったりしている
維持自体は難しいが操作自体は可能のようだ
「なんでじゃ」
明らかに魔力の流れがおかしい
今までは療養中だからと言ってそこまで大量の魔力を
使っては来なかった
彼は体内の循環経路に問題があると踏み、中の隅々まで
魔力を流し込み異常がないかを調べた
調査した結果、彼は途方にくれた
「終わり・・・かもしれんなぁ」
そして空を見上げながら涙を流した
ここ最近は涙を流してばかりである
実験の失敗、子育ての辛さ、時間の経過、彼を追い
詰めるものは数多くあった
調査した結果は魔力経路の損傷である
魔力がきちんと流れる太い経路だけではなく流れ難い
細い経路が出来上がっている
体中全ての経路に
つまり、経路がずたずたになっていることで魔力が
流れた時の損失が大きくなり
不安定な状態を作り出しているのだ
これでは定量的に大量の魔力を流し込んでの操作は
非常に難しいだろう
「爆発したとき、逆向きに魔力が流れてきたのかも
しれんのぉ
若ければまだ修復できたかもしれんが、この年ではぉ」
俯くマクスウェル
流石の大賢者でも年には勝てない
そもそもあれだけの魔力爆発である
生きていた方が不思議なくらいだ
とぼとぼと家へと戻っていく彼は生痕尽き果てた屍と
化していた
彼はそれから酒に溺れた
これまで実験がうまく行くまでと禁酒していたが、
もう無理になったとわかったとたん
盛大に酒を浴びるように飲みまくった
子育てをしては飲み、飲みながら子育てをし
どれだけ酒を飲もうとも育児放棄だけはしなかったのが
唯一の救いだろうか
そんな生活が半年は続いただろう
二日酔いで頭が激痛の中彼は目を覚ました
目をぼんやりと開けると、そこには一つの光る球が宙
を浮いていた
(ああ、まだ夢の中か)
彼は寝ぼけ眼の状態でその光の球を見続ける
すると光の球から大きな声が聞こえてくる
「うわああああああん!!」
赤ん坊の鳴き声だ
自分が拾ってからだと1年と7ヶ月だろうか
最近では一人で歩くようになったり、少しずつ喋る
ようになってきて元気いっぱいだ
そんなことを思いつつ、次第に彼の意識は覚醒していく
「うわあああん!!」
彼はガバッと飛び起き、目を見開いた
そう、その光の球から赤ん坊の声が聞こえてくるのだ
急いで彼は近寄る
「あっつ!!」
ものすごい温度だ
「一体何が起きてるんじゃ!」
高温の中マクスウェルは必死に赤ん坊へと手を伸ばす
焼けるような温度、このままでは死んでしまう
なんとか手が届き光の球から引き抜こうとするが、
光の球はついてくる
その光は赤ん坊から発せられていることに動揺のあまり
マクスウェルは気づくのに遅れた
「これは・・・・魔力か!!」
赤ん坊の全身から大量の魔力が放出され続けていた
それは光る程の大量の魔力
己にため込んだ魔力が許容量を超えたために一気に
外部へ
無理やり放出しているのだ
いわゆる魔力暴走である
(赤ん坊では魔力を制御することなどできん!
どうすればいいんじゃ!!)
マクスウェルの頭の中がフル回転していく
(危険なかけではあるが、わしが操作するしかあるい
まいうまくいってくれ!!)
左手から己の魔力を少しずつ流し込んでいき、赤ん坊の
魔力と同調させていく
大量に放出される魔力をまずは穏やかに一定方向の流れ
を作りつつ、体から解き放っていく
しばらくすると光はどんどん弱まっていき、熱量も
収まっていった
やがて赤ん坊は泣き止め、すぅすぅと寝息を立て始めた
魔力の流れは一定になり、光と熱量は最後には無く
なったのであった
「なんとか、なったか」
マクスウェルは安堵し、大きな溜息をついた
現在も彼が魔力を制御しつつ一定方向に流し続けている
自分の魔力を操作するのでは無く、他人の魔力を操作
するような緻密な制御は世界広しといえど、
マクスウェル以外にやってのけることは不可能であろう
(しかしとんでもない魔力量じゃ、へたしたらわしの
半分くらいはすでにもっているんじゃなかろうか)
彼は赤ん坊に手を当てつつ、冷や汗を垂らす
(せっかく同調もうまくいったことだし、試しに覗い
てみるかの)
自分の少量の魔力を赤ん坊へと逆流させていき、どの
くらいの量を持っているかを調べた
魔力経路はマクスウェル同等かそれ以上に太く、且つ
しなやかさを持っていた
この経路がしなやかに動けることによって、魔力を柔軟
に操作することができる
また、人には魔力を内包するための貯蔵タンクのような
ものが存在している
これは心臓のさらにおくにあり、心臓で圧縮された魔力
がそこに貯められていく
そこまでマクスウェルの少量の魔力が到達したとき、
魔力は瞬時に吸収されていった
(吸収速度からして、わしとほぼ同程度はありそう
じゃの)
本来であれば魔吸石を使用して、それが何個分に相当
するかで魔力量を測定するものであるが、何もない現状
としては少し特殊ではあるが、だいたいで測定する方法
しか取れなかった
ふむ、と彼は顎に手を当てて思案する
(容量はわしと同等、経路はわし以上・・・・
これはもしかするかもしれんな)
いろんな思惑は彼の脳内を巡っていく
そして出た彼の最終結論は
「よしっ!!、出会ったのも何かの運命じゃ、こ奴に
わしの全てを託そうではないか!!
飲んだくれの毎日は今日で終いじゃ!」
マクスウェルは飲んだくれで曇っていた表情をきりっと
させ、意を決した
「そうじゃな、まずはお主に名前を付けてやろう」
今まで自分のことで精一杯になっていたため、すっかり
と名づけをおろそかにしていた
だが単におろそかにしていたわけでもなく、良い名前
が思いつかなかったというのもある
しかし、そんな彼にはもうぴったりの名前が頭に
浮かんでいた
漆黒の卵からひび割れて生まれてきた赤ん坊
光の球となって再度驚かせた赤ん坊
「お主の名前は光る星の意から取って”ステラ”じゃ
良いか?ステラじゃぞ!」
彼はステラの魔力を操作している手にグッと力を込めた
ステラはすぅすぅと気持ちよさそうに眠り続けた